第248話 反撃 ⑤

 松村・カニ谷・サマー組――


 自分の胸当たりまで体高がある、黄色と黒のマーブル模様のような体色をした恐竜が、大口を開けて紫色の、ドロリとヘドロ状になった粘度の高い液体を吐きかけてくる。あまりに毒々しいそれを、サマーは咄嗟に避けたのだが、その液体が近くを通りかかった小型恐竜にべったり張り付くと、小型恐竜の鱗が一気に真っ白に脱色し、そのまま大量の血液を吐き出して絶命してしまった。


「ちょちょちょちょちょちょちょっ! 毒吐くとか聞いてなぎゃああああぁぁぁぁぁっ!?」


 先程まで村松の近くで小型恐竜の対処を一緒にしていたのだが、あまりにも数が多い小型恐竜に分断されてしまい、孤立したところへ毒吐き恐竜が登場したのだった。


 何でこう孤立した瞬間に、圧倒的に面倒臭い恐竜が出現するんだろうか……サマーは騒がしく必死で避けながら、涙目で周囲に助けを求めようとする。


 だが、カニ谷は今もTレックスのような恐竜と戦っているし、一番頼りたい村松は群れで行動する小型恐竜の対処で手一杯……助けを得られる状況では無いのは一目瞭然で、サマーの涙目が段々とガチになっていく。


「こっちはガチのVRプレイヤーじゃなほわあぁぁぁぁあああぁぁっ!」


 気がつけば毒を吐く恐竜の数が増え、合計三つの口が騒がしい獲物を倒そうと、速射砲のように毒液を吐き出す。


 ――どうしてこうなったしっ!? 無理無理無理無理っ! こういうのはユウナちゃんとかスノウちゃんとかにぃっ!?――


 サマーの認識では自分は『下手の横好き』プレイヤーだと思っている。なのであくまでゲームはエンジョイが一番であり、やり込みやら上手いプレイングなどは二の次。だから自分に超一流プレイヤーのような動きを求められても困る、彼女はそう思いながら必死に体を動かすのだった。


 だが、冷静にこのライブ配信を見ているリスナーからすれば、『お前こそ何を言ってんだ?』レベルになる。


 そもそも、初見殺しのように吐き出された毒液を、少なくともエアガンレベルの速度で吐き出されたそれを、回避出来てる時点で人間辞めている。更に言うならば、ギリギリの紙一重でようやく回避出来ている訳じゃなく、十分な距離と安全なスペースを確保しながら動いている訳で……これで『いやいや自分エンジョイプレイヤーっす』などと、どこぞの『第一分署』のエースみたいな事を言っても誰も信用しない。


 今では完全に語り草だが、当時から人気爆発状態で倍率も凄い事になっていたサラス・パテタレント募集オーディションを、漲るパッションと溢れる気合のみで突破し、その後は歌も踊りも全くのド素人だったのを、気合と根性と根気だけで乗り切った純粋体育会系は伊達では無い。


 今回の配信を見て、きっと彼女の監視員(サマー推しのリスナーの名前)達は後方腕組おじさん面で、『彼女はワイらが育てた(上手く言いくるめて騙してシューティング系ホラーゲームに放り込んだ)』と満足気に頷いている事だろう。


 なので今のところ順調に攻撃を避けているが、それは良い、それは良いのだが問題なのは、彼女の叫び声を聞いて恐竜が集まってきている事だろうか。特に音に反応するらしい小型恐竜の数が凄い事になっていた。


「サマーちゃん! 大丈夫! 貴女なら大丈夫よ! だから少し落ち着いて! と言うかこれ以上呼ぶな馬鹿っ!」


 ギャースカ大騒ぎのサマーに、これ以上恐竜を呼ばれてはたまらないと、村松が落ち着けと叫びながら本音を吐き出す。


 サマーが叫んで呼び込んでいるのに、何故か自分の方へと寄ってくる小型恐竜を、行くならそっちじゃない! とキレ散らかした血走った目で睨むのも忘れない。


「無理でぎゃあぁぁああぁぁぁぁぁっ!」


 サマーはサマーで、自分で呼び込んだ毒吐き恐竜の追加分、更に五体、合計八体からの毒液ガトリングを避けていてそれどころではなかった。


「楽しそうダナー」


 そんな嫁と所属タレントを横目に見ながら、カニ谷はレックスもどきの噛みつきを、課金警棒で打ち払う。


「ちっ、せめて刃がついてればもう少し簡単にあしらえるんだが」


 自分はどこまでも近接特化で、拳銃とかはからっきし、むしろ投げ槍とか投石とかの方が命中率が良いのを知ってるだけに、カニ谷は焦れていた。


 SIO時代も突撃兵のようなプレイングをしていたし、その時のメイン武器もレーザーブレイドに投擲用のレーザースピア、大型のエナジーボムとかが得物であったから筋金入りだ。


「それに耐久力がえげつない」


 がむしゃらに噛みついてくるレックスもどきに、カウンターを入れるよう眼球を叩いたりしているのだが、丈夫な瞬膜(トカゲとかのまぶたのようなモノ)でガードされてしまい、効果がかなり薄い。だからといって急所と思われる部位、喉であったり関節部分であったりを狙おうとしても、相手の動きが速すぎる上に巨体過ぎて届かないという状態。


「……面倒臭い」


 それに先程から数本レックスもどきの牙を叩き折っているのだが、次から次に生えてくるのもいただけない。


「貴様はサメか」


 虚しいツッコミを入れても気分は上がらず、カニ谷は完全に攻めあぐねていた。ただ、サマーが盛大に賑やかに騒いでくれているので、一人で戦っていた時の鬱屈感は拭い去れたのは大きいが。


 攻めあぐねるカニ谷、物量に押し潰されかけている村松、そして避け続けるしかないサマーと、全員が千日手に陥りかけていた。


「どうしろってうぎゃあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁっ! あぶなっ! あぶなっ! ちょちょちょちょちょ! ん?」


 しかしここで必死に毒液から逃げていたサマーが、騒ぎながらも自分の周囲の状況を見て、頭に燦然と輝く豆電球が浮かび上がった。


 それは毒液吐きの毒液をまともに食らった小型恐竜達の死体だ。


 サマーが意図した動きで誘導したわけでは無く、単純にスペースが有る方へ有る方へと避け続けた結果でしか無いが、その光景を見て彼女は閃いた。


「こっち見ろやぁっ!」


 挑発するような動きをして毒吐き恐竜の意識を向けさせ、背後に小型恐竜が密集している場所へ移動して、毒液がそちらへ飛ぶよう誘導。


「こいやぁっ!」


 更に挑発するよう相手に向かってトリガーを引くと、毒吐き恐竜はそれまで以上の密度で毒を吐いてきた。


「ここっ!」


 それまでソフトボール大だったのが、一塊となってバスケットボール大の大きさになった毒液をサマーが避けると、それはシャワーとなって小型恐竜が密集している場所へと降り掛かる。


『『『『GYUUUUUUUUR』』』』


 毒液を浴びた小型恐竜達が、まるで漂白剤に漬けられた色物服のように真っ白に脱色しながら、バタバタと血を吐き出して絶命していく。


「ひゅーっ! やるじゃない!」


 サマーが唐突にやる気を出して動いたのをしっかりと見ていた村松は、なかなか効果的なやり方だと称賛しながら、ならばと自分に群がってくる小型恐竜を密集させるよう誘導を開始する。


「サマーちゃん!」

「了解っす!」


 上手くサマーの背後へ小型恐竜を誘導して村松が呼べば、それを横目で確認していたサマーがすぐに毒吐き恐竜を挑発し、毒液を小型恐竜へと降らせる。


 村松とサマーの連携で、凄い勢いで小型恐竜が駆逐されていき、やがてその姿を消した。そうなれば村松がフリーとなり、毒液をサマーが引き付けている間に、村松がアタッカーとして叩けるようになり、毒吐き恐竜も姿を消す。


「はいはーい、お・ま・た・せ♪ ダーリン」


 小型恐竜と毒吐き恐竜を始末した村松が、空になったマガジンを捨て、新しいマガジンを入れながらニッカリと笑ってカニ谷にウィンクを飛ばす。


「申し訳無いな、でっかい事言ったのに役立たずだった」


 苦笑を浮かべてレックスもどきの攻撃をさばき、カニ谷は盛大に溜息を吐き出す。


「そこは適材適所よ」


 村松はサマーに目配せをすると、二人揃って拳銃を乱射する。さすがに小口径な拳銃の打撃では、大きい体を持つレックスもどきに致命傷は与えられない。だが、カニ谷にとってはそれで十分過ぎる援護であった。


「やっとか」


 二人の攻撃で意識をそちらへ向けた瞬間、カニ谷の体がた。次いで床がわたむんじゃないかという衝撃が走り、遅れて何かを踏んだような音が鳴り響く。


「今回だけのお助けキャラだったから専用ビルドじゃないんだ……だから少し苦しめてしまうかもな、すまない」


 レックスもどきは少し苦しげなうめき声を出して、ぐらりと横へと倒れる。


 ライブ配信を見ていたリスナーには何が起こったか分からなかったが、サマーの目にはしっかりと見えていた。


「今、瞬間移動しませんでした?」

「あら、見えたの? それは凄い」


 カニ谷が瞬間移動したようにレックスもどきの懐へ入り、そのまま蹴り足に力を入れて床を踏み込み、踏み込みの力を集約した突きをレックスもどきの喉へと突き込んだのだ。課金警棒は喉から頭蓋を貫き、レックスもどきの命を奪った、サマーにはそう見えた。


「やれやれ、ここの仕掛けはこいつの討伐だったみたいだね」


 倒れたレックスもどきに手を合わせていたカニ谷が、轟音を出して開いていく壁を見て呟く。彼が見ている先で建物の一部が開き、探していたギミック、ドラム缶がセットされたカタパルトがその姿を現す。


「はー、やれやれね」

「大変だったっす」


 どうにかこうにか役目は果たせたようで、三人は少し気が抜けた様子で、会心の笑みを浮かべるのだった。

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