第7話

 このチーズはライが自分ひとりで作り自分ひとりで消費する前提でこしらえたものなので、バスドラムのごとく巨大である必要は無い――短いもので一年半から三年、長いものでは五年近く熟成させたエクストラハードチーズは表面の部分が乾燥してリンドと呼ばれる外皮になるのだが、中途半端に切り分けたら内部が露出して持ちが悪くなる。

 狩猟や今回の傭兵仕事の様な遠出の際の携行糧食、もちろんこのチーズの様に大規模な拠点サイトに保存しておくことも考えた場合、切り分けたものを置いておいたら質が落ちる。現代日本であればショートケーキの様に小さく切り分けたものを真空パックにして販売しているが、エルンでは真空パックはもちろんジップロックの様なチャックつきのポリ袋も無いので、カットすると内部が露出した箇所から傷み始める――三十キロ以上もあるホールチーズなど、九割がた食べきれずに駄目にしてしまうだろう。それにひとかかえもあるホールチーズをえっちらおっちら運ぶなど、想像するだけで腰痛になりそうだ。

 だから直径三十センチ、厚さ十センチくらいの小さなホールチーズをこしらえて、それを使うことにしたのだ――数日あれば消費出来るし、小さくて携行性もいいから拠点サイトへの補給のために運ぶのも楽だし、中途半端に残して傷ませることも無い。ついでに言うと、ライの実家で作っていたのもこれくらいの大きさの製品だったので馴染みがある。

 ここ数年来エルンにはじめてチーズをもたらした漂流者がみずから作るチーズというのを物珍しがってやってきた旅人が時折チーズや燻製を購入していく様になったのだが、小ぶりなサイズの『カミナリ印の漂流●●』シリーズ――命名・ガラの妹――は彼らにも好評だ。というか放っておいたら、案外商魂逞しいセリが通販カタログでも作りそうな勢いだ――漂流者ガンシューあるいは漂流物ガンシーという単語の意味を考えると、正直一度ドブに落としていそうなイメージの悪いネーミングだと思うのだが。

 二~三年間熟成したエクストラハードチーズをさらに燻製にしたものが、この拠点にも保存食糧レーションとしていくつか保管してある。日本の一般層にはあまり馴染みが無いだろうが、携行糧食レーションとしてはぺミカンと同様に重宝する代物だ。

 扉のすぐ前に置いた小さなテーブルの上の皿に盛った細切れのチーズをつまんで、機内に入ってきた若者たちがたがいに視線を交わしている――まあ一般的な日本人の庶民であれば、チーズと聞いて想像するのは丸い箱にカットされたピザの様な三角形のチーズがいくつか入ったQBBチーズとか雪印メグミルクなんかのフィルムでくるまれた薄いチーズ、スパゲティやカレーにかける粉チーズやピザ用のとろけるチーズくらいで、熟成蔵に積み上げられたひとかかえもあるホールチーズになど想像が及ばないだろう。こういったホールチーズは海外では銀行ローンの担保に出来るほどの高級品だし、そもそも大きすぎて一般家庭で購入する様なたぐいのものではない。

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