第242話 悪意 ⑨

 ユウナ・らいち組――


「はい!」

「ふぁいとぉー!」

「いっぱぁーつっ!」


 マスターキーの眼の前で、マジックポイントが減りそうなダンスをしていたらいちが、ユウナの合図で中途半端にジャンプし、妙な小芝居を入れて床にビタン! と顔面から着地、その小芝居に付き合ったユウナが、確実に弾丸を顔面へ叩き込む。


 ポヒュン!


 小さな爆発音を立てながらマスターキーの頭部が吹き飛び、それを確認したユウナは近づいてくるゾンビへ裏拳を叩き込む。


「あーあーいけませんお客様、いけません、あー」


 よろけたゾンビへマガジンに残った弾丸を全て吐き捨て、やっぱりネタを挟みながら、『うおぉぉぉぉ』と地面で悶絶しているらいちを引き起こす。


「ナイファイ!」


 きらりんと輝く白い歯を見せながら、アメリカンな感じに親指を立てるユウナ。それを半眼で睨みつつ、らいちは服についた汚れを払う。


「囮役をやるって言ったのは確かに自分だけど、顔が痛い」

「や、それは先輩が芸人根性出すから」

「出してねーし! 芸人じゃねーし! アイドルだし!」

「あいどるとはうごごごごごごご」

「うっせーわっ!」


 計五回、中途半端ジャンプで顔面緊急回避をしたらいちは、アバターの顔面が笑えるくらいに真っ赤に染まっている。どうやってもスマートに格好良く回避が出来ず、結局全部顔面セーフをやった結果だ。


 どんなに緊迫した場面であろうとも、その全てに笑いの神を召喚する『伝説の召喚術士(笑)』の異名は伊達ではない。


 PCゲームであまりに鬱過ぎて二日で販売停止になったミステリーゲームですら、彼女は大阪新喜劇にしてみせたのだ、は緊迫した状況では無いのだろう……多分。


 そんならいちはやりきった感じを出して、自分的には格好良く拳銃を取り出し、傍目にはわたたたとお手玉しているようにしか見えない感じで、構えながら銃口でマスターキーが出てきた部屋を差す。


「これであれが居た部屋を調べられるね」

「先輩のふしぎなおどりの成果ですな」


 マスターキー五匹相手に、真正面で囮をやり切るという偉業を成し遂げた先輩に、ユウナがうんうんと頷きながら褒め称えれば、その先輩はご立腹です! と腰に手を当ててプンプンな怒りの表情を浮かべて叫ぶ。


「ふしぎなおどり言うなし! 目立つような動きをしたらそうなっただけだし!」


 『あ、これちょっと嫌がってる時の反応だ』そう感じたユウナは、えへへへと可愛らしい笑顔を見せながら、プンスコしているらいちを持ち上げる。


「自分、先輩のおどりで笑顔になったっす」


 マジっす! リスペクトっす! そんなよいしょ感たっぷりに持ち上げれば、プンプンしていたらいちが二ヘラとだらしない顔をしてテレテレ体をよじりながら笑う。


「え? そ、そうなの? ま、まいったなぁ、へへ、へへへへへへ」

「……ちょろ」


 いつも通りにチョロインな先輩を愛でつつ、ユウナは空のマガジンを捨てて新しいマガジンを装填し、テレテレしているらいちの肩を押す。


「わーすごいなーせんぱいーわー、はい、行きますよ」


 放置してたら永遠このままだな、そう判断したユウナが軽い感じに促すと、らいちはちょっと口を尖らせてジト目を向ける。


「ちょっと、らいちの扱い年々雑になってない?」

「ソンナコトナイヨー?」


 雑に扱うからこそ輝く先輩なのは所属タレント全員の共通認識であり、実際のところ事務所サイドでもそういう扱いを推奨していたりする。知らぬは当の本人だけ。


 らいちはぶーぶーと子豚のような声を出して不満気にしているが、ユウナはハイハイとその体を押して、マスターキーが扉をぶち抜いた部屋に入る。むろん、不用意に近づいてくるゾンビを蹴散らしながらだ。


 そして二人が部屋に入ると、そこは――


「ん? ん? ん?」

「廃工場っぽい感じだったハズなんだけどなぁ、元ネタっぽいのがまた」


 らいちは部屋を見て、入ってきた方を見て、再び部屋を見る、コントのような動きを繰り返し、ユウナは完全なる苦々しい笑みを浮かべて、その洋館ちっくな内装をした部屋を見回す。


 床には毛足の長い模様が複雑な絨毯が敷かれ、白い大理石を削り出したような柱には、ギリシアの神殿のような飾りが施され、壁紙も複雑な模様が施されたモノが使用されており、ところどころに作者不明の大きな絵画まで飾られている。そして部屋の中央には教会にある司教台のようなモノが鎮座していた。


「……」


 部屋に入ってからゾンビが全く寄ってこない事に、果てしない悪い予感を感じ、あまりにもあからさまな司教台のようなモノにもフラグ的なモノを感じながら、そこを調べないとそもそも先に進まないジレンマを覚えつつ、これどうしようとユウナは内心で頭を抱える。


「あれ、なんだろうね?」

「あ? ちょ?!」


 ジレンマに動けないユウナの事を全く気にせず、気軽な感じにらいちが司教台へと近づく。


「お、変なのが埋まってるね」


 スタスタと司教台へ近づき、その天板を見たらいちが能天気な口調で言い、埋め込まれているモノを、あまりにも簡単にあまりにも無防備に、ひょいっと手に取ってしまった。


「何だろう? 魔法使いの杖っぽいよ? ちゃいちいけど」

「……」


 ほらほら見て見て、輝かんばかりの笑顔で無邪気にゲットしたアイテムを振るらいちの背後で、司教台がゆっくりゆっくり床へと沈んで行くのをユウナは見ていた。そして、部屋全体が低く唸るような音を出すのにも気付く。


「はえ? 閉じ込められた?」

「っ!?」


 らいちがユウナの背後を見て、やっぱり能天気な口調で言う。それを聞いたユウナが、バッと後ろを振り返れば、上からスライドするように鋼鉄の鉄板が降りてきていた。


「うそん」


 呆然とユウナが呟くが、状況は次々と悪化していく。部屋全体に『ガコン!』と何かが噛み合う音が鳴り響き、パラパラと天井から細かい埃が落ちてくる。


「もー汚いなー!」

「そういう状況じゃないですけどねっ!」


 頭に埃がかかった事に文句を言うらいちに、どうして埃が落ちてきたのか、天井を見上げて理由を知ったユウナが鋭い突っ込みを入れる。


「どうした、の?」


 珍しくユウナが焦っている事に気づき、らいちが彼女が見ている方を見上げ、こちらに向かって天井が降りてくるのを見て、口をぽかーんと開ける。


「先輩! それこっちへ!」

「う、うん!」


 ユウナはらいちに小走りで駆け寄り、その手から魔法使いの杖のようなモノを受け取って、まだ完全には沈み込んでいない司教台の天板、もともとそれが埋まっていた場所へ戻す。だが司教台が止まる様子は無く、やがて完全に床へと格納されてしまう。


「こういう時は戻せば戻るシーンでしょうがっ!」


 ユウナは杖のようなモノで絨毯をガンガン叩いて叫び、すぐに冷静さを取り戻して周囲を見回す。


「大丈夫大丈夫、即死トラップじゃない。これを解除出来る仕掛けがどこかにあるはず。それさえ見つければ大丈夫、大丈夫、大丈夫」


 自分に言い聞かせるように呟き、指先でしっかり見ている方向を指差し、違和感や妙な引っ掛かりを覚える場所がないか、ユウナが集中して観察を開始する。


「えっと……」


 滅多に見せないユウナの真剣な表情を見て、どうやら自分は結構なやらかしをしてしまったようだ、そう気づいたらいちは、ぐちゃぐちゃな表情を浮かべながら、どうしようと周囲を見回す。


 しかし無情にも何も発見する事は出来ず、天井はガリガリと高そうな壁紙を削り、飾ってある肖像画を弾き飛ばし、じょじょにじょじょに二人に近寄ってくる。


「ある、絶対にある。あるよ、あるある。だから折れるな、挫けるな、諦めるな、大丈夫、大丈夫、大丈夫」


 絶体絶命な状況に、冷や汗を流しながらユウナは必死に解除する為の仕掛けを探す。その横でらいちは、やっちまった事に真っ青になって、どうしようどうしようとウロウロ動き回る。


 そんな二人をあざ笑うように、部屋の半分まで天井が降りてきたタイミングで、天井にテニスボール位の穴が開き、そこから槍の穂先のような物がせり出してきた。


「マジかよ」


 これは駄目かもしれない、さらなる追い打ちのようなギミックを見てしまい、ユウナの心が折れそうになる。


 ユウナの茫然自失な呟くような声に、同じ様に天井を見上げたらいちも、絶望に染まりきった表情でその場に座り込んでしまった。


 歯車が擦れる音をさせて、無感情に降りてくる天井を止める仕掛けは、残念ながら見つかりそうにもない……。

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