第19話

 ライは服が多少湿っていても別に気にならないが、眠るときは衣服が乾いているほうが快適だ――そのため、として着替えは一応用意している。眠るときだけ着替えて、目が醒めたら元の服に戻るのだ――それに単に大雨などに見舞われてずぶ濡れになり、乾かしている時間の余裕が無いこともある。

「お借り出来ますか?」

「ああ」 ライはうなずいて、リーシャ・エルフィについてくる様に手で促した。そのまま王女を伴って、操縦室へと足を向ける。

 ライが操縦室の扉を開けると、背後のリーシャ・エルフィが驚いたのかの動揺を見せるのがわかった――蝶番そのものは発明されているが、この世界の家庭用の扉は引き戸が一般的なのだ。

 ドアノブをひねると開くこの扉の様な、なんらかの操作で機械的にロックが解除される機構が発明されていないからだ――そこまで複雑な機械的な構造を持つ製品が作れないのだ。彼女たちを牢屋に幽閉するために使われていた錠前も、内部構造はごく単純なものだ――いわゆるシリンダー錠のたぐいではない。十分なセキュリティ性を持つ錠前が開発されるのは、まだまだ先の話だろう。

 そのため、蝶番式の扉というのは倉庫などの外側からのみ閂と錠前で施錠することが前提の建物にしか使われない――室内の扉にもまず使われないだろう。引き戸は閉めてしまえば勝手に開くことは無いが、蝶番式の扉はくうじょうなどの閉じたままの状態で固定されかつ内外どちらからでも開閉出来る装置が無いからだ。

 彼女の驚愕はこの際置いておいて、操縦室へと足を踏み入れる――饐えた臭いに一瞬眉根を寄せつつ、ライは周囲を見回した。

 薪を積み上げておくための竹の棚の隣、壁際に置いてあった自分のトラベルバッグを開け、しょうのうの匂いに顔を顰めながら中から木綿の胴衣チュニックと脚絆を取り出す。迷彩柄ではないからだろう、リーシャ・エルフィがほっとした様子を見せるのが気配でわかる――普段であればもう一着、迷彩服の替えが入っているのだが、前回狩猟に出たときに使ってしまってまだ補充していない。補充していれば自分もここで着替えられたのだが。

 そんなことを考えながら、ライは彼女に取り出した衣装を差し出した。

「物置ですまないが、ここで着替えてくれ――ここなら外から見えない。靴は君の足に合わないから、今履いてるそれで我慢してくれ」

「それはもう、着替えだけで十分です」 おそらくぶかぶかであろう着替えを手に、リーシャ・エルフィが笑顔でうなずく。

「着替えの手伝いが必要ならメルを呼んでくるが」

「お願いします」 その返事にうなずいて、室内に足を踏み入れたリーシャ・エルフィに背を向けた。彼が操縦室の扉を閉めようとドアノブに手をかけたところで、

「あの、勇者の弓シーヴァ・リューライ――その扉はどうやって開けるのですか?」 リーシャ・エルフィの質問に、ライは室内に入って一度扉を閉めた。彼女から見える様に横によけた状態でドアノブをひねり、扉を開けてみせる。

 たったそれだけのことで心底感心した声をあげるリーシャ・エルフィを置いて、ライは操縦室を出た。出たところで背後を振り返って、

「内外どちらからでも同じ様に取っ手をひねれば開く。閉めるときはひねる必要は無いから」

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