第245話 反撃 ②

 村松・サマー・カニ谷組――


「ほわああぁぁああああぁぁぁぁぁっ?!」

「はいはい」


 アイドルとしても女性としても、ちょっと出してはいけない悲鳴を出すサマーの襟首を掴み、膝の関節にちょっと衝撃を加えカクンとさせて、強引に某映画の主人公のような動きをさせる。


「ひっ!? ひいぃぃいぃぃぃぃぃぃっ!?」


 そんなサマーの鼻先ギリギリを、轟音を出すチェンソーが通り過ぎた。


「ほいっ」

「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 チェンソーを避けたのを確認し、村松が素早くサマーの背中に体を入れ、弱い鉄山靠のようなワザをしてサマーの体を戻す。その勢いに押されて、サマーは騒がしい悲鳴を出しながらも、反射的に拳銃をブッパする。


『ぐごぉっ!?』

「おや?」


 サマーの雑な銃撃の何発かがチェンソー男の、ズタ袋を被った頭部に命中し、くぐもった苦痛の声を出した。


 これまで何発か頭部に弾丸をぶち込んでいたが、どれも全く効いている様子がなかった。それが唐突にこちらの攻撃で苦痛を感じている素振りをする。これはこれは、と村松が実に悪い顔で笑う。


「おやおやおやおやぁ?」


 サマーが自分の攻撃で動きを止めたチェンソー男を、何で効いたの? と不思議な表情で見ている横で、村松はおもむろに拳銃を発砲する。


『ぐごおぉっ?!』


 刃物では無く、強引に力で引き千切ったような目の部分へ、村松の弾丸は真っ直ぐ飛び、赤黒く変色していた眼球を見事に貫いた。ほぼ紫色の体液を撒き散らしながら、チェンソー男は目の部分を雑に押さえて、暴れるように悶える。


「あらあらあら、無敵状態じゃなくなったのかしら?」


 目を押さえ、片手に持つチェンソーをガンガン地面に叩きつける化け物に、村松はサディスティックな笑みを浮かべて見下す。その横でサマーが、ヤベェ奴がいる、みたいな表情でドン引きしているのには気づいていない。


「どーせ、弱点隠蔽、ヒットポイント設定無効、それに付随した無敵状態、ってトコでしょうけど……これはつまり、やっと運営が手綱を握った、って感じかしら?」


 手に持つオートマチックのマガジンを引き抜き、インベトリから新しいマガジンを取り出して交換しつつ、村松がそんな感じかしら? と首を傾げる。その隣で、サマーも慌てて空薬莢をシリンダーから抜き出し、新しい弾丸を詰め込む。


「不正なプログラム、ってヤツですか?」

「そうそう。毎回毎回芸が無いのよ。大体が俺つえぇぇぇぇぇぇぇぇっ! ってプログラムがほとんどでね、少しはネタに走って笑いを生み出した偉大なる先人を見習いなさいって感じ」

「いやいや、不正プログラムってだけでアウトですって」


 けたけたと笑う村松にサマーがもっともな突っ込みを入れる。だが、ネタに走って多くのプレイヤーを笑顔にした先人と言うのは実在しており、彼らこそが多額の賠償金にもめげずに社会貢献をして、その後立派に社会復帰を果たした人物達でもある。まぁ、もともと悪気というよりかはお祭りをする気分で仕込んだ、犯罪性の低い悪戯レベルだったし、悪戯をされた運営も被害を受けたプレイヤーも情状酌量の余地はあるでしょ? と許した部分が社会復帰に繋がったのだが。


「それはさておき、これでこいつの始末は出来るって事よね」


 オートマチックのグリップをギュリギュリと握りしめ、実に良い笑顔を浮かべる村松。そんな事務所社長の姿に、サマーはドン引きしたまま引きつった笑顔を浮かべて突っ込む。


「始末って社長」

「か・ちょ・う」

「かっちょーぅ、お口が悪いです」

「おほほほほほ、それは失礼あそばせ」


 全く悪びれた様子も無く妙なお嬢様言葉を吐き捨てながら、村松はおもむろにチェンソー男へ弾丸を叩き込む。


『ぐおっ?!』

「オイタは駄目よ?」


 どうやらダメージは回復するらしく、いつの間にか目を再生させていたチェンソー男が、気配を消して攻撃をしようとしていたのを、村松が察知して先に潰したのだ。


「古のVRプレイヤーの皆さんって、全員、どこぞの少年漫画雑誌の主人公みたいな能力持ってるんですか?」


 再び、眼球へ鉛の弾丸をシュー! を軽く決めた村松に、サマーは感心したような呆れたような視線を向ける。


「そんなに難しい事をやってる訳じゃないんだけど?」

「ほぼNINJAみたいな事が難しくないと?」

「そこまでの事はしてないわよ? そんな事が出来るのは大田君くらいよ?」

「どっちもどっちじゃん」


 サマーは村松にジト目を向けて溜息を吐き出し、気持ちを切り替えてからリボルバーの銃口をチェンソー男の頭部に向ける。


「ここに突入してから結構時間が過ぎてますし、他のメンバーも進めているかもしれませんし、私達もカニ谷さんと合流しないとだから、こいつが倒せるなら倒しちゃいましょうよ」

「それもそうね」


 全く持ってごもっともなサマーの意見に村松は同意し、眼球を潰されて痛みで動けないチェンソー男に向け、全く慈悲がないシャワーのような大量の銃弾をプレゼントし、蜂の巣となって地面へ崩れ落ちたチェンソー男。化け物はそのまま死体を残さず赤紫色の液体へと溶けて消えていった。二人はそれをしっかり見届けると、周囲の化け物を適当に間引きつつ、二階への階段を登る。


「しゃりゃあぁぁぁっ!」

『GRAAAAAAAR!』


 二階へ登ればすぐさま裂帛の気合が響き渡り、金属と金属が激突するような甲高い音が連続して聞こえてくる。


 そこでは特殊警棒を剣のようにして使うカニ谷と、見間違う事のないが戦っていた。


「えっと?」


 あまりの事に思考を停止して、ほへ? と首を傾げるサマー。それは無理も無いかもしらない。


 恐竜だけではなく、二階は完全にジャングルでもあったのだから。


 何よりもまずは恐竜だ。それはどこからどう見ても二足歩行をする肉食恐竜。有名なTレックス程では無いが、カニ谷と比較すれば全長は彼の二倍はある。しかし、既存の恐竜像よりかは攻撃的と言うか、妙にデザインされたような人工的外見をしているように見えた。


「ちぇああぁぁあぁぁぁぁっ!」

『GRAAAAAR?!』


 多分、現実世界で出現すれば人間など駆逐してしまうだろう、地球上最強の捕食生物を相手に、カニ谷は善戦するどころか圧倒している。


 そのあまりにもあんまりな光景に、サマーは芸人のように二度見を繰り返し、物凄く訴えかけるような視線を村松へ向けた。


「そっちは無視しなさい、こっちはこっちで団体さんのお越しよ」

「へ?」


 サマーの視線に応じようとした村松であったが、ざわざわと周囲の茂みが揺れているのを見つけると、すぐに拳銃を構えてサマーに注意を促す。


 サマーも慌ててリボルバーを構え、村松に背中を預けるようにして立ち、注意深く周囲を見回していると、茂みの中から小型の犬ぐらいの肉食恐竜が顔を出した。


『キュイィ?』


 そいつらはこちらを見て、可愛く小首を傾げる。それを見たサマーは思わず笑顔を浮かべて、可愛い、と身悶えそうになったが、それよりも先に村松の弾丸が容赦無くそいつの頭部を吹っ飛ばす。


「大馬鹿! 小型の肉食恐竜って大型よりも厄介って通説があるのよ! あれは厄介な敵! すぐに応戦しなさい!」


 村松の鋭い一喝にサマーが慌てて拳銃のグリップに力を入れるのと同時に、そいつらが一斉に二メートル位をジャンプして襲って来た。


「ほあぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

『キシャアァァァァァァァアァァアアァッ!』


 ジャンプして、口が裂けているのではないかと思うくらいに開き、紫色をしたヨダレをダラダラと流すそいつらを、サマーはもう可愛いだなんて思わなくなる。


 間違いなくコイツラは敵だ。


 迎撃のスイッチが入ったサマーは、やはり一人で大騒ぎをしながら、めちゃくちゃに見えてそれなりに良いエイムちからを発揮し、しっかりと小型の肉食恐竜を叩き落として行くのであった。

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