第13話

「で、弟の名前だけどな。こっちは普通だよ。ごく普通だ――だ。作物が実るという字を書いて、そう読むんだ――これもまた、豊作を祈るたぐいの名前だな」

妹君まいくんおふたりは?」

――夕焼けと日向という意味だ」 しばらく休憩することにしたのかもう用が足りたのか、次の縄の用意をしないままライがそう答えてくる――まだかなりの量の苧の束が残っているから、ただの休憩なのだろうが。

「なるほど――勇者の弓シーヴァ・リューライの国の言葉は、名前そのものに意味があるのですね」

「基本的に表意文字だからな――それと組み合わせてという表音文字を使うんだが、カナで名前をつけることは俺の時代だとほとんど無い。まったく無いわけじゃないが、それも表意文字で表記せずにカナで表記してるだけの場合が多い」 地面に棒きれで【雷】と彼らの文字で書きながら、ライがそう返事をしてくる。

「これが俺の名前だ。これだけで読み方が四種類くらいある。一般的なものだけでな」 続いてその横に【あずま】と書いて、

「これがカナ文字での俺の名前――つまり、君たちの使う様な表音文字で表記した場合のな。と読むんだが、どの文字で書いても読みは同じだ」

「つまり、どんな文字で書いてもカナで読むのですか?」

「そうだ――カナはこの表意文字だけで書くと読みにくいから、それを補うためのものだ。逆に表音文字だけで書いてもやっぱり読みにくいから、表意文字と表音文字を組み合わせたんだと言ってもいい――俺の世界でもかなり独特なものだ」 ライはそう言ってから少し考えて、

「だから基本的に、表意文字だけで書いていようがカナで書いていようが変わらない――発音は変わらなくても、読み手の印象を操作するために表意文字で表現出来る単語をカナ文字で書くこともある。表意文字はそれ自体が意味を持ってるから、名前にそれを使うことで、たいていはなにかしらの意味を持つ名前になる」

 女性名だったらラッヤとかな――まあ、最近は変な名前も多いけど。そう付け加えるライに、リーシャ・エルフィは首をかしげた。

「たとえば?」

「そうだな――この世界にもはいるのか?」 逆に聞き返されて、眉根を寄せる――

――というのは?」

「君らがなんと呼んでるのかは知らないが――海水漁業とかもあるんだろ? 海の中でふわふわ漂ってる半透明の、刺されて痺れたりする――」

「ああ、ファールのことですか」 軽く手を打ち合わせて、リーシャ・エルフィはうなずいた。アーランドは海に面しているので一応ながら海での漁業も行われており、したがって彼がと呼んだ生物のたぐいも存在が確認されている――実物を見せてみないとわからないが、半透明で水中を漂っていて刺されて痺れるというならファールで合っているだろう。

 はファール、と確認する様につぶやいているライの横顔を見ていると途端に嫌な予感がしてきて、リーシャ・エルフィは盛大に眉根を寄せた。

「……まさかとは思いますけれど、そのくらげファールという単語を人の名前につけるとか?」

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