第33話
彼女はライの様に日常的に森に入らないので普段はあまり使わないのだが、彼女の雑嚢にもひととおりの道具は入れてある。飲料にするために水を用意したのだろう。
「これを少しもらうぞ」 火にかけてほとんど時間が経っていないらしく、クッカーに指先で触れても冷たいままだ。声をかけて答えを待たずにカップで水をすくい、それを手にした小さなマグカップに注ぎ込む――マグカップに半分ほど水を注ぎ込んだところで、ライはメルヴィアの横を通り過ぎて通路に出た。
そのまま操縦室に足を踏み入れ、操縦室の隅のほうに立てて置いてあった自分のトラベルバッグの取っ手を掴んで床に引き倒す。
中には割れ物が入っているので、扱いは慎重に――トラベルバッグの外周を
「なにをなさるのですか?」 客室の入り口のところから声をかけてくるリーシャ・エルフィに、ケースを開けながら返事をした。
「虫に喰われたところを冷やすんだよ」 そう答えて、トラベルバッグの中に収納してあったガラス瓶を取り出す――緑色の瓶に貼られたラベルには『いわて・八幡平 こすず』とあった。
軽く瓶を揺すってから蓋を開け、中身を小さなマグカップに注ぎ込む。中身は液体ではなく、グラニュー糖の様なさらさらした粒状の物体だ。
ライはそれをある程度カップの中に注ぎ入れてから、マグカップと一緒に取り出していたスプーンを突っ込んでかき混ぜた――ややあって手袋から露出した右手の指先でマグカップに触れ、瓶の中身をさらにカップに注ぎ込んで撹拌する。もう一度マグカップに触れてそれで十分であることを確認してから、ライは客室に戻ってマグカップをメルヴィアに差し出した。
「ほら。こぼさない様にな」 急激に表面が結露して汗をかいたマグカップを、メルヴィアの腕に触れさせてやる――
「危ないだろ」 そう注意してから、あらためてマグカップを差し出す。
「なにこれ?」
「硝石を溶いた水だ。硝酸カリウムは水に溶けた際の熱反応がマイナス否なんでもない」 溶けかけた雪だるまみたいな顔をしているメルヴィアに嘆息し、ライは彼女が受け取るのを待って手を引っ込めた。
「虫に喰われたところに当てて冷やせば、かゆみが取れるだろ――言っとくけど飲んじゃ駄目だぞ」
ライの注意にうなずいて、メルヴィアが赤く腫れた頬に冷えたマグカップを押し当てる。その様子を横目で見ながら、
「あれはなんですか?」 リーシャ・エルフィの口にした質問に、ライは彼女に視線を向けた。
「硝石を溶いた水だ。硝酸カリウムは水に溶けた際の熱反応がマイナ――」
「お願いですから、説明してくださるならわたくしたちにもわかる言葉で説明してください」 というリーシャ・エルフィの抗議に、ライはちょっと考え込んだ。さすが一国の王女、ちょっとくらい訳のわからないことを言われても溶けかけた雪だるまみたいな顔はしないらしい。
「まず、あの瓶の中身は硝石といわれるものだ。たぶんこっちだとろくに名前も聞かないと思うが」
「ええ、はじめて聞きました。それで、そのしょうせきをどうするのですか?」
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