第22話

 ライが乗っていた乗り物――がそうであったのと同様、に移動する際に大破擱座したという乗り物から回収したらしい。もっともあまり長持ちはしないものらしく、酒精と同様勝手に蒸発していくこともあってほとんど手持ちは残っていない。

 ライが新たにどこかでを発見していなければ、の手持ちはこれで最後のはずだ――今ライが持っているはメルヴィアが持っていたものとライが持っていたものを足して、ガラたちふたりとライで三等分したものだ。ふたりはを瓶に入れて持ち歩いていたが、その瓶はガラたちふたりの兵士に渡してきた――ライは中身を撒くだけだが、ガラたちは悠長にを振り撒いている暇が無い。

 ライがこちらに視線を向けてきたので、メルヴィアは預かっていた矢筒を彼に返し、雑嚢の中に突っ込んであったを取り出した。鮮やかな赤みがかった橙色の蓋を抜き取り、その内部に収納された長い棒状の燃焼部の一端に嵌め込まれた透明の蓋を取りはずす。

 外した長い筒状の蓋を雑脳に戻しながらうなずき返すのを確認して、ライが親指人差し指中指の三指を立ててみせる――中指を折りたたみ、続いて人差し指を折りたたみ、最後に親指を折りたたんで拳を作ってから、彼は流れる様な動きで行動を起こした。

 ライが防壁通路に出て、射撃位置を確保する――彼はそのまま竹の水筒の蓋をはずし、水筒を掴んだまま壁上通路のへりから腕を突き出した。そのまま握力を緩め、重力に任せて水筒を地上へと投げ棄てる。

 水筒自体ももう用は無い――もう飲料水用として使えないからだ。

 ややあって、地上に到達した水筒が衝撃で割れるぱかーんという音が聞こえてきた。

 それを待たずに、ライはすでに次の行動を起こしている――いつの間に取り出していたのか赤子の頭ほどの大きさの革袋の口を開ける。彼は袋の底の部分を掴んで袋を逆さにして中身を壁の下に向けてぶちまけてから、これも袋ごと壁の下へと投げ棄てた。中に残った白黒の粉末と黒い塊をこぼれ出させながら、革袋が地上へと落下してゆく。

 しぃっ――ライが歯の間から軽く息を吐きながら、ガラが持参した矢筒から金属製の鏃のついた矢を一本抜き取った。

 次は自分だ。

 棒状の燃焼部分の先端に透明の蓋に貼りつけられた茶色い丸い摩擦部分をこすりつけると、先端から噴き出す様にして炎と煙があがった――炎と煙もそうだが、音も結構派手に出る。ライに急かされるよりも早く、メルヴィアは壁上通路のへりからを投げ落とした。

 投げ落とすというよりもライが先ほどやったのと同様、壁上通路の淵から突き出してそのまま手を離すという感じだが――

 視界を塗り潰す様な赤々とした炎をあげて、投げ棄てたが地上へと落下してゆく――どうやら水筒の中から噴き出した可燃性の蒸気に火がついたらしく、が地上に到達するよりも早くポンという音とともに眼下の暮明くらがりが一瞬だけ昼間の様に明るくなった。

「なんだ?」

「火の粉でも飛んだのか?」

「まずい、火を消し止めるぞ」 賊たちがそんな遣り取りを躱し、何人かが壁際に積まれた樽のほうへと小走りに近づく――その反応からすると、その樽のうちのどれかに水が入っているのかもしれない。

 男たちはまだこちらに気づいていない――焚き火を見ながらはしゃいでいた男たちのあんじゅんのうは、まるで機能していない。さらに彼らは防壁上の兵員防護壁の陰に隠れたふたりの姿を、すぐには視認出来ないだろう。

 かたわらのライが抜き取った矢を手にした異形の弓こんぱうんど・ぼうにつがえ、ぎりりと音を立てて弓弦を引き絞った。

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