第252話 結末は……

 ゲートキーパーの重たい一撃を、わざわざ自分にかすめるよう、かすらせるように叩き落とす妻のたくましい背中を、ダディは困ったような表情で見つめる。


「何をそんなに怒ってらっしゃるのだろうか?」


 妻のご機嫌など手に取るよう分かる旦那様は、激しい怒りを殺意に変換しているご様子な奥様へ届かぬ小声で呟く。


 まさか、自分が苦手としているホラーゲームに放り込まれ、散々醜態を晒した上にフォローすべきコラボ相手に守護られた事が許せなくて、怒髪天を衝く心境だとはダディでも見抜けなかった。


「あまり格好良い回避方法は止めていただきたいのだが」


 なんだかんだ言いながら、ゲートキーパーの動きを限定し、嫁の回避をサポートする異次元狙撃をやっているのだから、ダディも大概ではあるが。


「さて、そろそろ動きがあっても良いはずなんだけども」


 ゲートキーパーの目元をかすらせるように狙撃をし、攻撃のテンポを一拍遅らせ、直撃コースにいた嫁の回避を助けながら、ダディは仲間が向かった建物へ視線を走らせる。


「ん?」


 村松が向かった建物、ユーヘイが向かった建物、そしてヒロシが向かった建物と順々に視線を向け、ヒロシが向かった建物の一部が開くのを目撃した。


「おお!」


 昔のロボットアニメで見かけるような変形を目撃し、ダディが喜ぶような声を出せば、開いた建物からニョッキリと床がせり出し、待ちぼうけていたカタパルトが姿を現す。


「キタキタキタキタキター! ピュユーイィッ!」

「っ」


 指を二本口に咥え、甲高いホイッスルのような口笛を吹けば、回避に専念していたノンさんが、紙一重の動きを止めて大きく距離を取る。


「カタパルト来た、タテさんが向かった建物」


 ネックマイクを押さえて無線を飛ばすと、ノンさんはゲートキーパーをヒロシが向かった建物の方へと誘導を開始する。ちょど良くそのタイミングで、カタパルトからドラム缶がゲートキーパーに向かって放たれた。


 むろん、ダディやノンさんの状況を見て、放たれたモノではない。ユウナが狙いをつけている横で、装置を眺めていたらいちが、近くのレバーを引いたらカタパルトからドラム缶が発射されてしまった、というオチだったりするのだが……流石、芸人、ドンピシャのタイミングと角度でゲートキーパーの顔面一直線にドラム缶が飛んだ。


「ヒュー! やりおる。大きく離れて!」

「!」


 無線で素早くノンさんに指示を出し、ダディは飛んでくるドラム缶に銃口を向ける。


 大きく避けたノンさんを追うように、ゲートキーパーが前傾姿勢になった瞬間、その顔面にドラム缶がめり込むよう飛び込んだ。ずっとドラム缶に狙いをつけていたダディは、ニヤリと人が悪い笑顔を口元へ浮かべ、容赦無くトリガーを引いた。


 ドォオオォォオオオオォォォォッ!


 鼓膜をつんざく爆発音が轟き、体全身を焼く熱が爆風と一緒に襲ってくる。ゲートキーパーは赤い炎に顔面を焼かれ、悲鳴すら飲み込み地獄のような赤がべったりと頭を包み込むように燃え盛った。


「ヒーハー!」


 これまでのフラストレーションを一掃する光景に、ダディがらしくもない喝采を叫ぶ。そんな旦那の様子を、素早く物陰に隠れて爆風と熱をやり過ごしたノンさんは、呆れた表情で眺めていた。


「気持ちは分からなくないけど、ねぇ」


 巨大リボルバーから、まるでランチャーで飛ばす特殊弾を思わせる巨大薬莢を捨て、自分の拳程度はある弾丸を装填しながら、ノンさんは肩を竦めつつ呟く。気持ちは旦那と同じではあるので。


『吉田さん! こっちも飛ばします!』

「おっと」


 停滞していた状況が動いた事に、少年のようにはしゃいで叫びまくっていたダディへ、トージからの無線が入り、ダディはすぐに意識を切り替えた。


「わーぉ」


 トージの方向だけでは無く、村松の方向からもドラム缶が飛んでくる。しかもタイミングがものの見事に同じだった。


「なんて無茶振りをしてやがりますか」


 言葉的には困ったように、だけど表情的には余裕たっぷりに呟き、ダディは村松方向のドラム缶へ銃口を向ける。


 ペロリと乾いた唇を湿らせ、少し回転するドラム缶のフタ部分、溶接されているような少し分厚い部分に向かってトリガーを引く。


 ライフルの弾はダディの狙い通りに空気を切り裂き、ドラム缶の分厚い部分を叩くと回転する速度が上がって少し上へホップした。素早くボルトハンドルを動かして空薬莢を吐き出し新しい弾を送り込み、トージ方向から飛んで来たドラム缶へスコープを向けた。


 いまだ顔面を焼かれ両手で必死に火消しを試みるゲートキーパーの、その左肩へ吸い込まれて行くドラム缶にライフル弾を叩き込む。


 ドボォオォォオオォォォォオォォッ!


 ドラム缶中央で破裂するように爆発したそれは、中の燃焼性が高い液体を風に揺られて広がるカーテンのように拡散、ゲートキーパーをすっぽり包み込むよう真紅のマントを被せる。


「ふははははははは! 燃えろ燃えろ! 汚物は消毒だぁ!」


 ボトルハンドルを素早く動かし次弾装填し、妙な高笑いをしつつ、上空へ打ち上げられたドラム缶へスコープを向けた。


 くるくる回転しながらゆっくりとゲートキーパーの頭上から落ちてくるドラム缶が、しっかり顔面の前に位置取るまで待ち、ベストポジションと判断した位置でトリガーを引く。


 ドオォオォォォオオォォォォォッ!


 超至近からの爆発。両手で顔面を押さえ、全身を焼く灼熱のマントに地団駄を踏んで悶えていたゲートキーパーは、その衝撃に耐えることが出来ず、のけぞるように倒れた。


「そらそら! 早く消さないとドンドン来るぞ!」


 ダディの狙撃を見て、遠慮する必要全く無し、そう理解してしまったのだろう三方向から次々とドラム缶が飛んでくる。


 四缶目、五缶目、六缶目、それらを絶妙なタイミングで狙撃、爆発させていくと、七缶目が飛んできた瞬間、ゲートキーパーは光に包まれ消滅した。


「お?」


 ゲートキーパーが消えていくのと同時に、周囲の景色が消えていき、サブマシンガンを構えたユーヘイ、ショットガンを構えたヒロシ、呆然と周囲を見回すその他と、ダディの周囲に仲間達が姿を現す。


「今度は何だろうねぇ」


 仲間達の姿を確認したユーヘイが、サブマシンガンの安全装置をロックし、結構汚れてしまったジャケットの汚れを払い、疲れた息を吐き出す。


「出来れば終わって欲しい、けどな」


 ショットガンをインベトリに投げ込み、右手で首を揉みながら、ヒロシが苦笑を浮かべて呆然としているユウナとらいちに片手を挙げる。


「さすがに運営もそこまで無能じゃないでしょう」


 へたり込んでしまったサマーの肩を優しく叩き、村松が快活な笑顔を浮かべ、大丈夫よと楽天的な言葉を口にした。


「……今度はすぐに場面が変わらない?」


 周囲を見回し、何も無い空間から変化のない状況にアツミが不安そうに呟く。


 ピンポンパンポン♪

「「「「おや?」」」」


 空間に気が抜けるような音が鳴り響くと、ユーヘイ達の前に馴染みのAI、運営ちゃんが姿を見せる。


『大変ご迷惑をお掛けしました。イエローウッドリバー・エイヒトルズ・セカンドライフストーリーズが受けていたウィルス攻撃による混乱は収束しました。皆様が抵抗して下さったお陰で、素早く対処が出来ました事をここに正式に感謝いたします。また、閉じ込められたプレイヤーの皆様には、運営から後日補償と補填をいたします。ご協力ありがとうございました。それと、途中まで受けていたクエストはしっかり途中セーブが出来ておりますので、いつでも任意で再開が可能ですのでご安心下さい』


 運営ちゃんの言葉に、サラス・パテの面々は力が抜けたように座り込み、『第一分署』の面々も少し疲れた表情でねぎらうよう合図を送り合う。


『また、今回のウィルス攻撃を仕掛けた犯人も、皆様の抵抗のお陰で警察が既に逮捕されております。そちらの協力もありがとうございました』

「「「「え?!」」」」


 やれやれ、これで終われるぜ、そんな気分で浮かれていた面々は、運営ちゃんの思わぬ言葉に驚きの視線を向ける。


『誠にありがとうございました。ゲームの方は少しメンテナンスが入りますので、ゲーム再開はリアルタイムで二時間後を予定しております。詳しくは運営のお知らせをご確認下さい』

「「「「いやいやいやいや! ちょっと待て!」」」」

『これよりメンテナンスに入りますので、一旦強制ログアウトとさせて頂きます。メンテナンスが終わりましたらログインして下さい』

「「「「説明しろぉっ!」」」」

『またのご利用をお願いします』


 こちらの叫びを完全に無視し、運営ちゃんは軽く手を振りながら強制ログアウトを発動させた。一切の説明をされず、一同はゲームの世界から強制退去を食らうのであった。

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