第17話

 

   *

 

行けダー行けダー行けダー!」 悲鳴や風斬り音に続いて聞こえてきた聞き憶えのある若者の声に、リーシャ・エルフィ・カストル・ディ・アルランディアは牢獄の格子を掴んで顔を近づけ、少しでも視界を確保しようと試みた――向かいや右手側にある牢獄でも、閉じ込められていた少年たちが状況を確認しようと格子を掴んで斜面の上に見える広場を見上げている。

 半地下になった牢獄から地上の広場へ上がるための緩い勾配の斜面の下に、ふたりの賊が折り重なる様にして倒れている――先ほど近くで聞こえたふたりぶんの悲鳴の出所はこれだろう。

 上体に損傷は見られないが、上になった賊は片足が一本の棒の様にピンと伸びている――なにをされたのかはわからない。

 聞こえてきたのはよく知った声だ――記録上はじめてアーランド王国の住民と接触した、王国の歴史上最初の漂流者ガンシュー

 彼はいったいどの様な奇蹟の結果か、まったく異なる異界からこの大陸に訪れた稀人まれびとだ――十数年前の大飢饉の爪痕をいまだに残した王国の一村落の農地を別世界の知識で以て作り直し収量を回復させたことで王国の目に留まり、それによって彼は頭角を現した。

 世に出た理由こそではあるが、同時に極めて高い長弓射撃の技量と戦闘能力を持つことから、王国の貴族や騎士団などの軍事関係者の間ではこの名前で呼ばれることが一般的だった――勇者の弓シーヴァ・リューライ。

 彼は大陸南部、二ヶ国にまたがる広大な樹海に別世界から飛ばされてきたのだそうだ。はじめてこの世界の人間と接触するまでの数ヶ月間、彼は獣を狩ったりしながら森の中で生活していたという――狩猟を生活の糧にする専業の狩人がいないアーランドにおいて、もっとも樹海に詳しい男だろう。

 おそらく彼女が今囚われている、この砦のことも知っているはずだ――父王デュメテア・イルトや王弟イルトファ・ケリーは彼と個人的な友誼があるので、救出部隊を父が派遣するなら山砦までの案内人として彼を選ぶことは容易に想像がついた。

 想像はついたものの――理由は知らないが、早すぎる。

 彼女が乗った馬車シャラ・ファイが襲撃されたのが早朝――この砦に戻る道中でほかの牢に囚われている漂流者とおぼしき若者たちと出くわしたのが昼前。そして今は深夜――この大陸における人間の活動時間の九割は昼間なので、日が暮れてからかなり時間の経つ現在は一般人ならとうに寝入っている時間帯だ。

 護衛部隊の兵士たちは、毒を塗った矢で射られて殺されてしまった――装甲馬車の車内に同乗していた世話係の年老いた侍女たちも、邪魔だとばかりに斬り殺されその場に打ち棄てられた。兵士ひとりだけが身代金を要求する文書を持たされて逃がされた様だが――途中で替え馬を駆使しながら昼夜問わずに早馬を走らせたとしても、彼が王都カーヴェリーにいる父王に事態を報告するまでには少なく見積もって十五日はかかるはずだ。

 ここは王家が直接統治する直轄領内なので、軍の統率権は国王本人にある――ただ各地に駐屯して有事に対処する部隊はその指揮官に独立した指揮権が認められており、国王や軍務卿、将軍などの上位者が指揮権を掌握しない限り独立して行動することが出来る。

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