第251話 反撃 ⑧

 そいつと相対した時、ユーヘイの脳裏に走った言葉は『ボスラッシュ』だった。


「はぁ……なんつーかなぁ、『九頭竜くとおりゅう様』なんて名前してるからって九体分の体を持たなくてもええんやで?」


 元ネタである大柴下 キョージが劇場版で使っていたサブマシンガンを、小アップデートでカタログに追加されていたからついつい購入してしまったが、まさかこんな場面で仕様するとは全く思っていなかった。ほぼ観賞用として購入したようなモノだったから。


 ただ困った事に眼の前の存在に対して、これが有効に活用できるとは思えなかったが。


 そこに鎮座する化け物、冒涜的な造形をした九つの体を生やした軟体生物。名前からも分かる通り某創造神話大系の代表的クリーチャーをモチーフにしているのだろうが……おぞましい海洋生物の集合体のような元ネタとは似ても似つかない姿をしている。


 大本と言うか土台と言うか、タコ足が生えた巨大なフジツボのような部分から、半分溶けたような全裸の男性的老人、穴という穴を荒々しく野太い糸で縫い付けたコウモリ羽根を持つ女神のような女性、タテガミを持つ魚、口が三つある狼、オウムガイの頭、昆虫のあらゆる特徴を詰め込んだキメラ頭、無数の赤ん坊が融合したモノ、無数の手に無数の目がついたモノ、そして中央に明らかに王者っぽい造形をした竜頭と、見た感じ完全に和製RPGのラスボスちっくな造形をしており、元ネタのイメージをそのままにした方がもっと感じがしたんじゃなかろうか、とは個人的にユーヘイは思っている化け物だ。


 サブマシンガンなどは本来のゲームならば、本来軽々しく使えない暴力装置である。だが、眼の前の相手をするならば、実に頼り甲斐無く、無力な豆鉄砲に思えてしまう。


「それでもやるっきゃねぇんだけどさ」


 こういう化け物は、SIO時代だったならば喜んで相手したんだが、ユーヘイは内心でぶつくさ文句を呟きながら、ゲーミングに七色に輝くタコ足を避けながら接近していく。


「ま、倒すって事じゃねぇし、時間稼ぎをしてりゃ、そのうち何とかなるだろう」


 ユーヘイはサブマシンガンの安全装置を外し、数発試しに発砲して弾道やら勢いを確認しつつ、チラリと後ろを確認する。そこではトージがジュラとスノウを使い、カタパルトの向きを調整し、アツミが動いているゲートキーパーに狙いをつけている様子が見えた。


「頼むぜ、さすがにこっちもキツイからよ」


 ユーヘイはぺろりと乾いた唇を湿らせ、ゲーミングタコ足に飛び乗り、『九頭竜くとおりゅう様』の本体部分に向かって駆け出した。




――――――――――――――――――――


「じ、自分っすか?!」

「「うん」」


 壁が開いて現れた巨大カタパルト。それの向きを調整している村松とカニ谷が、目を丸くして驚くサマーに頷き返す。


 サマーが何に驚いているのか、村松とカニ谷にこのカタパルトの狙いを任せると言われたからだ。


「近距離だったら狙い撃ちってのは出来るんだけど、長距離って訳わからないのよ、私」

「そもそもわたしゃ接近戦闘馬鹿で、その一つ覚えしか出来んのだよ」


 カタパルトの発射方向の大まかな向きを、ゲートキーパーへ寄せる作業をする村松とカニ谷に言われ、サマーは両手を突き出して首を横にブンブン振る。


「いやいやいやいやいや! だからって! 自分があの動いてる化け物を狙えってぇ!」


 今にも泣き出しそうな表情で拒絶するサマーに、その夫婦は妙な手拍子をしながら歌い出す。


「「はい! はい! はいはいはいはい! サマーちゃんの! ちょっと良いトコ! 見てみたい! はい!」」

「それ、ここで使う事じゃないっすよね?」


 宴会で使う、今それをやったのならば、確実にアルハラになろうだろう、アルコールの入ったようなテンションのコールに、サマーは胡乱な視線を向ける。


「「良いから良いから」」

「いやいやいやいやいや! 良くないから! 外したら大変な事になるじゃないですか!」

「別に外しても良いんだって」

「そうそう、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるでいいんだよ。ほれ、あれ」


 否定的なサマーに、カニ谷は親指で天井部分を指差す。サマーが目線を天井へと向ければ、そこには大量のドラム缶が用意された装置があった。


「むしろ脳死でボンボン撃ち込んだ方が正義なんじゃないかね、これ」

「でしょうね。それにサマーちゃん、安心しなさい。あそこにいるのは理外の化け物よ」


 大量のドラム缶の存在に、口をあんぐり開けているサマーに、村松は白い歯を見せて笑いながら、ノンさんを守るためにライフルを打ちまくっているダディを指差す。


 明らかに『狙撃?』と疑問符がつくような、、みたいな『狙撃?』をしているダディに、村松とカニ谷は『変わらないわねぇ』とのほほーんとしている。


「思い悩んでるのが馬鹿にならない?」


 外国人のように肩を大袈裟に竦めて見せる村松に、サマーはハイライトが消えた目で乾いた笑いを浮かべた。


「外したと思っても全部拾ってくれる感じっすか?」

「「よゆーよゆー」」


 そんぐらいは鼻歌交じりでやってくれる、そんな謎の信頼感溢れる二人の言葉に、サマーは悩んでるのがバカバカしくなって、照準を合わせる場所に座る。


「次弾装填と他のフォローお願いするっす」

「「だいじょーぶ! まぁーかせてー!」」


 妙なポーズで妙なノリのセリフをのたまう二人を無視し、サマーはゲートキーパーに照準を合わせていくのであった。




――――――――――――――――――――


「そっちに行くなっ!」


 こちらを完全に無視し、どうあってもらいちとユウナがいる部屋へ目指そうとするマッチョ男に、ヒロシはショットガンのスラッグ弾を叩き込みながら、疲れた声で叫ぶ。


 最初は自分をターゲットロックしていたのに、何かが動く音がしてから完全にヘイトが二人に向かったという感じだ。


「幸いなのは! 最初に比較すれば柔らかくなってる事くらいかっ!」


 マッチョ男の延髄へ二発のスラッグ弾を叩き込めば倒せるのは分かった。しかし、意識は二人に向かってはいるが連携はしてくるので、なかなかの難敵には違いない。それに倒しても倒してもおかわり自由であり、倒しても倒しても一向に楽にならないのが辛いところだ。今楽したのも六体目だったりする。


「こういう時、背後にユーヘイがいるのといないのと、その差が酷いなぁ」


 大振りのパンチを回避し、手早く弾を込め、素早く周囲を見回しながらヒロシは苦笑を浮かべた。


「俺もまだまだって事かね、こりゃ」


 その呟きに対しライブ配信を見ていたリスナー達は、『いやいや、ヒロシニキでまだまだとか、それじゃ俺らマジでクソ雑魚ナメクジじゃないですかーヤダー』と心を一つにしたとかしないとか。実際、ヒロシの動きは、さすが『第一分署』と言った貫禄があるのだが、当人からすればまだまだであるらしい。


「っ!?」


 そんな自嘲的な言葉を吐いていると、背後から何かが爆発する音、そして野太い苦しむような咆哮が聞こえてきた。


「ヒュー! やったって事か!」


 どうやら二人は仕組みを動かし、無事にゲートキーパーを倒すギミックを発動したようだと、ヒロシの瞳に力強い光が宿る。


「つまり、後はここを死守すれば良いだけ、って事だ」


 もう全員集合しているし、ここを乗り越える状態にもなれた。そう意識を切り替えたヒロシは、出ていない汗を拭くように、ワイシャツの袖口で口元を拭う。


「もうちょっと、おっさんと遊ぼうぜ? マッチョ男達よ」


 聞こえてくる爆発音と苦しむゲートキーパーの咆哮に、ヒロシは勝利を確信した表情を浮かべてショットガンのポンプをガシャコンと引くのであった。

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