第6話 チェイス! チェイス! チェイス!

 体が勝手にクラッチを踏み、素早くシフトレバーをかっ! と入れ、車体が沈み込むような加速が体を押し付ける。


 新旧入り交じった家屋とビルとが凄い勢いで後方へぶっ飛んでいき、のんびりそのエキゾチックな雰囲気を堪能出来ない事に思わず舌打ちが漏れる。


「ぜってぇ後で観光してやる!」


 ホットスタートそのものは嫌いではないが、それはそれ、これはこれではあるらしい。


  ミントシガーをカリカリ小刻みに噛みながら、視界の端に映り込むマップを確認すれば、もうすぐセントラルステーションが見えてくる距離感まで近づいているのに気づく。


「つーか飛び出したけど、強盗はどんな特徴とか聞いてねぇぞ」


 事件発生、出動要請、よっしゃ! 急行! みたいな思考回路をしていたので、ちょっと冷静に戻ったら一番大切な事を確認していなかった事に気づき、脳波指示でクエストボードを呼び出し、それを小さく表示させて事件の内容を確認する。


「セントラルステーション周辺に点在する金融機関を中心にした連続強盗事件が発生している。SYOKATUである第一分署でも調査をしているが、タイホに繋がる情報は得られていない。画像の荒い監視カメラの情報から、常に三人から四人で犯行を繰り返しているようだ……つまりは何も分かってねぇって事ですな、これ」


 マジでホットスタートじゃねぇかよ、そう呆れたように呟くと、前方の細い脇道から飛び出してきた白いワゴン車が見える。そのワゴン車の中に、真っ黒な目出し帽を被った数人の人の姿を見つけ、ユーヘイは咥えていたミントシガーを一気に口へ突っ込み、ガリィッ! と音を立てて噛み砕く。


「ビンゴ!」


 クラッチを踏み込み、更にシフトレバーのギアを上げると、エンジンから獣のような咆哮が轟き、車体がまた一段ガクンと沈み込むように加速して白いワゴンの真後ろにぴったりと張り付く。


「さすがに街中で発砲とかは不味いよな?」


 張り付いてすぐに、これどうやって停車させようかしら? と思い悩んでいると、ワゴンに乗る人物二人が後部座席の窓から身を乗り出し、見えちゃいけない真っ黒い筒状の、ユーヘイも大半の男の子も大好きな武器を構え、その銃口を向けてくる。


「ああそうだった! ここってベースが八十九十年代のとんでも刑事ドラマがメインテーマでしたよねっ! 知ってる知ってる! ってアホ! マジで街中で発砲すんのっ?!」


 予測線の深紅のラインがこちらに向かってくるのを見て、スキルアシストが教えてくれる通りにハンドルを切り、蛇行するような動きをすれば、直後にバカスカと拳銃を乱射してくる銀行強盗達。ユーヘイは多めに振った腕のステータスを信じ、片手でハンドルを操作しながら無線機に手を伸ばす。


「分署303! 第一分署どうぞ!」

『こちら第一分署指令室、分署303どうかしましたか?』

「銀行強盗を追跡中! 強盗達は拳銃で武装しており、現在激しい抵抗にあっている! 至急応援を頼む!」


 こりゃソロプレイでどうにかなるレベルじゃねぇや、と無線で応援要請を行えば、プロの女性声優さんが声を担当してるのだろうオペレーターの、数作品でメインヒロイン役として聞いたことのあるその声で、非常に無慈悲で世知辛い情報を教えてくれた。


『現在の第一分署に、分署303以外の車両はありません』

「……はいぃぃぃぃっ!?」


 何言うとりますのん!? と目玉が飛び出しそうな事を言い出したオペレーターの言葉に、ユーヘイは危うく運転をミスりそうになって、慌ててハンドルを持つ腕に意識を向ける。


 そう、ユーヘイは未だ状況を理解していないが、黄物のDEKAプレイヤーはその数が少ない。第一分署で現在生き残っているDEKAプレイヤーは二人。サービス開始直後はそれなりにDEKAを志望するプレイヤーはいたのだが、大体がチュートリアルで心を砕かれて別の職業になるパターンが多い。更に警察車両も実はチュートリアルをクリアーすれば無料でゲット出来る仕様だったのだが、ご存知の通りチュートリアル(クソ鬼難易度)な関係で、現在所有しているのはユーヘイただ一人となっている。


『頑張って下さい』

「頑張って下さいじゃねぇよっ?! うわっち!」


 予測線の赤いラインがボンネットと前輪へ向かうのを見て、慌ててドリフトをかまし、飛んで来る弾丸を回避しながら、手に持った無線機を叩きつけるように投げ捨てる。


「これどうするよ!?」


 さすがに街中でDEKAがバカスカ拳銃を撃ちまくったら、リザルトの市民の評価部分が大変な事になるだろうし、心情的にというかリスペクトしてロールプレイを心がけている大柴下 キョージもそんな事は劇中していない。イメージ的にバカスカ撃ってたような気がしないでもないが、多分、街中では撃ってなかったはず、多分。


「車体をぶつけて転がすか? でも車体の大きさを考えると、こっちが押し負けるし、何よりここで転がしたら一般市民に被害が出る可能性がががががが!」


 クエストボードを改めて確認すれば、クエストの難易度は低レベルのイージーとある。


「これ絶対イージーにカッコがついて、いつからこのクエストがイージーであると勘違いしていた? とかイケメンボイスなラスボスちっくなキャラクターとか出てくるパティーンじゃあーりませんか!」


 チュートリアルと同じく、絶対無限弾倉だろうと思うレベルで、無数の弾丸を吐き出し続けるワゴン車を忌々しく睨み付けながら、必死に蛇行運転を繰り返す。


 やがて正面に巨大な駅の姿が見え、更に一般NPCと思われる車両とかが増え始める。


「ちっ! 撒く為に交通量の多い場所をチョイスしてやがるなこれ!」


 投げ捨てた無線機を拾い上げ、外部スピーカーに繋げて声を張り上げながら叫ぶ。


「一般車両停車してくれ! 凶悪犯を追跡中! 危険だから一般車両は停車しろ! 歩行してる一般市民も通りすぎるまでしゃがんで防御! 弾が飛んで来る可能性がある! 建物の影や停車してる車の影に隠れろ!」


 繰り返し呼び掛け続け、必死にワゴン車に食らいつくが、二号道と一条通りが交差する巨大な交差点に侵入したタイミングで、コンテナを積んだ大型トレーラーは侵入してきて、ワゴン車はその鼻先を掠めるように通り抜けたが、トレーラーは急ブレーキで車体の制御を失い、そのまま道を塞ぐ形で横転してしまった。


「くおおっ!?」


 急ブレーキとサイドブレーキ、更には車をスピンさせるように急制動をかけ、なんとかトレーラーにぶつからずにレオパルドを停車させたユーヘイは、大きな舌打ちをしながらガン! とハンドルをぶん殴る。


「くそっ!」


 はあっ! と大きく息を吐き出し、エンジンを止めて車から出ると、横転しているトレーラーに近づき、フロントガラスから中の様子を確認する。


 運転席には血を流して意識を失ってるNPC表示のある運転手がおり、シートベルトをしておらずにぐったりしていた。


「そういやシートベルトの義務化って、結構最近だったっけ」


 シートベルト大切、命大事に。ユーヘイはそんな事を呟きつつ、ガンホルスターから銃を引き抜くと、安全装置がしっかりロックされているのを確認してから、弾倉部分でフロントガラスを勢い良く叩いて割る。


「手伝ってくれ! 誰か! 救急車を!」


 遠巻きに見ている市民達に呼び掛け、その市民達に協力してもらって、ぐったりしている運転手を運転席から引きずり出し、頭を動かさないように注意して、呼吸の確認をする。


「はぁ……良かった、呼吸はしてくれているか……」


 頭を守るようにスーツの上着を脱いで、それをクッションとして使用しながら、ユーヘイはちょっと締め付けが息苦しいと感じていたネクタイを緩める。


「……本当、どうすべな……」


 ズボンのポケットからミントシガーを取り出し、それを口に咥え、ずれたサングラスの位置を直しながら呟く。


「明らかに複数人協力前提の難易度。やった感じだと、ラッシュパート、タイホにはアタッカーとなるポジションが最低でも二人、万全を期すなら三人か四人……んで、調査パートもそれ専門にしてるプレイヤーが必須だろ? 刑事物だったら絶対鑑識も必要だろうし……となると最低でも七人のパーティー編成、もしくはギルドが必要って感じか」


 だけどなーとユーヘイは天を仰ぐ。


「サービス開始から半年、それで俺以外に車両を持ってるDEKAがいない……これってさぁ」


 詰んでね? ようやくこのゲームの問題を認識し始め、ユーヘイは力無く笑う。


「はあ……」


 世界観とか雰囲気とか、そういう部分は凄い好みで、実際没入感という意味でも最高だとは感じている。AI制御のNPCの挙動であったり、言動のチョイスであったり、それらもさすがメビウスクラウンと技術提携されているだけあって、かつてのSIOを彷彿とさせる気配を感じていた。ただ――


「運営、これ絶対調整間違ってるぞ」


 そう、その一点に尽きる。


 サービス開始から半年でこれというのなら、何もテコ入れをしていないという感じだろう。そうなればDEKAプレイヤーは見捨てられてしまったと感じるだろうし、攻略掲示板などは禁止されているだろうが、そういう悪い噂というのは勝手に広まるモノだ。後に残るのは完全なる悪循環である。


 こりゃやるゲームのリサーチ不足だったかもしれないなぁ……ヤベェDEKA好き過ぎて飛び込んだが、ちょっと冷静になって別のゲームを探すべきか、そんな事を考えていると、負傷した運転手に必死で声をかける、頭の上に表示された名前の色から、プレイヤーだと分かるノービス職の人物の姿が目に入った。


「もうすぐ救急車が来ますよ! 大丈夫です! こんなひどい事をした犯人もDEKAの人が解決してくれますよ! だから頑張って!」

「……」


 ぐったりしているNPC運転手に向けての呼び掛けなんだろうが、その言葉にユーヘイは苦笑を浮かべて、後頭部をガリガリ掻く。


「解決しないとダメだよな」


 クエストボードを確認すればクエスト自体は生きており、まだ失敗判定も食らってない。どうやらこれは事件の導入部であるらしく、この事件はまさしくここからが本番であるようだ。


「いやはや、かつての初期状態を思い出すなぁ、これ」


 サービス開始直後の、それこそ大幅アップデートが入る一年くらいの間、SIOも大概ヤバイ調整だった事を思い出し、ユーヘイはやれやれと肩を竦める。


「そういう宿命でも背負ってるのか? 俺は」


 遠くの方からサイレンを鳴らして近づいてくる救急車の姿を確認し、ユーヘイは改めてぐったりしている運転手の姿を瞳に焼き付ける。


「はぁ……頑張ってみますか」


 諦めたらそこで試合終了、とは偉大な漫画世界の指導者の言葉である。そしてSIOプレイヤーにとって諦めるという文字は辞書に存在しない。であるなら、やるべき事は定まる。


 どこか吹っ切れた表情を浮かべて、ユーヘイは満足そうにミントシガーを揺らしながら、近づいてくる救急車に向けて大きく手招きをして誘導するのであった。

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