第238話 悪意 ⑤
村松、カニ谷、サマー組――
「ぎゃあああぁぁぁああぁぁぁぁぁあっ!?」
緑や青、紫やピンク等など現実には絶対に存在しない体液を垂れ流す異形の化け物。ゾンビというよりかは人体改造されたキメラっぽく、故にゾンビ的な攻撃と言うよりは改造で備え付けられた武器で戦う生物兵器、そんな印象が強い化け物に向かって、
「賑やかな娘さんだぁねぇ」
「それが彼女の旨味なのよ、これが」
「ほーん」
ぎゃーすか一人お祭り状態で騒いではいるが、その射撃能力は結構高く、反動が激しいマグナム弾を吐き出すリボルバーを撃っているわりには、命中する有効弾が多い。大体の命中率は七割から八割弱くらいの塩梅で、涙目の超絶腰が引けたへっぴり体勢で拳銃を撃っている状態で、かなーり驚異的なエイム
「素直で純粋な娘さんだから、結構な頻度でリスナーに騙されて、苦手なホラー系のゲーム実況配信とかしてるのよ。そこでなんだかんだでクリアーするまで根性発揮して続けるから、腕前は結構な水準なのよねぇ」
「何そのイレイナ・ウェルス」
「あー、確かに彼女っぽいかもしれないわ」
イレイナ・ウェルス。スペースインフィニティオーケストラを代表する変態集団『遊戯人達の宴』に所属していた、宇宙最後の良心と呼ばれていた女性プレイヤーである。
女性らしくホラー要素やグロテスク要素を苦手としており、そんな彼女を騙してホラー要素のあるイベントや、グロテスクな敵ばかりが出現する宙域へ連行するみたいな、いわゆる『イ虐』と呼ばれていた遊びがあった。
そんな事ばかりをやらされ続けた彼女は、加入当時は本当に一般的なプレイヤーだったのが、気が付けば立派な逸般人へと成長していた人物である。
仲間達の扱いが愛ある、親愛なる相手に向けてのお遊びだというのは感じ取っていし、プロレス的なモノである事を彼女は理解していて、だからこそ毎回酷い目に遭遇するのを分かっているのに律儀に付き合い続け、立派な逸般人へと成長してしまったプレイヤー。そんな事をやらされても清楚さや優しさを失わず、良心と呼ばれるだけの人格者であった事から、宇宙最後の良心と呼ばれるお方だ。
別名『変態の中に咲いちゃった俺らの女神サマ』とも呼ばれていたりする。
「こっちは彼女にお任せしちゃって大丈夫な感じ?」
イレイナとか懐かしい、などと呟きながらカニ谷が確認をすれば、村松は自信満々に頷く。
「彼女は最高よ?」
「……何か鼻血出して薄笑い浮かべそうだからやめよ?」
この嫁は全く……楽しげにネタを仕込む嫁に苦笑を浮かべたカニ谷は、インベトリから課金武器である警棒を取り出し、何度か軽く振り回してから、気合を入れるように鋭く息を吐き出す。
「あちらの娘さんの子守は任せた。自分はユーヘイが言ってた仕掛けを探してくるよ」
「はいはい、あまり暴れすぎないように、ね?」
「そこはちょっと約束出来ないかな?」
村松が小型のオートマチックを取り出すのを横目に、彼女からの言葉を半ば受け流してカニ谷が動き出す。
「サマーちゃん! こっちへ下がりなさい!」
「ひゃぁっ!? ひゃぁいぃぃぃぃぃぃっ!」
カニ谷が一直線に上へ登る階段を目指す。その動線を邪魔する化け物に鉛玉を撃ち込み、ヘイトを自分に向けるよう仕向け、この場でもっともヘイトを稼いでいるサマーを呼ぶ。
「はいはい、こっちに移動よ」
サマーのへっぴり腰を叩き、ひゃあぎゃあ悲鳴を出す彼女を誘導して動く。
「かっちょーぅ?! どこに向かってるんですかぁっ?!」
「どこにも向かってないわよ。この手のゲームは位置取りが大切だからね。まずは囲まれないように動かないと」
「お任せしますぅ!」
なんだかんだ手慣れた様子でリローダーをシリンダーに突っ込むサマーに苦笑を向け、素早い動きで周囲を確認し、壁際へ移動しながら冷静に狙いをつけてヘッドショットを叩き込む。
「かっちょーぅ?!」
「ま、これぐらいは、ねぇ?」
頭を撃ち抜かれ、地面へ倒れた瞬間にドロドロと溶けていく化け物を一瞥し、驚愕の表情を向けるサマーにウィンクをする。
「確かに敵の数は多いし、精神的なプレッシャーも高い、絶体絶命っぽい雰囲気もあるけど、ただそれだけじゃ負ける要素は無いわ」
猿のような小型の人型が投げるナタを撃ち落とし、騎士甲冑のような兜を被った頭部をついでにふっ飛ばし、流れるように空マガジンを引き抜いて新しいマガジンを装填する村松。あまりに手慣れた、惚れ惚れするプレイスキルにサマーはあんぐり口を開ける。
「こらこらアイドルでしょ、可愛い顔が台無しよ。それにしっかり貴女も働きなさい」
軽く背中を叩いてサマーを正気に戻し、立体機動をして襲ってくる小型の敵を中心に叩き落とす村松。その腕前はサラス・パテ随一と言われているユウナよりも上で、何なら『第一分署』並の水準をしていた。
「社長って一体?」
弾丸を防ぐ目的で装着しているであろう兜、その唯一空いている目の部分へ、激しく動いている相手にピンポイントで命中させていく会社社長に、サマーはドウイウコト? と疑問ばかりが浮かぶ。
「今は課長。それにこれでも大田君とは類友よ? これぐらい出来なくちゃ遊べない場所にいただけなんだけどね」
空マガジンを落とし、新しいマガジンを素早く装填しながら、村松は懐かしそうな表情で笑みを浮かべる。
「何です? そのハイスペック集団」
ユーヘイニキと類友って……あのレベルがゴロゴロいるんかい、上手くイメージ出来ない状況にサマーが呆れたような口調で突っ込みを入れる。
「ハイスペックなのかしら? どっちかと言うか、無駄に無駄を重ねて無駄過ぎる無駄な才能を無駄に一点集中して無駄を極めた変態、って感じだけど」
そんな凄い事では無くてバカバカしい理由だけどね、村松がクスクス上品に笑いながら言うが、サマーはげっそりした表情を浮かべて胡乱な視線を村松へ向けた。
「ゲシュタルト崩壊しそうです」
疲れたような口調で呟き、近寄ってくる苔むしたような緑色の肌をした、一番ゾンビっぽい姿をしている敵にマグナム弾を叩き込む。
「アイツら、才能がゲシュタルト崩壊してたからなぁ……本来なら馬鹿な理由で才能の無駄遣いなんかしないわよ、妙に才能が有り余っているから阿呆な事をやってんのよ」
どこか遠くの、とても輝いていた過去を懐かしむように微笑む村松。そんな彼女にサマーは想像出来ないと確認する。
「ユーヘイニキもそこに居た、と?」
「中心人物だったわよ? むしろ無駄を極めようとした奴らで先陣切ったトップバッター」
「……」
ユーヘイはゲームに対しては紳士的と言うか、妙なこだわりを持つ感じと言うか、真面目に不真面目ではないが全力出してエンジョイしている大きな子供、と言うイメージしかない。そんな彼がマニアックな遊び方をするというイメージが浮かばないから、サマーは絶句するしかなかった。
「誰だってヤンチャな時代って言うのはあるものよ」
――昔の彼を見たら、この子達だけじゃなくてアツミとかもビックリするかしらねぇ――
ユーヘイが尖っていた時代の姿を思い浮かべ、村松が忍び笑いを口元に浮かべていると、天井から激しい音と振動が伝わり、パラパラと埃が降ってきた。
「カニ谷が大暴れしてるみたい、何か出たようね」
天井が抜けなければ良いけれど、そんな視線を向けながら溜息を吐き出す。そんな村松の腰をサマーが激しく叩く。
「かっちょーぅっ!?」
「はい?」
ペシペシ腰を叩いていた手を、自分が見ている方向へ指差し、あれ! あれ! と掠れた声で叫ぶサマー。彼女の指差す先を見た村松は、『わぁーぉ』と棒読みな声を出す。
ブブブブブブブブブ、ギュイィィィィィィイイィィィィー!
極端な短足の上に、筋肉四割脂肪六割なでっぷりした上半身をのせ、そんな上半身とは似ても似つかないバッキバキかつ筋骨隆々な両腕で重機に装着するようなチェンソーを持ち、二メートル以上ある巨体に不釣り合いな小さい頭部に紙袋をすっぽり被った新しい化け物が、ゆっくりこちらへ向かって歩いてくる。
「かっちょーぅっ!」
「倒しなさいって事かしら?」
ちょっと怖いわね、軽い感じで呟いた村松は、へっぴり腰どころか逃げ腰になっているサマーの背中を思いっきり叩いた。
「気合を入れなさい! あれはこっちで処理するわよ!」
「ですよねぇえぇぇぇっ!? ひぎゃあぁあぁぁぁぁぁあぁっ!」
サマーの情けない叫び声が廃屋に響き渡った。
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