第239話 悪意 ⑥

 ユーヘイ・アツミ・ジュラ・スノウ・トージ組――


 目的としていた建屋に到着し、そこはジュラとスノウにお任せしようとしたのだが……。


「「無理無理無理無理無理無理無理無理っ!?」」


 意気揚々と建屋に入ってすぐ、それこそコントでも見ているような感じで戻ってきた二人が、激しく手を横に振りながら首も横に振り、結構な拒絶反応を示しながら主張してきた。


「どうしたってんだ?」


 ようやく落ち着いたアツミの手から開放されたユーヘイが、二人が戻ってきた建屋を覗き込んで絶句する。


「……こー来たかぁー」


 ユーヘイの反応が気になったトージが、彼の横からひょっこり首を建屋に突っ込み、困ったようなうめき声を出す。


「う゛、おーぅ……なるほどぉねー」


 ほぼ動じないユーヘイの妙な反応と、トージの言動が気になり、荷台でゆったりしていたアツミが、どれどれと立ち上がり二人の横からひょっこり中を覗く。


「……ユーさん、いつVRに軍艦島を舞台にしたホラーゲームが移植されたんです?」

「うぅふぅーやぁーまぁーえってが? あれってプロジェクトが止まったよな?」

「VR化はされてません、よ? されてませんよね?」


 廃屋というよりかは廃校、しかもあちらこちらに赤黒いシミや赤黒い水溜りがあり、そんなロケーションに明らかに血色がよろしくない、普通の格好をした老若男女がケタケタ幸せそうに笑いながら歩いている。


 どこぞのゲームで見たような光景に、トージは答えられるだろう人物に向かって確認した。


「ないないないない! クラミナがVRとか! そんなの罰ゲームですやん!」

「でもスノウちゃん、あれ大好きなんじゃないの? やり込み配信とか耐久とかやってたよね?」

「モニター越しなら愛せる! VRは無理っ!」


 VRが登場する前、モニターで遊ぶゲームが主流だった頃に流行した最凶ホラーゲームと呼ばれていた『くら水面みなもからの呼び声』というゲームがあった。クラミナとはそのゲームの愛称だ。


 実際の軍艦島を舞台に選び、日本的な闇深くて薄気味悪くどこまでも後味が悪い、ジワジワと精神を削り取られるようなジャパネスクホラーを体現したシリーズで、ディープなファンが多いゲームでもある。


 ちなみにスノウがディープファンの代表みたいな扱いであり、先程ユーヘイが口ずさんだ歌のフルバージョンを『歌ってみた』動画にアップしてたりする。


「あの世界をVRで歩く事になったら、もしもそれが案件で自分に回って来たら、事務所辞めるっ!」


 力強く断言するスノウに、ジュラもコクコク勢い良く頷いている。


 確かにかつてのモニター越しのホラーゲームは大丈夫だったけど、それがVRになって完全にそのシリーズを苦手になった、というプレイヤーは多い。ピラミッド君を代表とするサーフヒルなんかがその代表だ。


 そこまでか? そんな表情で再び中を覗き込んだユーヘイだったが、まさに自分の真正面に、青白い顔の血走った黄色みが強い目で睨む男性の顔があって、ビクンと震える。


「不審者? 不審者? 不審者は駄目よ? 駄目駄目よ?」


 夢に浮かされたような、どこか陶然とした感じな口調で男性がニヤニヤ笑いながら言うと、口から大量の赤黒い水を吐き出して抱きつこうと動く。


「貴様が不審者代表だろうがい!」


 ユーヘイが驚かされた事に腹が立ったのか、いつもよりトゲのある口調で叫んで、男性の腹へ蹴りを叩き込む。


「うぼぁばばばばばぁっ!?」


 男性は後ろへひっくり返るように倒れるが、口から更に赤黒い水を吐き出しながら、大量の手足が生えたアジに似た魚を吐き出す。


「あ」


 それを見たユーヘイが、やっべ! という表情を浮かべるも時既に遅し、男性から吐き出された手足の生えた魚は、ミチミチと不気味な音を響かせながら肥大化していき、マッシブな男性的肉体と妙に艶めかしい女性的肉体を持つ魚頭をした化け物へと姿を変えてしまった。


「ちょっ! 先輩っ!?」

「忘れてた、わりぃ」


 クラミナはジャパネスクホラーだけじゃなく、そこに非常に日本的雰囲気と相性が良いクトゥルフ系の要素もぶち込み、相乗効果で恐怖感が爆増したゲームでもある。


 クラミナを代表するクリーチャー『屍鬼人間グーラー』は下手に攻撃をしてしまうと、彼らが信奉する『九頭竜くとおりゅう様』の怒りに触れてしまい、信者を守護する守護者を喚び出してしまう、というギミックが存在する。


 男性タイプ魚頭が『斬満ぎるまん様』、女性タイプ坂間頭が『拝寅はいとら様』と呼ばれ、『屍鬼人間グーラー』が子供に思える攻撃性能を有する死神クリーチャーとして襲ってくるのだ。


 それもこれもクラミナの時は、主武器と言えば鉄パイプ、良くて猟銃、拳銃などは完全にチート武器の扱いだったので、ほぼステゴロの状態で二大死神クリーチャーと戦わなければならなかったが……。


「よっ」

「ほっ」

「そこですぐに反応する所とかヤベェですよ」


 素早くガンベルトから拳銃をそれぞれ取り出したユーヘイ、アツミ、トージが飛びかかってくる魚頭に向かって鉛玉を叩き込む。


「「「「¢£%#&□△◆■!?」」」」


 魚頭で眉間と呼ぶべきか、二つの眼球がある中心へと鉛の弾が貫通し、水に口をつけて叫んだような、妙に耳障りな甲高い悲鳴を出して魚頭が倒れる。


「やっぱ拳銃はチートや」

「うんうん」

「何でそう、順応するのが早いんですか、やべぇですよマジで」

「「お前(君)も同類だろぉ?」」

「いやいや、僕なんかまだまだ常識人です。『第一分署』の一般人枠です」

「「お前(君)、完全に逸般人枠だろぉ?」」

「ん? 一般人枠ですよ?」

「「色々、逸脱してる方だよ」」

「あはははは、ぬかしよる」

「「お前(君)がな」」


 などと軽口を叩き合っているが、その手は忙しく動いており、ワラワラと向かってくる魚頭達の脳天を、正確無比な銃撃で貫いていく。


「「やだ、この人達、変態」」


 ユーヘイ、トージの動きはまだ理解出来る。と言うかユーヘイは『第一分署』を代表する超絶プレイヤーだから分かる。そんな化け物の愛弟子であるトージも分かる。分からないのは、本来ホラーゲームが苦手だったはずの、白井しらい ラリであるところのアツミだ。


 完全に歌のお姉さんだった人物が、ゲーム実況とか大の苦手だった人物が、このゲームを代表するプレイヤーであるユーヘイと、普通に肩を並べて戦えている事実、これが分からない。


 シューターゲームで拳銃の使い方が分からない、どうやって狙いをつければ良いか分からない、どうやって動けば良いか分からない、そんな感じの人物だったはずがどうしてこうなったか、本当にこれが分からない。


 ユーヘイの死角になる場所をカバーして射撃、トージのキャパオーバーな相手を狙って射撃、再び魚頭を吐き出そうとする『屍鬼人間グーラー』の脳天を貫く射撃、と八面六臂の活躍をしているではないか。


「「あっちゃんスゲー」」


 完全に頼れる先輩の姿になっているアツミに、ジュラとスノウはキラキラした目を向ける。


「何見てるの! 中に入って仕掛けを探してっ!」


 そんな二人にアツミが指示を出す。その指示に二人は、『え゛っ゛』というアイドルの口から出てはいけない声を出す。


「村人(屍鬼人間グーラーの愛称)はこっちから攻撃を仕掛けなければノンアクティブ、話しかけられても目を見なければ大丈夫、それなら余裕で探索出来るでしょ!」

「「いやいやいやいやいやいや?! ちょっとあっちゃんさん?!」」


 何を言っちゃってるのこの人?! そんな衝撃を受けた表情を浮かべる二人をチラリと見て、ユーヘイは苦笑を浮かべる。


「トージ、二人を見てやれ」


 ユーヘイに言われ、トージは周囲を素早く見回してから、へへへと笑う。


「大丈夫ですか先輩、結構厳しいと思うんですけど」


 トージが見ている先には、『拝寅はいとら様』に殴られ無理矢理守護者を吐き出させられている村人であり、続々とその数を増やしていく魚頭の姿である。現状三人で何とか拮抗出来ている状況で、自分が離れたらそれはちょっと不味いんでは? と言外に伝える。


「何とかなるだろう」


 特に気負った風も無く、ユーヘイは軽い感じに言う。それを聞いたトージは、やっぱりやべぇよこの人ら、と呟きながら、固まっている二人のアイドルの背中を叩く。


「ほら! 行きますよ!」

「「ひゃ?! ひゃいっ?!」」


 二人を無理矢理連行するようにトージが動き、それに合わせてユーヘイとアツミは場所を移動した。ちょっと広めの教室のような場所を見つけてそこへ入ると、お互いの背を合わせた状態で魚頭と対峙する。


「頼りにしてるぜ、あっちゃん」

「任されたし、任せたユーさん」

「へいへい」


 二人は不敵に微笑み、自分達の拳銃を構えて波のように押し寄せてくる魚頭を迎え撃つ。

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