第243話 悪意 ⑩
「そうだそうだ、そのまま押し潰されろ。お前達の情報は全て引っこ抜いて、色々と楽しませてもらうからよ」
「そうやって足掻いた所で、それを解除する仕掛けなんかありゃしない。それは俺が自分で組み立てたデスルームだ。お前らが手に入れたアイテムだって、何の意味もないゴミなんだしなぁ」
らいちがユウナに謝っている様子を、多常呂はニチャニチャと笑う。
「よしよし、サラス・パテに侵入出来た……おほーっ! キタキタキタキター! へぇーこいつの素顔ってこんな感じなんか、やっぱアバター作り込んでるだけなんか。これをネタにちょっと小遣いでもお願いしちゃおっかなぁー」
混乱しているエターナルリンクエンターテイメント社の回線から、そこへアクセスしているサラス・パテのサーバーに侵入、そして登録されているタレントの国民IDのデータを覗き見、多常呂は天井に両手を突き上げてガッツポーズをしながら、これから訪れる天国を妄想して妄言を吐き出す。
「まずはLiveCueでトップの登録者数のヤツを……あん?」
早速脅迫に使用しようと保存をかけ、ターゲットを選びだした時、多常呂が見ていた国民IDのデータが自分の家族のモノ、母親や姉、妹のデータに変化していく。
「は?!」
更に保存したサラス・パテのデータも、よくよく確認すれば自分の親戚だったり、政府が国民IDの説明に使用する架空の人物だったり、何一つ多常呂が欲しかった情報はなかった。
「なん、だ?」
次々と変化していくのは情報だけでは無く、使用している機器も妙な挙動を始める。今まさに動かしているパソコンも、ハッキングプログラムや違法ネットツールなどが次々に凍結されていく。
「くっそ! 逆にクラックされた? ちっ! 上等じゃねぇか! 舐めんじゃねぇぞこら!」
多常呂はサブパソコンに電源を入れ、そこ経由でメインPCの防衛を開始し、それと同時進行でサラス・パテのサーバーから所属タレントの情報を引き抜いて自分の携帯端末へ転送する作業を進める。
が――
『この端末は違法行為に使用されている為、使用権限を剥奪されました。繰り返します、この端末は――』
「なっ?!」
携帯端末の画面に黄色と黒のラインが走り、使用停止という文字が表示され、更には大音響で機械音声が流れ出す。
「畜生!」
多常呂はけたたましく音を出す端末を、台所に持っていき、そのまま蛇口を捻って水を出すと端末をそのまま水に当てる。しかし、その程度では端末はショートせず、水に濡れてもしっかりと警報は流れ続けた。
「クソがっ!」
携帯端末は裏取引で手に入れた自分とは別名義のモノで、内蔵されているGPSもしっかり細工をして住所の特定をされないようにしている。だが、こうも大音量で警報が鳴り続ければ、近所の人間が警察に通報する可能性が高い。
「クソ、機材は惜しいがここでサツに捕まる方が損害がデカい」
台所にたまたま置いてあったタッパーに水を溜め、そこに端末を突っ込み蓋を閉じて、なんとか警報の音を防いだ多常呂は、いつでも逃げ出せるように準備をしていた荷物を取り出し、忌々しい気な表情を浮かべてメインブレーカーを落とす。
「また一から構築し直しか、クソが」
これで使用していたPCやら機材が全部オジャン、妙な事をされていたから一から新しい機材を揃えないとならない、拠点も別の場所を用意しなければならない、高価な携帯端末もまた闇取引で手に入れなければならない……クラクラしそうな現実に、それでも警察に捕まるよりはマシと見切りをつけて、部屋から飛び出そうとした。
『ワハハハハハハハハハハハハ! ゲームオーバー! ワハハハハハハハハハ! ゲームオーバー!』
『残念無念! 君の物語はここで終わってしまった!』
『お前の未来はここで潰えた。お前に未来など存在しない』
『あれれ~お兄ちゃん、もう諦めちゃうのぉ? きゃははは! とんだ根性無しね!』
「っ!?」
玄関のドアノブに手をかけた瞬間、落ちたブレーカーが勝手に復旧、電源を落としたPCやら機材が勝手に起動し、まるで多常呂の未来を暗示するような事を機械音声が指摘する。
「なん、だ? これ……」
機械音声が言っているセリフは、多常呂が準備していた不正アクセスに使用しているゲームのモノであり、理不尽に襲われて悔しがってるであろう被害者を効率良く煽る、特に攻撃性の高いセリフ集であった。
『っ!? 先輩! あそこっ!』
『へ?! っ! あれかっ!』
『いけいけいけいけいけ!』
『よっしゃぁっ!』
「は?!」
機械音声に煽られ呆然自失になっているところへ、まるで見せつけるようにライブ配信映像が流れ、ユウナとらいちが絶体絶命の危機を脱する様子が流れる。
「は? そんなギミック、俺は用意してない」
落ちてくる天井に弾き飛ばされた絵画の裏に、魔法使いの杖のようなアイテムを収める場所が現れ、そこへらいちがアイテムを突っ込めば、落ちていた天井が止まり元の場所へ戻っていく様子が映し出されていた。
「どう、なってやがる」
ヒロシが戦っている無敵属性を付与した大男は、何度も何度もショットガンの直撃を頭部に受けてダメージを受けているし、ユーヘイとアツミが対応していたクリーチャーも、無限湧きに設定していたのに数が減っていくし、村松とサマーが戦っているチェンソー男も、弱点もヒットポイントも設定してないのに追い詰められていくし、そこに映し出されている映像の全てが多常呂には意味不明だった。
訳が分からない、何で? どうして? 何故? そんな疑問が頭をずっと永遠にループしている間に、部屋の窓が全て遠隔ロックされ、締め切っていたカーテンも遠隔操作で開かれて行き、電気を消していた全ての部屋の照明が点灯する。
「は?」
多常呂は何が起こっているか分からず、ただただその現実をじっと見ているしかなかった。
そして――
ガチャン。
「へ?」
自分の真後ろで玄関のドアの鍵が勝手に開く音がし、呆然と立っている多常呂の背中を蹴飛ばす勢いでドアが開かれた。
「っ!?」
開いたドアの直撃を受けて、玄関の壁に叩きつけられた多常呂は、そのまま無様に玄関の床へ座り込む。
「多常呂 一三だな?」
ドアを開けたのは、完全武装に身を包んだ人々。ごっついプロテクターのような防弾装備に、近年警察機構が導入した電気が流れる警棒、ショックバトンを構えた大男三人が、桜の代紋に雷のマークが入った防弾ヘルメットのバイザー越しに、自分を鋭い目で見ていた。
「マジかよ」
多常呂は力無く項垂れ、完全無抵抗を示すように両手を上げる。
警視庁特殊サイバー対策室、第一捜査課の特隊、特殊対サイバーテロ機動部隊。現日本最強の警察実働部隊の登場に、多常呂の心は完全に折れた。
「前歴にある準サイバーテロ行為の賠償期間中の犯罪行為の発覚、自分以外の国民IDへのアクセス、企業へのサイバー攻撃、その他の罪で逮捕する。これは捜査令状と逮捕状だ」
「……」
自分の両手に手錠がされるのを呆然と見ながら、多常呂は終わったと燃え尽きる。
『きゃはははは! お兄ちゃん、マジだっさーい! きゃははははは!』
『根性が足りん! 根性が! そんな事だから貴様は馬鹿なのだ! 百年前から出直して来い!』
『人生、お先真っ暗、ってか。終わってんなぁお前』
「……」
ずっと自分を煽り続ける機器に、緩慢な動きで視線を向ければ、PCのモニターには巨大なドクロマークが笑っていた。まるでそれは、これからの自分の行く末を予言しているようで、多常呂は特隊の一人に誘導されながら、ひたすら重たい足を動かすのであった。
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