第241話 悪意 ⑧

 ユウナ・らいち組――


 個体名『ノッカー』は大型類人猿のパワーと俊敏性、頭部に融合させた生体兵器『カノン』で障害物を破壊してターゲットを追跡し続ける、まさにハンターとして高い性能を目指した傑作バイオ生体兵器である。

 某国の特殊部隊相手に行われたトライアル試験では、圧倒的損耗率の低さで一個小隊を殲滅したのは望外の結果といえるだろう。

 がしかし、問題点が全くない、とは言えない。

 個体名『ノッカー』には明確な弱点が存在している。それは障害物を排除、もしくはそのまま砲台として使用する生体兵器『カノン』である。

 『カノン』は砲撃する時、弾頭に使用される骨組織に少量の炸薬、爆発物質を注入する。そして『カノン』使用時には、明確な隙、あからさまに分かり易いポーズをしてしまうという問題もある。

 つまり『ノッカー』の弱点とは、優れた生体兵器である『カノン』である。

 少しでも射撃に自信がある熟練の兵士であれば、隙だらけの格好をしている『ノッカー』の『カノン』へ向かって、弾丸を叩き込むだろう。

 この明確な弱点が問題となり、個体名『ノッカー』の第二期主力バイオ生物兵器正式採用は見送りとなり、ホストウィルス保有の感染型バイオ生物兵器『パスカル』が採用され、今回の作戦『ブレイク・ノヴァ』へと投入された。


   研究所主任研究員フレン・マクラーレンの手帳より


「っていう毎度お馴染みの手記が残されていてね?」


 マスターキーこと正式名称『ノッカー』の攻撃を、上手い事他のゾンビを盾に使って避けるユウナ。そんなユウナに必死で食らいつくらいちに、さらりとマスターキーの弱点を説明する。


「何でそんなニッチな情報をそこまで詳しく覚えてるのっ!?」


 攻撃をしてくるゾンビに向かって弾丸をプレゼントしながら、らいちはスラスラと説明をしたユウナを信じられないと見る。


「手記とか手紙とか、あのゲームの世界観を広げるのに魅力的過ぎるテキストだからね、結構読み込むのよ」

「それにしたってあーた」


 あっけらかんと笑うユウナに呆れた声を出しながら、らいちは近くのゾンビに蹴りを入れ、マガジンを引き抜いて新しいマガジンを入れる。


「んで、明確な弱点があってもあたしが苦手としている理由なんだけど」


 らいちが蹴倒したゾンビの頭に鉛玉を叩き込みながら、ユウナはこちらを狙って動くマスターキーに視線を向ける。


「あいつら、ウザいんだよ、ねぇ」


 素早く移動する時は四足歩行で、時々二足歩行を入れて緩急をつけ、更には頭を狙われないように小刻みに首を揺らして狙いを阻害する動きをしている。それは主任研究員とやらの続きの手帳を手に入れると判明するのだが、『ノッカー』を調整していたチームが、第三期の正式採用に向けて調節していた事が示唆され、その試験運用とデータ収集の為に『ブレイク・ノヴァ』へ割り込ませた事が分かる。


 多くのプレイヤーが『余計な事すんじゃねぇ!』と、大ブーイング間違いない事をしてくれた訳だ。


「でもでも、ユウユウってばアイツらに即死技使ってたよね?」


 シューター系の要素があるゲームは、ほぼ全てと言って良いくらい、ユウナはやり込んでいる。もちろん、コイツラが登場する元ネタのゲームもやり込んでおり、その華麗なエイムちからを存分に使って華麗なプレイを見せていた。


 だからマスターキーも華麗に処理していた記憶があり、らいちが確認するように聞くと、彼女は困ったように笑う。


「あれ、相手が掴める距離まで寄らないと駄目なんだよ。アイツラの目の前で顔面ピストル使わせる誘導して、モーションに入ったら近距離からブッパするんだよねぇ」

「でもやれたよね? VRでやってたよね?」

「VRで出てないよ? らいちっち?」

「あれ?」


 元ネタの最新作はモニタータイプのゲーム、家庭用据え置きゲーム機とPC用に出された。これらはVR上でも動かせるので、VラブやVランナー達はVR上で実況ライブを行ったりする。だからVRゲームとして出ていると勘違いするのだが、らいちもその口で勘違いしていた。


 VRで複数回成功させているのだから、ここでも出来るよね? と勘違いしていた訳だ。


「まぁ、VRで出てて、それと同じ事をここでやれって言われても、結構厳しいと思うけどさ」

「ユウユウなら行けそう?」

「あははははは、抜かしよる」


 二人共余裕があるから勘違いしそうだが、ここでの死亡、それはイコールキャラクターの死を意味する。もちろん社長が個々人のデータをバックアップしてるのを知っているから、ここで死んだからと全てが終わる訳では無い。無いが、こんな中途半端な状況で退場なんぞしたら、自分で自分を許せそうに無いので、出来ればリスクのある行動はしたくない。


 だが、そうは言ってもマスターキーをどうにかして排除しない事には探索が出来そうに無く、探索が出来なければ、下で戦っているヒロシの負担が大きく膨れ上がる。それを素早く頭の中で考えたらいちが、近づいてきたゾンビに蹴りを入れながら叫んだ。


「じゃ仕方がない、らいちが生贄になる!」

「は?」


 らいちの叫びに間が抜けた声を出し、それでもらいちが蹴倒したゾンビの頭に鉛玉を埋め込みつつ、ユウナはギョッとした目を彼女に向ける。


「大丈夫? お酒飲んでる?」

「下戸です!」

「そうだった! え? どしたん? 何か傷んだモノ拾い食いしたの?」

「そんな事してません!」


 キリリと勇ましい表情をするらいちに、ちょっとオロオロしながらユウナが突っ込みを入れるが、らいちは『ふんす! ふんす!』と鼻息を荒くするだけで発言を撤回する様子が無い。


「らいちはラッキーガール! こんな場面だからこそらいちの幸運が火を吹くぜ!」


 『おりゃぁっ!』と気合を入れてゾンビに銃弾を叩き込み、らいちがドヤァッみたな顔をする。


「え? ギャグ?」

「ちーがーいーまーすーぅ! 私は器用なタイプじゃないから、難しい事を二つやるのは無理! だけど一個ならやれる! それが難しくないヤツならもっと頑張れる! だから難しい方は、ユウユウに任せた!」

「……」


 らいちの透明な瞳を真っ直ぐ見てしまったユウナは、少し気圧されながらも、穏やかな表情で悪戯小僧のような笑みを浮かべた。


「きゃー、らいち先輩、格好良いー」

「そこは棒読みじゃないと思うんだ、私」


 どこまでも余裕をかます後輩に頼もしさを感じながら、らいちは何度か呼吸を整えるように浅く息を吸ったり吐いたりする。


「じゃぁ、お願い!」


 らいちは正面を陣取るゾンビに拳銃を乱射し、マスターキーまでの道を作る。そしてマスターキーの近くまで駆け寄って立ち止まると、ウザい動きで挑発するようにちょこまかと動き始めた。


「おらっ! おらっ! かかってこいやぁっ!」


 珍妙なダンスにも見えなくない動きで挑発をしまくっていると、マスターキーが首を振るのを止めて、中途半端な伸びをするような姿勢を取る。


「先輩! 伏せっ!」

「っ!?」


 ユウナの鋭い叫びに、らいちは珍妙な動きを強引に止めるよう、その場で小さくジャンプをすると、ベチン! と痛々しい音を立てながら床へ落ちた。


「ナイスゥ!」


 射線が通った。


 カチンカチンカチン、生物の体から響いてはいけない、そんな機会的な音をさせるマスターキーの顔面へ、ユウナのオートマチックが火を噴く。


 銃の反動を利用した三連射、微妙に射線をずらして放たれた三発の弾丸は、らいちが作り上げたチャンスを見事に貫く。


 ボヒュッ!


 爆発したにしては小さく、爆発したにしては迫力は無く、だけど確実にその爆発はマスターキーの頭部を吹き飛ばした。


『Urrrrrrrrrrraaaaa……』


 頭がバーンと弾けたのに、生物らしい声を出しながら、マスターキーは床へと沈んだ。


「っ!? やったぁー! らいちやったー!」

「ナイスゥ! らいちっち! あと五匹!」

「へっ!?」


 床に倒れたマスターキーをザマァ見やがれとばかりに見下すらいちに、ユウナが非情な現実を突きつける。


 仲間が倒された事を理解しているのか、それとも復讐心からか、顔の中心を赤くしているらいちに向かって、他のマスターキー達が包囲網を縮めるように移動を始める。それを見たらいちは、ヒクリヒクリと震える口元を無理矢理笑顔に変えながら、きゃるんとした視線をユウナに向けた。


「もう頑張ったよね?」

「あと五回! 頑張ってー!」


 しかしらいちの願いは、ユウナにバッサリと切られた。


「……や、やったらぁーっ!? かかってこいやぁーっ!」


 らいちの震える叫び声が響き、マスターキー達の奇妙な咆哮が同時に放たれるのであった。

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