第286話 逆風 ⑤
夕日ボウリングセンターが見える路地裏に、一台の古びた外車がエンジンをふかしながら停車している。それだけなら別段珍しくも無いが、問題はその周囲にあった。
様々なカスタマイズが施された、デコデコにデコレーションてんこ盛りにされたいわゆる族車が、ぐるりとその外車を囲っている。
その様子だけを見るならば、外車の持ち主に対して族ッキーな兄ちゃん達がいちゃもんをつけているように見えなくもないが、そこで行われている事はそんな事では無かった。
「アニキ、こんなにもらって良いんですか?」
「ああ、それは前金だ。ちゃんと注文通りに仕事をしてくれりゃ、残りも払う」
「……」
運転席に座る派手な柄物のシャツを来た男が、バックミラー越しに後部座席の様子を見てニヤつく。そこには特攻服を着たヤンキー兄ちゃんと、そこそこの風格を持つ堅気っぽく見えない男が金銭のやり取りを行っていた。
男はヤンキーに輪ゴムでまとめた一万円札を手渡し、それとは別の丸めた一万円札の束を取り出して、ヤンキーの目の前で揺らす。
「これが成功報酬だ」
「ゴクリ」
手渡された一万円札は確実に十枚以上ある。そして見せられた一万円札の束はもらった束よりもぶっとい。確実にヤンキー個人では手に入れられない金を見せられ、ヤンキーの理性のストッパーは静かに壊れる。
「やる事は分かってるな?」
「この女をさらって来る」
「そうだ」
男が用意していた写真を指差してヤンキーが言えば、男は満足そうに頷く。
「まぁ、多少撫でる分には問題はないが、出来れば無傷で連れてこいって注文だ、やれるか?」
「俺は
「へっ、そうだったな……うまくやんな」
「へい!」
ドアを開けて外に出て、そこで待っていたバイクの集団に一声掛けると、ヤンキーはボウリング場に向かって走り出す。その様子を眺めながら、運転席でガムをくちゃくちゃ音を立てて噛んでいるチャラ男が、呆れた視線を男に向けた。
「良いんです? あそこにはDEKAが来てるんでしょ?」
チャラ男の言葉に男は酷薄な笑みを浮かべ、懐からタバコの箱を取り出して一本引き抜く。
「撒き餌にはピッタリだろ?」
「おおこわ、可愛い可愛い後輩をそんな事に使うなんて」
「本心にも無い事を言うな。これぐらいのお遣い出来なきゃ、どっかの組織に入るなんて夢のまた夢なのは、お前も実感しただろうが」
「……食いもんにされるか、こっちが食うか……」
「そうだ。そして俺達は食う方だ」
タバコに火を点け、絶望と諦観に似た溜息混じりの紫煙を吐き出し、男は座席に放りだしたままの写真を持ち上げる。
「悪いな、アンタにゃ何も恨みも憎しみも無いが、俺達の輝かしい未来の為の糧になってくれや」
男が持つ写真には盗み撮りしたよう構図で映る茶谷 ミーコの姿が写っていた。
「もうちょい育ってりゃ、俺が直接ご招待するんだけどな」
「お前、女なら何でも良いってタイプだろうが」
「いやいやいや、さすがにちょっと犯罪臭がやべぇ」
「……ま、確かにな」
ミーコの幼い容姿を見て苦笑を浮かべ、男は写真を再び座席に投げ捨てた。
――――――――――――――――――――
ゲームセンターではリョータとミーコが、明らかに身の丈に合ってない言動と行動をしている同年代の子供達に、ちゃんとDEKAらしく補導っぽい行動を行っていた。
その様子を少し離れた場所で見守っていたユーヘイだったが、ふと螺旋階段近くのベンチに座っているアツミの様子に気づき、ヒロシとトージにアイコンタクトを送ってから彼女に近づく。
「何か気になる事でも見つかった?」
しきりに窓の外を気にしているアツミに声を掛けると、彼女は外に視線を向けたまま、指で外を差す。
「?」
ユーヘイが外に視線を向けると、そこにはド派手なバイクの集団が駐車場へと雪崩込んでくる様子が見えた。
「あらま、あんだけ潰したのに、まだ暴走族って生き延びてるんだね」
Vラブとの連続耐久クエストで、それこそ無数の暴走族の涙を散らせたのは記憶に新しい。あまりにも鬼のように暴走族をボッコボコにしたから、クエストから暴走族関連の項目が消えてしまった。だからてっきり彼らは壊滅したのかと思っていたが、どうやらまだまだ元気があるらしい。
「そっちもそうだけど、何か様子がおかしくない?」
「ん?」
アツミの指先が駐車場以外を差し、その差す先に視線を向ければ――
「……んん?」
車の流れが、バイクの流れが、人の流れがどうにもここに向かって動いているように見え、ユーヘイはサングラスを持ち上げて目を細める。
「ここに集まって、来てる、ねぇ」
「やっぱりそう見えるよね?」
ユーヘイはアツミと顔を見合わせ、慌ててリョータとミーコの方へと視線を向ける。先程まで子供子供していた客層しかいなかったのが、ちらほらとヤンキーっぽい兄ちゃん達の姿が増えているのが見えた。
「タテさん! ヤバいかも!」
「っ?!」
ユーヘイがネックマイクを動かして叫ぶと、ヒロシが一瞬ユーヘイを見て硬直する。
「あっ!」
ヒロシの動きに釣られたトージも動きを止めたその瞬間、リョータとミーコの近くへ静かに移動していたヤンキーの一人が、思いっきりリョータを殴り飛ばした。全く意識の外からの一撃に、リョータはまともな反応をする事が出来ず、近くのゲーム筐体へ叩きつけられるような形で倒れ込む。
「リョうがうむぅあっ!?」
突然の出来事だったがリョータを助けようと動くミーコに、背後からヤンキーの一人が素早く口を手で塞ぎ、ひょいっと小柄な彼女の体ごと持ち上げて連れ去る。
「トージ!」
「っ!? ま、待てっ!」
ミーコ達の一番近くに位置していたトージの名前を叫べば、ユーヘイの意図を汲んだトージが飛び出すように走るが、その行く手を阻むように複数のヤンキーが壁を作り、トージの邪魔をする。
「邪魔だ! どけっ!」
トージにしては珍しい怒声を浴びせ、ヤンキー達を次々に殴って道を切り開こうとするが、それでも他のヤンキー達が障害物となって立ち塞がり、トージは前に進めない。その間にミーコは従業員用のバックヤードへと連れ込まれ、その姿を消してしまう。
「トージ! こっちだ!」
ユーヘイは螺旋階段から下へ降りようとするが、下の階にもヤンキーがたむろしており、素直に外へ出る事も難しい状況になっていた。
「この野郎」
ユーヘイが目を細めて殺気を放ちヤンキー達を威嚇するも、ヤンキー達は青い顔をしながら障害物としての役割を果たし続ける。
「ユーヘイ!」
どうやってここから抜け出そうか、そう逡巡している間に、小脇にリョータを抱えたヒロシが鋭く叫び、近くの大きな窓に向かって拳銃の銃口を向けた。
「わぁお、マジで」
さすがのユーヘイもヒロシの行動に驚くが、ヒロシは猛獣のような横顔で、窓に向かって拳銃を乱射する。どうやらゴム弾では無く実弾にちゃんと入れ替えていたようで、強化ガラスは粉々になって砕け散る。
「先に行け! リョータを受け取れ!」
「はいよ!」
ユーヘイは躊躇なく割れたガラス窓から外へと飛び、まるで熟練のパルクール選手のような動きで受け身を取って、楽々と下へ着地する。それを確認したヒロシは、ぐったりしているリョータを情け容赦無く放り投げ、ユーヘイがしっかりリョータを受け止めた。
「あっちゃん!」
「マジで! ウッソでしょっ! あーもぉーっ!」
リョータを近くに横たえ、次にアツミを呼ぶと、彼女は真っ青な顔をして叫びながらも目を閉じて窓から飛び降りた。それをユーヘイがしっかりキャッチするのを確認したヒロシが続き、更にトージもすぐに飛び降りる。
「トージはリョータを持って車へ! あっちゃんも一緒に! タテさんは適当なバイクパクって! 俺は後ろに回る!」
キャッチしたアツミを立たせ、難なく着地するヒロシとトージに指示を出してユーヘイが走る。他の三人も指示された通りの行動を即座にし、それぞれがそれぞれに出来る事を最優先で行う。
「クソッ! しくった!」
まだ間に合う、そうポジティブに思い込みながらユーヘイは全力で駆け抜けるのだった。
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