第45話

 

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「上がれ」 川底に等間隔に撃ち込まれた杭の頭が水面から顔を出しているのが視界に入ってきたところで、ライが足を止めてそう指示を出す――周囲の木々のために薄暗くはあるものの川に沿って頭上が開けており、ちょうど川の流れが西に向いているらしく川の流れと平行に日光が降り注いでいるため視界は良好だ。

 金髪の少女の身辺警護を自分でする気は無いらしく、彼は自身の連れ合いの少女が金髪の少女が馬から降りるのに手を貸しているのをしりにさっさと歩き出した。

 日本人の感覚で言うと朝から日没後までずっと歩き詰めだったにもかかわらず、日が沈む様子は無い――この世界の一日が地球よりも長いなら緯度にもよるだろうが日照時間も長いはずだから、おそらくそのせいだろう。この世界の人々は日が沈む前に眠りに就き、日が昇ってから動き始めるのだ。

 川べりには水中に安全に降りられる様にだろう、木製の階段が設けられている――そこから川岸に登ると、大量の水が足元にしたたり落ちた。

「こっちへ来い」 数十メートルほど離れたところで足を止めたライが、こちらを振り返って声をかけてくる――仲間に手を貸そうと背後を振り返ると、すぐ後ろにいた島田和義は体が冷えたのか顔が土気色になっていた。彼はほかの者たちに比べて十センチほど小柄なので、そのぶん胴体がより深く水に浸かっている。ほかの者たちは下腹部までだったのが、彼の場合は鳩尾のあたりまで水没していた。

「大丈夫か」

「大丈夫じゃない」 カチカチと歯を鳴らしながら、島田がそう返事をしてくる――地上に上がるのに手を貸してやると、彼はガタガタ震えながら手近な木の根元に座り込んだ。

「そこで座るな、火を焚いてやるからこっちに来い」 あの飛行機の周囲と同様竹を使って作られた防柵の門の前で足を止め、ライが声をかけてくる――座り込んだ島田に肩を貸して立たせると、康太郎は防柵のほうへと歩き出した。

 ライはさっさと防柵の門を開け放って、野営地の中へと足を踏み入れている――それに続いて防柵の内側に足を踏み入れると、最初に視界に入ってきたのは竹で作られた小屋だった。

 人間がこの世界に流れ着いたときに乗っていた乗り物が飛行機ほど大きくはないからだろう、周囲の木々が薙ぎ倒されず、野営地の敷地の内側にそのまま残っている。防柵で囲まれた敷地自体もさほど広くはなく、あの飛行機の周囲ほど大規模に整えられた施設シェルターではない。

 獣よけの篝火と外周を囲む防柵が設置され警報装置の作動線トリップワイヤーが張りめぐらされているのは同じだが、今回は寝泊まりするためのものであろう施設に人工物を利用していない。

 野営地の中央には四本の竹の支柱が打ち込まれ、あの野営地の竈を保護していた屋根と同じ様に半分に割った竹を互い違いに重ねたもので屋根が葺かれている。

 ただし今度のものはかなり大きく、勾配がつけられて雨を排水する作りになっていた。気休め程度ではあるだろうが、半分に割られた竹が地面に埋められて排水路になっている――設備が整備されてから時間が経過しているからだろう、ハーフパイプの様な排水溝は苔に覆われつつあった。

 水を貯めておくことを考慮していないのは、あの飛行機同様川がすぐ近くにあるからだ。雨が降ったりしても水場がすぐ近くにあるから気楽に水を汲みに行けるし、そもそも貯水設備を用意しても留守中に溜まった雨水が腐ったり異物が混入してあまり役に立たないのだろう。

 あの飛行機のところにあった屋根と違うのは、屋根の支柱に半分に割った竹を無数に括りつけてこしらえた壁が設けられていることだ――ログハウスの様な丸の材を並べたものではなく、屋根と同じ様に節を抜いて半分にした竹を互い違いに並べて地面に突き刺してある。丸のまま突き刺すと隙間が大きくなり、隙間風が吹き込んでくるからだろう。

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