第250話 反撃 ⑦

 ユーヘイ・トージ・アツミ・ジュラ・スノウ組――


 何気に一番良い笑顔でとんでもない事を言いだしたスノウを、四人は『正気か?』という目で見つめる。


「気分爽快、私は元気で正気だ。何気に慣れれば居心地が良いじゃないか、ここも」

「「「「……」」」」


 四人からの視線を受けて、ケロリとした表情でのたまうスノウを、『こいつマジかぁ』みたいな目を向ける四人。


「と言う訳で、破壊しましょう『九頭竜くとおりゅう様』の神像」

「いやいやいやいや、何が、と言う訳、なんだ?」

「そうですよ、神像破壊したら『蛇権だごん』がおかわり追加されちゃうでしょうに」


 ユーヘイとトージに突っ込まれ、スノウがむぅっと唇を尖らせる。男二人は『落ち着け』という態度であったが、女性二人は違った反応を見せる。


「それをすれば状況が変化する確信がある、んだよね?」

「詳しく説明」


 ジュラとアツミの言葉を聞いて、スノウは『やっぱ身内なんだよなぁ』とニヤニヤ笑って、埃が溜まった床に白い指先を走らせた。


「ずっとトージきゅんにキャリーされていたので、集中して状況を観測出来ていたんですけども……こうしてこうなって、そしてこう」


 スノウはスラスラと床に何かの模様を書いていく。


「これって……『蛇権だごん』が召喚される時に出現する魔法陣っぽいモノ、か?」


 床に書かれた模様を見たユーヘイが聞けば、スノウは実に悪人っぽい悪い顔をして、越後屋を褒める悪代官のような笑みで首を横に振った。


「と、思うやん? これ、私達が走っていた通路なんやで」

「「「「は?!」」」」


 スノウは自分で書いた模様の一部を指先で叩く。


「ここが今隠れている階段ね。ここでユーヘイニキが曲がれって叫んだ場所ね」


 スノウが丁寧に説明するのを聞いて、ユーヘイは左手で鼻から顎先まで撫でる。良くもまぁここまでの地図を脳内でマッピング出来る事、スノウの能力に内心で舌を巻く。


「続けますよ? それで、これはハッキリした位置は分からないんですけども……多分、こういう形に配置されていると思います」


 床に書いた地図にスノウは丸印を書いていく。次々と書き込まれていく丸印の場所を見ていたユーヘイは、大きく息を吐き出しながら苦笑を浮かべ、『参った』と呟き後頭部を撫でつける。


 スノウが丸印を書き込んだ場所、そのポイントは『蛇権だごん』召喚魔法陣にも刻まれている特徴的な文様が配置されている場所と一致していた。


「お分かりいただけただろうか?」


 心霊関係のナレーションめいたセリフを言いながら、スノウがドヤ顔で鼻を鳴らす。


「スノウちゃん、凄いね」

「ユーさんが呆れてるって事は当たり、って事か」


 ジュラが素直にスノウを褒め、『蛇権だごん』召喚魔法陣を知らないアツミは、ユーヘイの反応を見て、これが大当たりだと判断する。


「先輩、これしかなさそうですよ」


 トージが苦笑を浮かべてユーヘイを促す。


「やるしかねぇな」


 トージの言葉に、ユーヘイは疲れたような笑顔を浮かべて頷いて、トージに顔を向ける。


「トージは二人を運べ、んで先頭を走れ」

「はぁ……やっぱりそうですよねぇ」


 ユーヘイの指示に、『そんな予想はしてましたけど』そう呟きながらトージはおどけたように両手を挙げた。


「ジュラちゃんとスノウちゃんは神像破壊。外しても良いから神像がある場所を銃で撃ってくれ」


 ユーヘイは酷使してしまったキョージモデルのオートマチックをガンベルトに戻し、インベトリから以前使っていたユーヘイカスタムのオートマチックを取り出て、実弾のマガジンを装填しながら二人に視線を送る。


「あたし、シューティングはちょっと」

「可愛いケモミミはクソエイムですぞ?」


 結構重要なポジションを任されましても困ります、そんな表情で二人が否定すれば、ユーヘイは苦笑を浮かべて小さく首を横に振った。


「だから外しても良いっつってんの。君等は神像がある場所を派手に教えてくれる役割、神像破壊の本命はこっち」


 ユーヘイカスタムの安全装置を外しながら、ユーヘイは右の親指でアツミを指差す。それを見たジュラとスノウは納得した表情を浮かべて、はっはーと頭を下げる。


「「あっちゃん先輩よろしくお願いします」」

「何だかなぁ」


 本当は同僚の二人から、ましてやほぼ同期のジュラから先輩呼ばわりされ、アツミは妙な気分になりながら、ユーヘイに左手を差し出す。


「はいはい」


 ユーヘイはその手に通常弾の詰まった箱を手渡し、更に差し出された右手にかつて自分が使っていたリボルバーを手渡した。


 二人のやり取りを見て、ジュラとスノウは『おやぁ〜あらあらまぁまぁ〜』みたいな表情を浮かべ、トージは遠慮無く小さく口笛を吹く。


「「何だ(よ)?」」


 全く同じタイミング、全く同じ顔の角度、全く同じ言葉をユニゾンする二人に、三人はニヤニヤ笑う。


「「「いやいやいや、何でもありませんよ(ぞ)?」」」

「「何かあるって顔してるだろうが(よね)?」」

「「「いやいやいやいや、何でもありませんって」」」

「「????」」


 三人の態度に釈然としないモノを感じながら、ユーヘイはサングラスをインベトリへ投げ込み、アツミはリボルバーのシリンダーに弾が入っているのを確認して、安全装置を外す。


「まぁ良い、ほれ走れ駄馬」

「ひっでーな! そこは駿馬でしょ!?」

「確かにちょっと馬面ではあるけどな」

「ヒヒーン! くっそー!」


 からかわれた事は理解しているユーヘイが、やり返すようにトージをからかうと、トージは楽しそうに軽口を返しながら、ジュラとスノウを小脇に抱えて通路へ飛び出した。


「外したらフォロープリーズ」

「万が一があったら、ね」

「もう! そうやってプレッシャーを!」


 アツミもトージの背中を追うように走り出し、彼女の背後にピッタリと寄り添うユーヘイへ甘えるように視線を向けてフォローを頼むが、ユーヘイは必要無いだろうと笑い飛ばす。


 ――イチャイチャしてるし(トージ・ジュラ・スノウ・リスナー一同)――


 熟年夫婦と言うか、見ていて恥ずかしい通じ合ってるカップルと言うか、そんな二人の様子に全ての人々の考えが一致した瞬間でもあった。


 そんなニヤニヤする時間は、周囲から聞こえてくる『ビチビチビチビチビチィ!』という魚が跳ねるような音に、地響きのような走る音が近づいてきて霧散する。


「止まるなよ!」

「止まれませんよ!」


 ユーヘイの鋭い叫びに、やや情けない感じの返事を返し、トージが走る速度をあげる。そのタイミングに合わせたように、気持ち悪い動きをしながら『蛇権だごん』が廊下をみっちり塞ぐ感じで湧き出した。


「SAN値ピンチ!」

「うーにゃー! うーにゃー!」


 死んだ魚の目、と言うかサメのような仄暗い瞳と言うか、そんな感じで見ていて不安になる目をしている『蛇権だごん』を直視してしまったジュラが叫べば、それを茶化すようにフリ付きでスノウが唄う。


「余裕があるじゃねぇの」

「楽しそうで良かった良かった」


 ユーヘイが呆れ、アツミがカラカラ乾いた笑い声を出し、全く締まらない状態でチェイスが始まった。


「近い近いですぞ……あった! あそこ!」


 トージに抱えられたスノウが、じっくり集中して廊下を見つめ、彼女だけが見つけた特徴のある柱に向かってトリガーを引く。しかし、自身がクソエイムと言うだけあり、弾は明後日の方向へ飛んでいった。


「あ! あれか! よいしょ!」


 スノウの発砲で神像のある場所が分かったジュラも、試しにトリガーを引くが、スノウよりかは真っ直ぐ飛んだが当たらずに終わる。


「よっと!」


 そんな二人の背後から、アツミが床に向かってトリガーを引く。彼女の瞳にどのようなバレットラインが見えているか分からないが、床を跳ね、天井を跳ね、柱を跳ねた鉛の弾は、吸い込まれるように神像に当たり、邪悪な小さい像を粉々に打ち砕いた。


「「……あっちゃん先輩すげー……」」


 事も無げに行われるえげつなく容赦の無い奇跡に、ジュラとスノウは日本画美人のような表情で呟く。


 訳が分かんねぇ、とユーヘイが内心で叫んでいると、背後で物凄い音が鳴り響く。チラリと視線を送れば、これまで以上の『蛇権だごん』が膨れ上がり、廊下を破壊しながら追ってくるではないか。


「駄馬! スピードアップ!」

「ヒヒーン! って先輩酷いですって!」

「馬鹿野郎! 後ろ見ろ!」


 ユーヘイの指示に軽口を叩いていたトージは、彼の言葉通りに後ろを振り返り、顔を引き攣らせて走る速度をあげた。


「ひぃー! SAN値ピンチ! マジでSAN値ピンチ!」

「うーわー! うーわー!」


 激しく揺らされている二人も、ユーヘイの言葉で素直に後ろを見てしまい、かなり本気の悲鳴を出す。だけどやっぱり余裕のようなモノを感じ、ユーヘイは二人に胡乱な目を向ける。


「余裕あるじゃねぇか……これが天下と取るVラブ、サラス・パテの精鋭、か」

「ユーさんこそ余裕があるじゃないの!」


 フッと笑ってニヒルに笑うユーヘイにアツミが突っ込みを入れる。


 そんな感じでバタバタと走りながら、スノウが神像目掛けてトリガーを引き、ジュラも当たれば儲けとトリガーを引き、結局はアツミが仕留めるという事を繰り返す事十回――


『るるるおおうぅおぅぉぉぉぉぉぉぉ!』


 十個目の神像を破壊すると、背筋におぞけが走る、老人のような子供のような、男のような女のような、色々な声色が複雑に絡み合う不協和音そのもののような叫び声が響き渡った。


「うそ?! これって『九頭竜くとおりゅう様』降臨の咆哮?!」


 スノウが悲鳴のような叫び声を出し、それを合図にするよう廊下の外側の壁が消し飛んだ。そして外から巨大な虹色のタコ足が、こちらに向かって迫ってくる。それは敵味方関係無く、途中に群がる『蛇権だごん』を捕まえては絞め殺し、確実にこちらを狙って動いていた。


「先輩!」


 これはちょっとどうすべ? ユーヘイがこれはちょっと予想外と頭を抱えそうになるのと同時に、トージが叫んだ。


「吉田さんが言ってたギミックってアレっぽいですよ!」

「……」


 トージが見ている方向へ視線を向ければ、そこにはドラム缶がセットされたカタパルトが見えた。そして大暴れしているゲートキーパーと、それをいなしているノンさんの姿も見える。


「はぁ……」


 ユーヘイは湿った溜息を吐き出すと、インベトリを開き、手に持っていたオートマチックを放り投げ、新しくサブマシンガンを取り出す。


「トージはそのままノンさんのフォローに回れ! こっちは俺が抑える!」

「ちょ?! 先輩?!」


 焦ったトージの声を無視し、ユーヘイはタコ足に向かってサブマシンガンを乱射しながら、消し飛んだ外側の壁から外へと飛び出したのだった。

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