第46話

 出入り口に扉は無いが、風が吹き込むのを防ぐためにちょうど公衆トイレの出入り口に設けられた目隠しの様に衝立状の別の壁が設けられていた。地面に撃ち込んだ杭に節を抜いた竹を差し込む形で建てる様になっているらしく、その杭が入口のすぐ脇に一ヶ所、いくらか離れた箇所に一ヶ所、左右それぞれ二本撃ち込まれている。

 野営地を離れるときに入口を衝立で完全にふさいだり、出入り口を狭くすることで小屋の中にいるときに大型の獣の侵入を防いだりするためのものだろう――今は衝立が小屋の入り口に密着する様に立てられているが、もちろんはずしてどけることも出来る。

 おそらく風除けや獣の侵入を防止するためのものであるのと同時に、室内で火を焚いているときに炎が発する熱を跳ね返して少しでも無駄を無くすためのものでもあるのだろう。

 目を引くのはその野営地の一角、防柵の内側に生えた木に突っ込んで大破擱座した自動車の姿だ。

 弟の康次郎は秋田のアーチェリーの強豪高校に進学したが、彼ら兄弟の実家は神奈川の座間にある。父親は座間駐屯地勤務の自衛官、母親は併設されたキャンプ座間の日本人勤務員で、自宅自体も駐屯地と目と鼻の先――そんな環境だったので、自衛隊の官用車も米軍の軍用車も見たことがある。だから一応の見分けもついた――あれは自衛隊の高機動車H M Vではない。

 この鬱蒼とした深い森にはいかにも不釣り合いな砂漠戦用迷彩デザートカムで塗装された、アメリカ軍の軍用車輌――ニコラス・ケイジとショーン・コネリー、あとはマイケル・ビーンとエド・ハリスが出演していた映画『ザ・ロックThe Rock』で、赤く塗装された民生用車輌がカーチェイスをやっていた様に思う。

 車名は確かHUMMERハマー――第二世代(※1)が登場してからはH1と呼ばれる様になった、ハマーの第一世代モデルだ。アーノルド・シュワルツェネッガーが要望を出した結果、民生化された車だったはずだ――たしか長渕剛も所有していた様に記憶している。軍用車としてなんというのかはわからない――否、ライがハンビーと呼んでいたか。

 その軍用車ハンビーが、木に突っ込んで大破擱座している――真後ろに位置する康太郎のところからではよくわからないが、かなり派手に激突したのは間違い無い。

 おそらく来歴は彼らのバスと似たり寄ったりだろう――いきなり正面に巨木が現れて、躱しきれずに突っ込んだのだ。よほど激しい戦闘をくぐり抜けてきたのか、車体全体に無数の弾痕が残っている。

 軍用車が突っ込んだ木の根元に、四つの塚が建てられているのがわかった――乗員の墓だろうか。

 ライはあの砦で、米軍兵士の遺体から装備を回収したと言っていた――だとすると、あの塚はその兵士たちの墓だろう。

 上に石を置いたり墓標を建てる代わりに、四つの塚には彼らの持ち物だったらしい金属部分が錆に覆われたM16ライフル――確か今は名前が違うはずだが――が銃口を地面に突き刺す様にして垂直に突き立てられている。墓碑銘はもちろん無いがその代わりなのか、円形から上下の一部を切除した様な形状の金属板が、ライフルのグリップからボールチェーンでぶら下がっている――ドッグタグとかIDタグと呼ばれる認識票のたぐいだ(※2)。トム・ハンクス主演の映画『プライベート・ライアンSaving Private Ryan』に、戦死者の遺体から回収された認識票の中にライアン二等兵プライベート・ライアンのものが含まれているかどうか調べているシーンがあった様に記憶しているが。


※1……

 現在H3まで発売されているHUMMERですが、H2以降は既存の車輌のフレームを流用したガワだけ違う既存モデルで、本来のHUMMERとは似ても似つかない代物になっています。特に悪路走破性が。

 HUMMERはシェヴィー・タホをベースにしたH2からコロラドをベースにしたH3へとモデルチェンジされていますが、オリジナルのHUMMER、H1のベースになった軍用車輌多目的装輪車輌H M M W Vは今でも米軍で使われています。

 作中に軍隊が登場するアメリカ映画でも常連で、ブラックホーク・ダウンBlack Hawk DownとかアウトブレイクOutbreak、あとは世界侵略:ロサンゼルス決戦Battle: Los Angelesなんかにも使われてたかな?

 何作目か忘れたけど実写版バイオハザードRESIDENT EVIL、ポール・S・アンダーソンによる巨額の金を投じた嫁自慢と揶揄されてるほうですが、ラストシーンで地下基地に大量のHMMWVだかHUMMERだかが保管されている様子が映っていました。北斗の拳なんかもそうですけど、人類文明全滅してるのにどこで燃料調達したりメンテナンスしてるんだろう?

 ただし統合軽戦術車輌J L T Vと呼ばれる後継車もトライアルによって選出されており、徐々に保有数が減少している様です。


https://response.jp/article/2010/02/25/136869.html

 HUMMERのブランドは中国企業とジェネラルモータースの間で売却交渉が進んでいましたが、結局中国政府の介入で実現しなかったみたいです。

 もうあれです、ジムニーかなんかの外装をそれっぽく替えたものをH4と称して発売するんでいいんじゃないでしょうか。昔車屋で働いてたときに、顧客がダイハツの軽自動車にそれっぽいモディファイパーツつけたのを車検で持ってきたことがあったんですが、近所の会社で働いてる顔見知りのロードスター乗りにふざけてハマーH3.5です!とキテレツ大百科のBGMつきで嘘教えたときのことを思い出しました。


https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01788/00005/

 と思っていたら、去年の九月にHUMMERのブランドを冠した電気自動車のSUVが本家GMから発表されました。ちょっと前のデロリアンもそうですけど、電気自動車化するの好きですよね向こうの人たち。トミーカイラZ Zズィー・ズィーの例もあるから、日本人だって人のこたぁ言えませんが。

 新車販売を電気自動車に限定したカリフォルニアで電力需要の逼迫により充電を控える様呼びかけたり中国で電気自動車乗りがスタンドを探してラクーンシティのゾンビのごとく街中を徘徊したりという阿鼻叫喚の地獄絵図が示すとおり、レシプロエンジンを積んでない純粋なEVなんてたいして役にも立ちゃしないんですけど。

 日本もそうですけど夏場に節電を呼び掛けるなんて風物詩みたいなもんですし、はっきり言って毎度毎度電力需要が逼迫するのにレンジエクステンダーの無い純電気自動車なんて文鎮程度の役にも立ちません。

 必要な電力を必要なだけ提供出来ない電力貧困国で電気自動車とか、絵に描いた餅にすらなりますまい。現状ですら足りてないのに脱炭素だ脱原発だと出来もしないこと提唱しながら、それによる発電能力の低下を考慮せずに電気自動車化の推進だ普及だと言ってるのは学習能力の無いアホです。主客転倒もいいところ。


https://video.twimg.com/ext_tw_video/1571617594482003968/pu/vid/720x540/hQzSuXA7fP1ZJysw.mp4

 こんなこともありましたしね。正直なところ保守管理をきちんとしてるという前提でですが、百年単位の地震だけ心配してればいい原発と毎年の颱風の度に気を揉まないといけない太陽光なら、原発のほうが百万倍ましだと思ってます。だが東電、テメーは駄目だ。

 もちろん廃棄物とか考えないといけないことは山ほどあって、可及的速やかに新たな基幹電力を実用化し原発は廃棄するべきなのですが。

 でも、準備が出来てないのに脱原発だの脱炭素だの言っても仕方が無いんですよ。原発や火力を死ぬほど憎んでる連中が言う太陽光だの風力だのなんて、大電力を安定して供給するという基幹電力の役割にはかすりもしないわけですし。もちろんきちんと保守管理されてることが前提で、点検漏れが千ヶ所もあったり緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の配線をつなぎ忘れて福島第一原発の事故のときに役に立てられなかった挙句「配線つないでても別に役に立たなかったと思う」と開き直った東電はチャリのダイナモで十分です。もしくは中央帝都の地下発電所みたいなやつとか。まあ、実際にはあんなへとへとの奴隷がだらだら回してる様なのじゃたいした発電能力も見込めないとは思うけどさ。チャリのダイナモ以下の回転数でしょうし? リダクションギアで増速しまくってるのだろうか。

 でもその無駄な強制労働こそが、あれにはふさわしい気もします。


 大阪府知事と市長を歴任したタレント弁護士も市長時代だったかな、元官僚と組んで関西電力に「原発が不要である根拠を(原発が必要であると主張する)関電が示せ」という耄碌を疑われるレベルの寝言を吐いてましたが、連中の言う脱原発なんて車を買い換えようと思いついた奴が資金も無い、ほしい車も決めてない、車庫も借りてないのにとりあえず手持ちの車を売るレベル。まともに耳を貸すのが間違いです。


 日本でもいろんな連中が脱炭素だ新車販売を電気自動車に限定だと寝言言ってますが、脱炭素(笑)にもEV普及(呆)にも持続可能な社会(失)にも再生可能エネルギー(嘲)にも懐疑的な目を向けてる作者に言わせれば、上記の地獄絵図とか学校サボって国連で講演してるスウェーデンのペンギンやレジ袋セクシーが常々吐き散らしてる世迷言が示すとおり、世界は意識高い系のアホによって混乱し衰退するのです。


 ところで、パチスロ版の北斗の拳新伝説創造には中央帝都の地下発電所を設計した人物が登場するそうな。ジャコウからさらなる電力供給を要求されたときに、死体を流すための運河に水力発電所を造ろうかと考えるそうですが……真っ先にそうすればいいのに。あんなヘロヘロの奴隷が十数人でキャプスタン回すより、絶対そっちのほうが効率いいよ。


※2……

 認識票ドッグタグの打刻内容は国や軍によって異なりますが氏名や生年月日、血液型、所属軍、認識番号、場合によっては性別なども打刻されており、同じ内容のものが二枚セットになっているかもしくは金属板の半分が折り取れる様になっています。米軍式のものは円形の上下を切り欠いた、学校の運動場のトラックみたいな形状のものが二枚セットになっていて、長いボールチェーンで一枚を首にかけ、もう一枚は短いボールチェーンでもう一方につながれています。首からかけた一方は戦死者の遺体に残し、もう一方は死亡報告のために回収する様になっています。遺体が原形をとどめないほどに損壊したり焼損したりしても、認識票が無事なら身元が確認出来るというわけですね。

 作中においては死体に残すためのドッグタグを墓標代わりのM4カービンのグリップにかけて、墓碑銘の代わりにしています。たぶんそのうち出てきますが、回収用のドッグタグはライが回収して、そのうち地球に帰還したときに知り合い経由で米軍に届けるために保管しています。


 原形をとどめないほど損壊した死体に自分の認識票をかけて死亡を偽装するとか、陰謀系の小説なんかでありそうですけどね。死体が損壊したわけではないですが、自分とは明らかに異なる識別指標V D Mを持つ同僚の遺体とドッグタグを取り換えるというシーンが、元海兵隊U S M C前哨狙撃兵スカウト・スナイパージャック・コグリンとノンフィクション作家ドナルド・A・ディヴィスの共著『不屈の弾道』、原題『KILL ZONE』に登場しています。

 ネット上のレビューでは一部の人にさんざんこき下ろされており、まあその批判内容は一部わからないでもないんですが、割と面白いですよ。一番批判すべきはノンフィクションである処女作『Shooter』が日本で刊行されてないことだと思います。

 批判の一部は知識不足からくる的はずれなものだし残りは枝葉末節、炭酸せんべいで言えば型からはみ出したバリみたいなもので、上記の導入以降の政治的背景とか敵の拠点となっている村を監視し敵の戦力を把握したり、住民の行動=家の住人が出歩かず、ほかの者が食糧を届けているなどの事実から自分の標的を探したりするシーンはガチでした。作者の経歴が狙撃兵である以上、もっとも重視して読むべきはそこだと思います。本作中においても、砦に潜入する前の観察シーンを作者がイメージする参考にしています。

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