第244話 反撃 ①
ヒロシ・らいち・ユウナ組――
「よいしょっ!」
顔面すれすれを通り過ぎていく巨大な拳。常人ならば顔を引き攣らせるような恐怖の塊ですら、ヒロシはうっすらと笑顔を浮かべて避け、体重移動がまるでなっていない巨人の顔面へスラッグ弾をぶち込む。
ぶごおぉぉおおぉぉぉっ!?
「お?」
巨大な拳を避け、無防備に突っ込んでくる顔面へスラッグ弾をシュー! を繰り返して来たが、これまでに見ない反応をする巨人に、ヒロシはタタン! と素早くバックステップして距離を取る。
「てっきり防弾仕様の肌でもしてるのかと思ったんだが」
距離を取って改めて見た巨人は、近距離からスラッグ弾を食らい、顔面半分が陥没し、鼻と口から緑色の液体を絶え間なく流していた。
「ふむ」
あまりに痛がっている巨人の様子に、ヒロシはショットガンを右手に持って、そのまま右肩に預けるようにもたれさせ、予備でベルトの後ろに隠して装備しているリボルバーを左手で抜く。今までメインのオートマチックを使っていたから、こちらの予備は初期の弾頭のまま、つまり殺傷能力のある通常弾が詰め込まれている。
そのリボルバーを軽く構え、あまりにもラフに、第三者から見れば狙いをつけたようにすら見えない感じで、二連射、トリガーを二回引いた。
ぶごああぁおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?
「おやまぁ」
二発の弾丸はヒロシの狙い通り、巨人の眼球を貫き、化け物は巨大な両手で顔面を抑えながら獣の如き慟哭を出す。ヒロシ予想では、今までのように弾丸を弾き返すと思っていたのだが……。
「おいおい、急に弱くなりおったぞ? しかも、根性が無くなったんじゃないか?」
先程まで至近でスラッグ弾を食らっても、何事もなかったように大暴れしていたと言うのに、たかだか目を潰された程度で動けなくなるなんて、とヒロシは結構鬼畜な事を考えながら呆れていた。
元のゲームでも、この巨人は一定値ダメージを与えれば怯むのだが、それまでの無敵状態こそが通常だと思い込んでいるヒロシからすれば、大幅な弱体化にしか感じられない。そしてそれは拍子抜けと、巨人に失望すらしていたりする。
「はぁ、ユーヘイでも苦労しそうな難敵登場って感じで盛り上がっていたんだが……まぁいいか、レディ二人が上で困ってるかもしれないし、ちょっとお前はここで退場って事で」
どうもドッペル現象を乗り越えてから、スーパーな野菜の民的戦闘民族化が進んでる様子があるヒロシは、心底残念そうに呟きながら無造作に巨人へ歩み寄る。
おおおおぉぉぉぉおおおぉぉぉぉっ!
コツコツと革靴がコンクリートを叩く音を聞いた巨人は、見えない事に恐怖しているかのように、駄々っ子めいた動きで両腕を大きく振り回す。
規則性など存在しない、ただの駄々っ子パンチだが、そこは巨人の馬鹿力が加わった威力が込められており、少しでも掠れば大ダメージは免れず、まともに喰らえば一撃退場必須な暴風雨。しかしヒロシは、散歩でもするような気軽さでその暴風雨に入り、軽やかなステップで華麗に避け、そのまま巨人の背後へ回り込んだ。
「神に祈ってやるとも。お前のような人殺しの道具の哀れさをな」
演技の勉強をするために見た、昔の西部劇の有名なセリフを少し改造し、巨人に当てはめた言い回しを口にしながら、ヒロシは巨人の延髄にスラッグ弾を叩き込む。
っ?!
ゴキン! と何かが砕ける音がし、巨人の首が壊れたおもちゃのように、ふにゃりと折れるように下を向く。そしてそのまま、巨人はコンクリートの床に崩れ落ち、二度と動く事はなかった。
「イピカイエー」
ショットガンの銃口に、ふっ、と息を吹きかけてシニカルに笑い、ヒロシはショットガンをインベトリへ放り投げる。
「さて、お姫様方をお迎えに参りますか」
巨人の初撃を避けそこね、飛ばされてインベトリに戻っていたサングラスを取り出し、それを格好良くかけ直して、ヒロシはガンベルトからオートマチックを引き抜き、右手に持って歩き出す。リボルバーはそのまま左手に持ったままだ。
「……何か、密度が減った、か?」
二階へ続く階段を目指して歩きながら、周囲の様子の変化に目敏く気づいたヒロシは、適当にゾンビを間引きつつ、怪訝そうに呟く。
実際のところ、運営の作業にそれまでちょっと手を抜いて様子を見ていたAI達が本格的に介入を開始し、ゲームの主導権及び不正に入り込んでいたプログラムの書き換えなどが始まっており、ヒロシが感じている違和感もそこから来ているのだが、彼がそれを知るのは後になってからである。
「ま、いいか」
どっちにしてもこの状況を何とかするだけなんだし、楽出来るなら善き善き、と気持ちを切り替えて二階へと駆け上がるヒロシ。
「にょわぁー!」
「ちょ!? 先輩! そっち逃げたら駄目!」
二階に登ってすぐに、どこか楽しげな叫び声が聞こえてきてヒロシは苦笑を浮かべる。悲鳴がする方向へ視線を向ければ、チンパンジーとゴリラの中間位の大きさをした化け物数匹に追われている、お探し中の姫君二人がいた。
「Vラブって良く知らんかったけど、凄い動けるんだなぁ」
両手をピーンと平手に伸ばし、妙に綺麗なフォームで爆走していくらいちを見て、ヒロシはのほほーんとした口調で感想を口に出す。
実際の話、彼女達はアイドルであり、配信業だけをやっていれば良い、と言う業態ではない。配信もやるし、歌も唄うし、パフォーマンスでダンスもするし、何ならアニメなどに呼ばれて演技すらする。なので彼女達は厳し目のレッスンを受けており、その影響で常人以上の身体能力が担保されていたりする訳だ。そこはヒロシがVRデビューする時に、中年太りから脱出するダイエットやら運動やらをした事に通じる。
VRの動きは現実世界の身体能力にかなーり引っ張られるのだ。
「ぎにゃーっ!?」
「おっと、のんびり眺めてる場合じゃなかった」
猿のような化け物、マスターキーに追い詰められていくらいちとユウナの方へ意識を戻し、ヒロシは少し腰を落とした特徴的な走りで駆け寄る。
こちらに向かって駆け寄ってくるヒロシの姿に、ユウナが気づいた。そんなユウナの視線にヒロシは薄く笑い、ちょいちょいと左のリボルバーを下へ向けるように動かす。
「っ!? 先輩!」
「うぇっ?! ちょっ!? にゃーっ!?」
ヒロシの指示を即座に理解し、ユウナはらいちの頭を掴んでその場にしゃがむ。それと同時にヒロシが両手に構えた拳銃を乱射した。と言ってもリボルバーに残っている弾丸は四発しか込められていないが。
キュアアアァァアァァァァァァァ!
銃弾を複数体に受け、その痛みに苛立ったような咆哮を出し、マスターキー四匹がヒロシの方へ顔の生体兵器を向ける。
「すんごく妙なモン、顔面に埋め込んでるじゃんか」
世界的に有名なゲームで、それなりに認知度が高いのだが、ヒロシは黄物が初ゲームデビューである。全く知らないクリーチャーの姿に、面白そうな表情で呟く。
「確かユーヘイが、分かり易い弱点って言うのがホラゲの特徴、って言ってたかな」
弾丸を撃ち尽くしたリボルバーをインベトリへ投げ込み、そのまま新しいマガジンを取り出して、オートマチックの空のマガジンと交換し、マスターキー達の間合いに突っ込む。
シャアアァァアアァァァッ!
鋭く伸びた爪を叩きつけるようにヒロシへ振る。ヒロシはそれを軽く叩いて動きを誘導し、噛みつこうと首を伸ばしていた別のマスターキーへと叩き込む。
ギギャアァァアァァァッ?!
仲間意識など無いバイオ生物兵器は、攻撃してきた同胞へ反射的に腕を振り抜き攻撃をしてしまう。その攻撃をまともに食らったそいつは、胴体を激しく殴られて顔面をヒロシの方へと突き出してしまう。
「サンキュ!」
生体兵器『カノン』の銃口へ二連射、二発の弾丸が吸い込まれ、弾丸はそのまま頭を貫通して抜けていく。頭を貫かれたマスターキーは、悲鳴すら出せずにその場で崩れ落ちた。
「よいしょ!」
倒れ込むマスターキーの背中に手を置き、横跳びの要領で乗り越えながら、味方を殴ったマスターキーの顔面へ三連射。『カノン』内部に吸い込まれるようにして入った弾丸は、そのまま頭部を貫き、二匹目を撃墜する。
「ほいっ!」
あまりの早業に呆然としていたマスターキーの横っ面へ裏拳を叩き込み、その後ろで妙な姿勢を取っているヤツの顔面へ二連射。
ポヒュッ!
『カノン』の砲撃を準備していた為、砲身無いの爆発物質が反応して、その頭部を吹っ飛ばす。
「わおっ!? 何でそんな弱点これみよがしに頭につけてんの?!」
ゲームのお約束です、なんてゲームデザイナーの声が聞こえてきそうな、ちょっと的はずれな事を口走りつつ、裏拳を叩き込んだマスターキーの後頭部へ銃口を押し付け三連射。
一分もしないうちに、元ゲームでも難敵として多くのプレイヤーに嫌悪されているクリーチャーが地面へ沈んだ。
「終わり、っと」
鮮やか過ぎる、無駄のない流れるような一連の動きに、二人の姫君は口を『ポカーン』と開けて見ているしかなかった。
そんなちょっと間抜けな顔をした二人に、ヒロシは白い歯を見せて笑う。
「大丈夫だったかな、ベイベー?」
サングラスの位置を直しながら、事も無げに、誇る風も無く自然に言われ、思わず二人は頬をちょっと染めるのであった。
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