第18話

 なので国王が兵を動かすか否かに関係無く、襲撃現場から一番近いレンスタグラ砦に駐屯する軍が独自に捜索部隊を派遣することは十分考えられる。宿場町の間を往復して警備にあたる長距離巡察部隊や商団から近隣に駐屯する国軍の砦に通報が行ったとして、通報が砦に届くまでに早馬を飛ばしても一日――レンスタグラ砦に駐屯する国軍が通報を受けて追討部隊を編成し、現場に到着するまでは少なく見積もっても一日半。

 つまり――レンスタグラ砦の駐屯部隊が独自行動による追討を始めていたとしても――実際に派遣された軍隊が現場に到着し捜索を始めるのは、早くて明後日の夕方。

 こういった営利誘拐は、身代金を払って味をしめさせると同様のことが何度でも繰り返される――だから誘拐犯たちを殲滅して人質を奪還する救出部隊が派遣されるだろうというのはリーシャ・エルフィも予想していたが、その救出部隊がまさかその日のうちにやってくるとは思っていなかった。

 勇者の弓シーヴァ・リューライが住む村は王都に向かう道中、というか襲撃現場から次の宿場町に向かう途中にあるが――逃がされた兵士がわざわざそこに立ち寄るとも考えにくい。彼は単なる農業指導者ではないが、同時に軍に対する命令権も軍からの命令に服従する義務もなにも無い、ただの一般人でしかないからだ。その一般人がたぶん実戦形式で戦えば相手が盗賊のたぐいだろうがアーランド騎士であろうが向かうところに敵の無い、すさまじい戦闘能力を持っているというだけで――彼が行動を起こすとすれば、王都から派遣された追討部隊から協力要請を受けた時点だろう。

 彼が今の時点で行動を起こしている可能性があるとすれば――近日中に国土北東部、ヘイルターシュ辺境伯領と隣国エルディアを分断する国境線でもある大河ゲイムマーザを水源にその両岸を大規模な水田として開拓する計画が立ち上がっていたので、父王がその計画を煮詰めるためにみずから勇者の弓シーヴァ・リューライの家を訪れていた場合か。

 彼は自分に敬意を払わない者に敬意を示さない――用があるのがでない限り、用事があるのなら用のあるほうが出向くべきだというのが持論であるらしく、呼びつけられるとあからさまに無視する。

 父王デュメテア・イルトはそういった態度を好ましく思っている様だが、貴族の中には彼の叛骨を嫌う者も多いらしい――関係が決裂して困るのは技術指導を受けられなくなる王国側なので、勇者の弓シーヴァ・リューライ本人はいっこうに気にしていない様だったが。

 そんなわけで、デュメテア・イルトは用事があるとよく王都を空けて勇者の弓シーヴァ・リューライの元に出向いている。実はただ単に彼が大量にこしらえている備蓄食糧――彼が燻製とかチーズと呼ぶものを気に入ってそれを思う存分ご馳走になるために出向いているのではないかというのが、侍従たちの間でのもっぱらの噂だった。出かけ際のデュメテア・イルトはいつも浮ついてそわそわしながらお土産を選んでいるから、実はリーシャ・エルフィもその説に賛成している――使用人たちの井戸端会議の内容に賛同しているなどとは、さすがに本人たちには言えないが。

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