第240話 悪意 ⑦

 ユウナ・らいち組――


 化け物をヒロシにお任せし、群がって襲ってくるゾンビを避けたり倒したりしながら、何とか廃屋の二階へと登ってこれたらいちとユウナ。


 猛烈な勢いで襲ってくるゾンビ相手に、らいちは疲労困憊状態で『ぜーはー』と苦しげな呼吸をしているが、ユウナは余裕綽々である。


 そんなユウナを羨ましそうにチラ見し、らいちは時折聞こえてくる轟音と揺れる床に視線を向け、不安そうな声を出す。


「すっごい下からドッカンドッカン音が聞こえてくるし、何なら足元が超揺れるんですけども、大丈夫かなぁ」


 ヒロシが簡単に倒されるなんて場面は想像出来ないし、無茶苦茶具合ならユーヘイと肩を並べるプレイヤーだから心配するだけ無駄だろう、とは思うが心配は心配だ。


 憂いた顔で不安そうならいちを見ながら、ユウナは真面目くさった表情で、妙に男らしい口調で言う。


「ああ、タテさん? 良い奴だったよ」


 ネットミーム化して有名になったネタだろう事は、そっち方面に詳しいらいちはすぐ分かり、ユウナに胡乱な視線を向ける。


「一番良い装備を頼む、ってちゃうわっ! 変なフラグ立てない!」


 余裕があるからそんなアホなネタを思いつくのかしら、そんな事を思い、プリプリした様子で体を引き起こすと、そんならいちを引っ張って抱き寄せながらユウナが拳銃を乱射した。


「ちょっわ?!」

「はいはーい、らっしゃい!」


 らいちの叫び声に呼び寄せられたのか、ゾンビが大量にワラワラと寄ってくる。


「弾数は問題ないけど、とっとと仕掛けを見つけないと押し込まれそう」


 絶対に廃屋に潜んでられない数のゾンビが出てくるのを見て、ユウナは何とも言えない苦笑を浮かべながら、ちっとも困ってない様子で状況を分析する。それを見ていたらいちが、わざとらしく『ぽっ』などと言いながら、うっとりした口調で言う。


「やだイケメン」


 馬鹿な事を言うらいちの体を離し、ユウナは乱暴にマガジンを投げ捨てて、新しいマガジンを手早く装填しながら顎をしゃくる。


「アホやってないで戦ってらいちっち」

「はいはい」


 ユウナに示された方向へ銃口を向け、乱射しないでしっかり狙いをつけてからトリガーを引く。ユウナのような正確無比なエイムちからなどは無いし、何ならユーヘイクラスの『弾を的に寄せる(手品のように)』なんちゅう訳わからんテクニックなぞ持っていないらいちは、自分が出来る範囲の事をしっかりと行う。


「ねーねー、ここの元ネタが元ネタだから、メダルを集めて、どっかの彫刻とかで絵合わせして仕掛けを動かす、とかってやったりするのかな?」

「……」


 ヘッドショットとは行かないが、当たりやすい胴体を確実に狙ってトリガーを引くらいちが不吉な事を言い出し、『あ、あり得るかもしれない』とユウナが何も言えずに沈黙する。


 PONの女神と呼ばれ、その行動全てが撮れ高とも言われるサラス・パテを代表する芸人アイドル果樹かじゅ らいち。実は洞察力と言うか、野生の勘と言うか、そういう第六感部分の発言は結構的を得る事が多い。しかも思いついたようにサラリと言った事は、結構な確立で大当たりをかます。


 『えい! えい!』と可愛らしく声を出しながらトリガーを引くらいちを見て、『あ、これ当たる奴や』とユウナは内心で頭を抱える。


「オオ、ライチヨ、ヨケイナコトヲ、イウンジャナイ」

「え?! 急にどした?!」


 妙なカタコト口調で突っ込みを入れるユウナに、らいちがギョッとした表情で振り返ると、ユウナは参った表情で苦笑を浮かべていた。


「元ネタ的な要素を探そうか」

「え?! 冗談で言ったんだけどっ?!」

「あはははははは、いつものいつもの」

「だから冗談だよ?!」

「うん、だから当たるんだって、らいちっちのそれ」

「うへぇ〜」


 ただ思いついた事を冗談めかして言っただけなのに、それ大当たりですと言われて、らいちは妙な事を言うんじゃ無かった、などと後悔する。


「取り敢えず、手当たり次第、そこらにある扉を開けて中を確認、かなぁ」


 手前側のゾンビを適当に狙い、パスパスとヘッドショットを決めながら、ユウナが面倒臭そうに呟く。それを聞いたらいちは、目を丸くして周囲に視線を走らせる。


「この数、相手しながら?」


 見える範囲には二桁、もしかしたら三桁に届くかもしれないゾンビが『う゛あ゛ぁ゛っ゛』やら『う゛ぅ゛ぅ゛っ゛』とか呻き声を出して元気(?)にこちらへ向かって来ている。これを相手にしながら探索しろとか、元ネタでもやらないよね? とらいちが縋るような視線をユウナに向けるも、彼女は満面の笑みで朗らかに言う。


「Exactly(その通りでございます)!」

「ノー! ノー! ノー!」


 『第一分署』の面々だったら楽にこなせるかもしれないし、何ならユウナとかスノウとかだったらやれるかもしれない。事務所でもその二人と他に数人は一流プレイヤーと呼ばれる技量があるから、可能かもしれない。


 だが、そう、だが! 自分は違う。ムカつくが、確実に自分はお笑い枠である。らいちにはその自覚があった。


 これがやり直しが出来る、死亡キルされても問題なく復活出来る通常のゲームだったら、やろうと言う気も起きる。だが、実際に今の状況は限りなくデスゲームに近い。この状態で自分が動いたら、確実にユウナの足を引っ張る事は間違いない。


「大丈夫だって、先輩はこういう時が一番強いんだから」


 不安そうに口をパクパクさせるらいちに、ユウナがニヤリと童女のような笑顔で、これ以上ない信頼に満ちた言葉を贈る。


「……ずるいんだぁ、こんな時だけ先輩呼びとか」


 出来の良すぎる後輩の言葉に、らいちはコリコリと頬を掻きながら、ちょっと誤魔化すように呟く。


「実際、余裕っしょ?」


 『私、知ってるんだ』と言わんばかりの断言に、らいちはがっくりと肩を落として溜息を吐き出す。


「……はぁ……」


 体の不純物を全てそれにのせて吐き出し、らいちは腹の底から力を出すように体を引き起こすと軽く頬を叩く。


「頑張る」

「ん、それでこそらいちっち」


 目の色が変わったらいちを見て、ユウナは彼女の頭をよしよしと撫でて頷く。


 確かにらいちはゲームが上手いと言う訳じゃない。華やかなプレイングが得意な訳じゃない。だけど、事務所所属のタレントの中でダントツに強い部分がある。それは『折れない』事だ。


 どんな鬼畜ゲームであろうと、理不尽ゲームであろうと、彼女の心を『折る』事は出来ない。彼女がクリアーすると宣言したのならば、どんなに時間をかけようとも、恐れず進むし必ずクリアーをする。それが果樹かじゅ らいちという先輩の、最強の武器である事をユウナは知っている。


「まず手前のドアから。ゾンビはあたしが間引くから、らいちっちは中の様子を確かめてもろて」

「はいはい、やりますよ」


 あっちの扉ね、そう方向を指し示し、ユウナがその扉を塞ぐようにしてうろついているゾンビを、ヘッドショットで始末する。それを確認しないでらいちが走り出し、近くのドアに体当たりをするようにして中に入る。


「うひゃぁっ?!」


 中を確認したらいちが、微妙に間延びした悲鳴を出しながら、ドアを勢い良く閉めて顔面から飛び込むように飛んだ。


 ガゴン!


 らいちが地面へズサーと滑るように着地するのと同時に、彼女が閉めたドアを何かが貫く。


「マスターキー!」


 ユウナは大急ぎでらいちの周囲のゾンビを倒し、倒れた彼女を引き起こしてドアから離れる。


 ゴゴン!

 ガガン!

 ギギャン!


 周囲のゾンビを蹴散らし、十分に距離を取って後ろを振り返れば、それなりに頑丈そうだった扉を滅茶苦茶に破壊して、変則的な四足歩行で移動する、奇妙な化け物が部屋から出てきた。


 見た目は毛が薄い大型のチンパンジーのような姿をしているが、絶対に正常な生物じゃない証拠が頭部に融合している。それは巨大な砲身のようなモノで、そいつらはそこから骨の弾丸を飛ばして攻撃をしてくる。


「あれ、苦手」

「ロケランとか無い?」

「あったら良かったよね」

「だよね」


 マスターキー、そいつらはそう呼ばれている化け物で、元ネタのゲームの難易度を爆速で上昇される最強クリーチャーの一角だ。名前の通り、こいつらはありとあらゆる扉や壁を破壊して現れ、正確無比な射撃でプレイヤーを蹂躙する、ゾンビ界隈のA級スナイパー、ゾンビ13などと呼ばれていたりする。


「下のタイタンにしろ、こっちのマスターキーにしろ、殺意高すぎでしょうっ!?」

「ウィルスかまして違法データ流し込む相手に何を言うんだか」

「そうだけどっ!? やってらんないじゃん!」

「そこは同意する」


 じわりじわりと近づいてくるマスターキーに、二人は言い合いながら拳銃を構えた。

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