修学旅行の最中にバスで事故に遭ったと思ったらクラス全員で異世界に転移してたけど、特に勇者として召喚されたとかではなかったでござるの巻~勇者でもなんでもない偶発的転移者の彼が、異世界で貴族になるまで~
ボルヴェルク
Prologue
ぴちゃり――小ぶりのシースナイフの刃の輪郭を伝って鋒からしたたり落ちた赤黒い血の滴が、黒っぽい土が剥き出しになった地面にぶつかって砕け散る。
空は暗い――鶴のマークも鮮やかなエンブラエルE70型機の機体によって木々が薙ぎ倒されて出来た開豁地に、周囲に星々をはべらせた月の光が降り注いでいる。
いったいなにがあったのか、地面の上に転がった二十を超える数の
否――少し視線を転じれば、すぐに視界に入ってくる。そしてその姿を目にすれば、シートに座っていた者たちの末期など自明の理であったろう。
主翼の前あたりからまっぷたつに折れたエンブラエル機の機首側、電源が落ちているために闇の
そうでなければ――もし意識を保ったままであったのなら、まさしく生き地獄であったに違い無い。悲惨な死に方をした者たちの亡骸が乱雑に積み重ねられた、まるでこの世の地獄の様な光景。
体にフィットしたcw-xのスポーツトップの上からアンダーアーマーのTシャツを重ね着し、ジーンズにワークブーツを身に着けた黒髪の少年だ――ルーズフィットのシャツがアーチェリーの
年齢は十代なかばほどか、年齢に不釣り合いな冷静さを感じさせる精悍な顔つきの若者だ。背中まで伸びた黒髪はうなじのあたりで革紐で束ねられており、右目の目元にふたつ並んだ小さな泣き黒子がある。額の左端、左の眉尻の上あたりに額と髪の生えている範囲にまたがった小さな傷があり、髪の生え際が抉れた様に一部欠けていた。
右腰の後ろにアーチェリーの競技などで使う数本の矢を納めておく平型の
手傷こそ負っていないものの極度の緊張によるストレスで精神的な消耗が激しいのだろう、彼は細かく震える手を忌々しげに見下ろして小さく舌打ちした。荒い呼吸と心臓の拍動を落ち着けようとするかの様に大きく息を吸ってから吐き出し、髪や服にくっついた土をはたき落とす。
ごぼごぼという嗽の様な音を立てて、少年の足元に倒れ込んだ獣が身じろぎする――黒いごわごわした獣毛に全身を覆われた狼に似た獣が、口蓋から血を吐き散らしながらなんとか生き延びようともがいているのだ。
だが、もはやどうしようもない――腹を縦に引き裂かれた狼がそこからこぼれ出した内臓をどうすることも出来ないまま、身動きも取れずに哀れっぽい声をあげている。彼はチェストガードの上から服の胸元を掴んでふたたび深呼吸すると、右手で保持した小さなナイフのグリップを握り直した。
一枚の鋼板から刃の峰側から見て右側だけを刃の形に削り出された、
少年がその場でかがみこみ、狼の頭を左手で押さえつける――手にしたナイフの刃渡りでは心臓まで届かないと判断したのか、彼はナイフの刃を喉笛にあてがって気道と左右の頸動脈を同時に引き裂いた。
すでに相当量の出血があるために血圧が下がっているからだろう、噴き出す血はそれほど多くなく勢いも弱々しい――動脈血と静脈血が混じってまだら色になった血がびしゃりと音を立てて地面に飛び散ったのを最後に、脳への酸素供給が止まった狼が瞬時に絶息する。同時に頭を押さえつける手を撥ね退けようと無駄な抵抗を繰り返していた狼の体から力が抜け、全身がぐったりと弛緩して、血圧降下によるショック症状からくる細かな痙攣を繰り返すだけになった。
それを確認して、少年が立ち上がる――彼は小さく息を吐くと
そして、五年後――
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