第249話 反撃 ⑥

 ユーヘイ・トージ・アツミ・ジュラ・スノウ組――


「曲がれ曲がれ曲がれ!」


 後方から聞こえてくる『ビチビチビチビチビチィ!』という、陸に打ち上げられた魚が飛び跳ねるような音をBGMに、ユーヘイが先を走るトージとアツミに指示を出す。


 周囲の風景が、学校の木造校舎を思わせる作りをしているために、何となく廊下を爆走する鬼ごっこをしているような気分になるが、追ってくるのは鬼と言うか化け物なので、そんな遊び心はすぐにどっかへ行ってしまう。


 かれこれ三分近く、化け物『蛇権だごん』との追っかけっこをしているのだが、未だ突破口が見えずひたすら走り続けていた。


 本来ならばとっくにステータスのスタミナが切れて、息切れ状態になるのだが――


「取ってて良かったランナースキル!」

「「ほんそれ!」」


 『第一分署』では基本的なスキル構成、いわゆるこのゲームでのDEKAロールで必須となるだろうスキルを、全員が統一して取得していた。捜査中に発動する直感系統のスキルであったり、乗り物を運転する為のスキルだったりがそれに当たる。もちろんその中には走る系統のランナースキルであったり、ラッシュスキルなんかも含まれる。これはスキルレベルが上昇すればする程、消費するスタミナ減少率が下がっていき、最終的にはほぼほぼスタミナを消費しないで走り続ける事が可能だ。ユーヘイ達が三分間走り続けられているのは、ランナースキルとラッシュスキルが高レベルで、消費するスタミナがほとんど自然回復で賄える状態だからだ。


 だが、スタミナ消費は気にしなくて良くても、プレイヤーの精神力は確実に消費されていく。この状況にいち早く焦れたのがトージだった。


「僕が言う事じゃないですけど! このままじゃジリ貧ですよ?! どうします?!」


 両脇にジュラとスノウを抱えているトージが、チラリとユーヘイに視線を送りながら叫ぶ。


 もちろんユーヘイとてただ走っていただけじゃない。どうにか突破口がないか周辺を観察しながら、ずっと頭はフル回転をしていた。


「分かってる! 分かってるが……」


 残念ながら、この状況を打破する何かを発見出来ずにいる。


 そもそも『蛇権だごん』の性能がヤバいのだ。元ゲーム通りのデータを使用しているのならば、アイツラはどこまでもどこまでも追いかけてくる。隠れるのも駄目、やり過ごす事も駄目、立ち向かってもいずれはその数に押されて飲み込まれる……まさに隙のない三段活用のような敵なのだ。


 何とも言えない停滞感の中で、ずっと周囲を注意深く観察していたスノウが声を上げる。


「トージ君! 次の通路に入ったら階段に向かって! ユーヘイニキ! こっちへ寄って! 階段の後ろに隠れてやり過ごします!」

「は?!」


 何を言ってるんだこの娘は? ユーヘイはそんな表情をしながらも、走る速度を上げてトージの横に並ぶ。


「おいおい! 『蛇権だごん』は隠れても――」

「行けます! このぷりちーなケモミミを信じてユーヘイニキ!」


 ユーヘイが『蛇権だごん』の性能を説明しようとするが、スノウは自信に満ちた大きい瞳で、『大丈夫だ、問題無い』と親指を立てる。


「それフラグなんじゃ?」


 トージが呆れたように言うと、スノウはベシベシとトージの腰を叩く。


「このぷりちーなケモミミ、これまで多くの謎を解明してきた名探偵ですぞ? 大丈夫! イケるイケる!」


 物凄く自信満々に断言するスノウ。そんな彼女を見下ろしてから、ユーヘイはトージと顔を合わせて頷き合う。


「あっちゃん!」

「了解! 次の階段の後ろに隠れるんですね! 大丈夫です!」

「うし! 行くぞ!」


 ユーヘイはチラリと後ろを確認してから、走る速度を上げる。そのスピードにトージとアツミが合わせ、廊下を一気に駆け抜け、階段のある踊り場へ突っ込み、コンクリート製の階段の後ろへ素早く滑り込んだ。


「「「「……」」」」


 全員で端の方へ寄り、息を殺して様子を伺う。大音量の『ビチビチビチビチビチィ!』という音が響き、廊下を蹴る大量の足音をさせながら、こちらに気付く事無くそのまま階段を登って行ってしまった。


「……」


 驚いたユーヘイがサングラスを外しながら、目を丸くしてスノウを見れば、誰もが分かる『ドヤァ』という顔で胸を張る。ちょっと悲しい事に、胸を張っても平べったいが……。


「何かとても失礼な事を考えませんでしたか?」

「ソンナコトナイヨー?」


 スンと瞳のハイライトを消し、薄ら笑いを浮かべて、這い寄る混沌めいた危険な闇を宿した瞳で睨まれ、ユーヘイは考えてない考えてないと首を横に振る。


「それよりスノウちゃん、何で分かったの? 『蛇権だごん』って鬼追尾仕様だったよね?」


 このままじゃ話が進まない、とジュラが無理矢理話を戻す。未だ首を横に振り続けるユーヘイへ、小さく舌打ちをしながらスノウは、気を取り直すように咳払いをする。


「そもそも『蛇権だごん』の出現からおかしかったんですよね」

「ん?」


 ユーヘイは『蛇権だごん』が出現する現場を見ていなかったので、どういう事? とスノウに視線を向ける。スノウは得意気に小さな鼻を鳴らす。


「本来の『蛇権だごん』出現の演出は、不協和音のチャペルの音、某人型決戦兵器が暴走した時のような叫び声、無数の真っ赤な魔法陣が出現して、そこから『蛇権だごん』が薄汚れた汚水と一緒に溢れ出す、っていう感じです」

「ああ、わりと演出だったハズ」

「それが無かったんです」

「へ?」


 『蛇権だごん』出現演出、それは『九頭竜くとおりゅう様』の神威、邪悪の権化たる神そのものの演出でもあり、この部分は相当凝ったムービーとして流れる。界隈では正気度チェックが必要、とまで言わしめた冒涜的なムービーとして有名だ。


「トージ君がレバーを倒して、『九頭竜くとおりゅう様』の神像が砕け散って、あの演出が来る! って身構えていたら、突然溢れるように『蛇権だごん』が出現したんですよ」


 スノウは右手の人差し指をユラユラ揺らし、それに、と続ける。


「数も可笑しいんです。な訳無いじゃないですか。『蛇権だごん』は 『九頭竜くとおりゅう様』直属の眷属ですよ? 『九頭竜くとおりゅう様』の神像を穢した愚か者に神罰を下す役割を持つモノが、何で優しいんですか」


 ちょっと言っている事が狂信者めいているが、確かにユーヘイが知っている『蛇権だごん』は暴走、スタンピードと呼ぶべき濁流となって襲ってくる印象だ。今直面している状況とは少し違う。


「もっと可笑しいのは『斬満ぎるまん様』と『拝寅はいとら様』の姿が消えた事です。それに二方を無限呼びするための道具である『屍鬼人間グーラー』まで居ないじゃないですか」

「「「「あ!」」」」


 スノウの言葉にユーヘイ達が声を出す。そう『蛇権だごん』の最も恐ろしい能力は、数の暴力。奴らは暴走しながらも的確に『屍鬼人間グーラー』を踏み潰し、そこから永遠と『斬満ぎるまん様』と『拝寅はいとら様』を召喚し続けるという鬼畜な方法を使うのだ。しかも自分でも呼び出せるので、まさに軍団と呼ぶべき数になる。


「だからこれは元のゲームから外れてる? って予想をつけたんです。それともっと気になっていたのが、『蛇権だごん』出現から廊下の柱に『九頭竜くとおりゅう様』の神像が、それも等間隔に置かれている事ですね」


 スノウの説明に、ユーヘイは思わず唸る。ユーヘイも周囲をしっかり確認していたが、スノウが言うような神像を見逃していた。と言うか、あんな禍々しい立像を見逃すとか、俺の目ヤバいんちゃうか? と本気で落ち込む。


「ああ、ちゃんと分からないように偽装されて、隠れるように安置されていたので、法則性に気付かないと分からない感じだったから、見えなかったから注意散漫だった、とは言えない感じです」

「そうなの?」

「そうなんです」


 ユーヘイの落ち込み方にスノウがフォローを入れる。それならしょうがないのか、ユーヘイがそう気を取り直すのを見てから、スノウはすぅーと息を吸い込む。


 少し間を開け、溜めを作り、そしてスノウは息を吐き出しながら、可愛らしい笑顔を浮かべてとんでもない事をのたまわった。


「だから神像を破壊して行きましょうねー」

「「「「はい?!」」」」


 あまりにあんまりな提案に、スノウを覗く全員が素っ頓狂な声を出すのだった。

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