第40話

「材料になる肉を手に入れるには、狩りに出るしかないってことか」

「そうなんだが、問題はこの国には専業の狩人がいないってことだ」

 意味不明の一言に、康太郎は首をかしげた。

「どういうこと?」

「この世界の住人は、天文航法アストロナビゲーションの技術を持ってない――つまり天体を利用した航法技術が無いから、目印ランドマークになるものを見失うと自分の現在位置がわからない。この世界、少なくともこの大陸には火山が無いから、磁鉄鉱も無い――磁鉄鉱マグネタイトは火成岩の一種だから、火山の無い場所だと生成されない。摩擦によって金属を一時的に磁化させることはもちろん出来るが、そもそも磁石というそのものが存在しないものをどうにかして作ろうなんて思わないだろうからな。だから方位磁石コンパスも無い――方角を確認する手段無しで足を踏み入れるには、この国は森林面積が広すぎる。だから森にも深入りは出来ない――獲物を逃がしても深追い出来ないから、猟果が挙がらない」

 当然生活も成り立たないし、だから仕事にする奴もいない――ライが投げ遣りな口調でそう続ける。

「で、だから害獣としての猪や鹿も駆逐出来ない。これがまた、作物の不作に拍車をかける」

「磁石が無い?」 康太郎の口にしたそのつぶやきに、ライがこちらに視線を向けてくる。

「なにか気になることでも――否、そうか。おまえたちは短時間だが、奴らと行動を共にしてたな。なにか気づいたことは無いか――奴らはどうやって、迷うことなくあの場所に到達した?」

「すぐ横で見てたわけじゃない。ただ絹みたいな布で、時々なにかを磨いてた様な――」

「……なんだと?」 よほど意外だったのか、ライが思わず足を止めてこちらを凝視している――冷静沈着を絵に描いた様な若者の驚愕の表情を目にして自分も足を止めたとき、ライは気を取り直したのかそれと入れ替わる様に歩き始めた。それに合わせて再び歩き出しながら、

「なにか気になることでもあるのか?」

「まあ、な――だが言っても仕方が無い。奴らの荷物を自分で仔細に調べるべきだったかもしれん」 物憂げに眉をひそめ、ライがそんな返事をしてくる。

「ところで――」 話の続きを始めたところで、ライがこちらに注意を向けるのが気配でわかる。

その技術を教えないのか?」 と、尋ね返す――ライの口ぶりは、彼だけはその天文航法の技術を持っている様に聞こえたからだ。

 天文航法アストロナビゲーション――つまり空の星や月などの天体を頼りにした航海技術だが、彼はそれをするために情報を集めたと言っていた。

 豚がいないから、ソーセージその他を作るには猪を狩ってくるしかない――しかしその猪を狩る猟師がいない。つまり、猪肉の仕入れ先が存在しないのだ。それにもかかわらず猪肉を手に入れられるということは――要するに彼だけは迷子にならずに猪を狩って帰ってこられるということなのだろう。方位磁石の存在もあるのだろうが、彼のナビゲーション技術はこの見知らぬ土地で使えるレベルで完成しているのだ。

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