第246話 反撃 ③

 ユーヘイ・アツミ・トージ・ジュラ・スノウ組――


「ユーさん!」

「はいよ!」


 シリンダーの弾丸を全て吐き出し、手早くシリンダーを押し出し空薬莢を投げ捨て、インベトリから通常弾を六個手に取り、それをシリンダーへ突っ込むアツミが叫べば、その一瞬の隙を埋めるようユーヘイが二丁拳銃で牽制する。


「こんな事だったら、もっと通常弾のリローダーを用意しておけば良かった!」


 通常のクエストをしていれば必要なのはゴム弾であり、殺傷能力のある通常弾はほぼほぼ使用しない形になっている昨今、インベトリの中に残っていた通常弾リローダーの数が少なく、すでに全て使い切ってしまっていた。その事にアツミが苛立ったように叫び、そんな彼女にユーヘイは苦笑を浮かべる。


「慣れればリボルバーの弾込めも素早く出来るんだけどね」

「ムキー! 終わった! ありがとう!」

「はいはい」


 リローダーが切れた時と比べれば、格段に素早く弾込めは出来ているのだが、どうやらアツミ的には納得しかねる感じらしく、イライラしながら『斬満ぎるまん様』の眉間へ鉛玉を叩き込む。


 そんな相方をチラ見しつつ、ユーヘイは素早く左手のオートマチックからマガジンを捨て、手品のように新しいマガジンを装填する。ユーヘイは、というか元SIOプレイヤーのほとんどが、VRゲームでご都合主義的な展開は有りえない事を、それはもう骨身どころか細胞の隅々にまで浸透するレベルで教育されているので、『こんな事もあろうかと!』みたいな備えは呼吸レベルで用意しているのだ。という訳で、ユーヘイのインベトリには通常弾が込められたマガジンが数え切れない程にストックされている。


 ちなにみこの薫陶はサラス・パテではデフォルトに教育されており、彼女達が妙に準備良く装備品などを揃えていたのは、完全にこの教えを忠実に守っているからだ。最初は『こんなに必要?』と疑問視していたりしたが、VRゲームでは結構理不尽なトラブルが当たり前のように起こる事を知って、と言うかサラス・パテに所属しているタレント達は基本的に人しかおらずトラブル遭遇率が恐ろしい程高い為、『常に備えよ、備えない者はサラス・パテに非ず』みたいなスローガンが一時期流行したりした。アツミはその頃、歌のお姉さん時々据え置きタイプゲーム実況をやっていたので、その薫陶を受けていない。


「これが終わったら絶対オートマチックにする! ハイキャパのマガジン一杯準備する! 山さーん! 準備しといてー!」


 また弾切れた! と叫び、空薬莢を捨ててアツミが吠える。


「そん時はまた訓練しましょ」

「押忍! お願いします! 師匠!」


 なんか性格変わったような、これまで見たことのない妙にはっちゃけた感じのアツミに、ユーヘイは楽しげな視線を向けつつやれやれと肩を竦める。それでも呼吸をするようにアツミのフォローをする当たりはスマートだ。


 素早く周囲の『斬満ぎるまん様』と『拝寅はいとら様』の眉間へ鉛玉を叩き込み、弾数カウントをしっかりやっていた右手のオートマチックのマガジンを捨て、新しいマガジンを装填した。


「ふぅ」


 ユーヘイはちょっと疲れたような息を吐き出し、全く密度が変化する様子のない周囲の状況に呆れた視線を向けつつ、不用意に近寄ってきた『拝寅はいとら様』の喉へ弾丸を叩き込み、困った表情を浮かべる。


「こりゃぁ、無限湧き、か」


 SIO時代にウィルス攻撃を受けた時に体験したが、そこそこの強さのモンスターを無限に出現させる攻撃というのは常套手段の一つであった。当時は『ゲーム(運営)を攻撃する』と言うよりは『目立つプレイヤー(トップ層・有名人)を直接叩く』という手段が多く、それの副次的効果として『攻撃しているプレイヤーの情報を抜き取る』方法が確立したりした。その被害を受けた事のあるユーヘイは、この執拗なモンスターの出現にうんざりする既視感を覚えていた。


「無限湧きは運営が動いてくれないと、さすがに無理なんだが」


 無敵状態であったり弱点部位の隠蔽であったり、ヒットポイントの未設定であったり、ならばプレイヤーテクニックでどうとでも出来る部類なのだが、モンスターをひたすら出現させる場合はテクニックが介在する隙間が無い。なのでこれが始まったら、有能な運営様が動くのを待つしか無いのが辛いところだ。


 ちなみに、普通は無敵状態やら弱点部位やらヒットポイントやらをイジられると、一般的プレイヤーでは対処出来ません。訓練された元SIOプレイヤーしか出来ませんのであしからず。


「さてさて、いつ動いてくれるかな」


 弾が切れたー! と騒いでるアツミの動きを背中で感じ、外でゲートキーパーが大暴れしているであろう振動を足に感じ、これは先が長そうだとユーヘイは溜息を吐き出す。


 弾は大量にあるし、アツミも元気だし、単純に精神が疲弊していくだけで、この状態を一日続けろと言われても余裕でやれるが、出来れば早目に運営が対処してくれると嬉しいんだが、とユーヘイは心の中で呟く。


 実のところ運営は既に動いており、無限湧き状態も終了しているのであるが、それとは全く別の大問題が発生していたのをユーヘイは知らなかった。


 その大問題とは?


「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 遠くの方からトージのモノと思われる雄叫びが聞こえ、ズドドドドドドッ! と夏の有名な同人誌即売会の会場で鳴り響くような地響きが轟いてくる。


「なんぞ?」

「今度は何っ!?」


 『斬満ぎるまん様』と『拝寅んはいとら様』に鉛玉を埋め込む作業を続けながら、音が聞こえてくる方向へ視線を向ければ、学校の廊下にしか見えない通路の奥から、ジュラとスノウを小脇に抱えて走ってくるトージの姿が見えた。


「あいつは何を……」


 ガチな真面目な表情を浮かべて、必死に走ってくるトージの後ろに視線を向けたユーヘイは、そこにいるモンスターの姿を見て鋭く舌打ちをする。


「あんのぉ馬鹿っ! あっちゃん! こっちだ!」

「ほえ? え?! わわわわ?!」


 ユーヘイは通路側を塞いでいる『斬満ぎるまん様』と『拝寅はいとら様』を素早く始末し、アツミの腕を掴んで通路に飛び出す。


「ユーさん?!」

「『蛇権だごん』が来る!」

「へ?! ちょ?! え!」


 ユーヘイが焦ったように言えば、アツミもやっと状況が分かり、ユーヘイが見ている方に目を向ける。そこには体は完全に魚の、足だけがマッシブなアスリートという化け物が、ヌタヌタと大きく体をうねらせながら向かって来ていた。


 『蛇権だごん』は『九頭竜くとおりゅう様』直属の部下、眷属の中でも最上位の化け物である。『九頭竜くとおりゅう様』の神像を攻撃したりすると出現し、不敬な輩に天罰を加えるために、『斬満ぎるまん様』と『拝寅はいとら様』をする能力を持つ。


「馬鹿野郎! 何しやがった!」


 向かってくる『蛇権だごん』に向けて二丁拳銃を乱射しながらユーヘイが叫べば、必死の形相のトージが情けない声で叫び返してきた。


「無実ですぅーっ! 仕掛けと思わしきレバーを引いたら『九頭竜くとおりゅう様』の神像が砕けたんです!」

「馬鹿野郎! やってんじゃねぇか!」

「故意じゃないんですぅ!」


 トージの叫びにユーヘイは思わず頭を抱えそうになる。元ネタの場合、この状態になったらもう完全に詰み状態だ。この状態になってしまうと、『蛇権だごん』は永遠に出現し続けて『斬満ぎるまん様』と『拝寅はいとら様』を無限召喚し続ける。


 とあるゲーム実況者が、外部ツールを使って無限弾倉状態の拳銃を装備し、どこまで耐えられるか、みたいな実験をしている動画があったが、答えは『終わらない』であった。その動画では十時間近く戦っていたが、どこまでも敵は出現し続けプレイヤーが死ぬまで続いたのだ。


 つまり、プレイヤーはその罠にかかったら大人しく天罰を受けなければならない。


「これ、どーすんだよ」


 ユーヘイはあんまりにあんまりな状況に、走ってくるトージと合流して、とりあえず一緒に通路を爆走するしかなかった。

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