第27話

「でも無料ただというわけにはいかないでしょう? 自分で作っているからよそから買うほどの費用はかからなくても、やはり経費は――」

「心配しなくても、ちゃんと請求書につけておくよ」 ライはそう返事をして適当に手を振り、話を戻すと合図をしてから言葉を続けた。

「ただし胡椒のほうには条件がある――専業で胡椒農家をやるなら、さっき言った通り三~五年は収入がゼロになる。そのぶんを国費で補填してやること」

 リーシャ・エルフィがその言葉に小さくうなずいて、

「なるほど。ほかには?」

勇者の胡椒シーヴァ・ペッパーって商品名をやめてくださいお願いします」

「いい名前だと思うのですけれど」 首をかしげるリーシャ・エルフィに、

「ちっとも良くねーよ、なまらすごく弱そうだよ」 思わずエルンの言葉に地元言葉を混ぜながら、ライはそう返事をした。

 ライやメルヴィアの呼び名――勇者の弓シーヴァ・リューとか勇者の剣シーヴァ・ディーという称号だが、実は文法的に正しくない。

 エルンの言語は基本的に後ろから順に読んでいくので、勇者の弓であればリュー・シーヴァ、シーヴァ・リューであれば弓の勇者という翻訳が正しい。

 勇者の弓シーヴァ・リューとか勇者の剣シーヴァ・ディーというのはもともと数千年前、つまりパラディア帝国時代なのだろうが、その時代に現れたという伝説上の勇者たちの称号がひとつの単語として残ったもので、現代式のものとは違う古語の文法に基づいているのだ。

 そのため現代式のエルンの言語と文法が異なっていてもひとつの単語、あるいは成句として成立している。現代の地球で言えばロス・アンゼルスがひとつの固有名詞になっている様なものだ。

 これは馬車シャラ・ファイ人力車マーク・ファイの様な複数の単語を組み合わせて出来た一部の単語にもみられるもので、これらの単語や成句、それに人名などの固有名詞も同様にその部分だけ前から読むという少々ややこしい形式になっている。

 対して勇者の胡椒シーヴァ・ペッパーは成句でも固有名詞でもなんでもないので、それを現代のエルンの文法で日本語に正確に翻訳するなら、胡椒の勇者という意味になるのだ――ちなみに勇者の箱シーヴァ・マイも箱の勇者という意味になる。いろんな意味で厭すぎる――竹槍持ってた日本のほうがまだましだよ。

「各自一袋の胡椒を持ち歩き、いかなる招かれざる敵の来襲もこれで撃退する様に――」

 天を仰ぎながら――実際に視界に入ってきたのは機体とユーコン・ストーヴを守る竹小屋の天井だったが――つぶやいたその言葉に、ちょうど通路から姿を見せたメルヴィアがいぶかしげに声をかけてきた。

「なにそれ?」

「なんでもない。ただの俺の世界で七十年ほど前にあった戦争中の、本営から兵隊への通達だ――実話かどうかは知らんが」 さっぱりわけのわからないその返事に頭上に『?』マークを乱舞させながら、メルヴィアが首をかしげる――わけわかんねえだろ? 俺もわかんねえ。

「チーズなんだけどわたしの鞄に全部入りきらなかったから、ライの鞄にも入れさせてね」

「ん? ああ――どうせ運ぶのはシャラだしな」

「ガンシュー・ライ、全部無くなったが」 日本人の学生数人とともにユーコン・ストーヴを囲んでいたガズマがそう声をかけてきたので、ライはうなずいて立ち上がった。

「ああ、わかった」

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