第285話 逆風 ④

 黄物怪職同盟――


「はぁっ?!」


 無線から届いた報告に、テツは思わず信じられない目を無線機に向ける。


「それ、本当か?」

『残念ながら』


 無線の相手、それはテツと同じ自由放浪を愛するNPC、リバーサイドやエイトヒルズの裏路地を縄張りとしている『川べりのシンジ』からの情報であった。


 アップデートを重ねた事で、特定NPCと同盟関係を築けるようになり、シンジへ緊急連絡用の無線機をレンタルしていたのだが……まさかの一発目連絡がこんな状況の報告とは、さすがのテツでも予想外である。


『どこかから大量の資金が流れ込んだようで、底辺でくすぶってた奴らをそれで買収して、まるで軍隊みたいな統率された動きをしながら何かを企んでる、って気配だなこりゃ』

「……」


 小規模アップデートで多くの犯罪系NPC予備軍が追加された。そいつらは本当に小悪党で、犯罪をしなければ一般市民と大差のない存在である。その追加目的は、もっとDEKAや探偵、イリーガル探偵などが低難易度で多くの経験を積めるクエストが欲しい、というリクエストに応じた追加要素であった。


 犯罪予備軍達は常にくすぶっている状態で、運営が設定した所持金により犯罪行動を起こす、という状態。前回はここの設定で祭会場になってしまったが、現在は修正されている。


 彼ら犯罪予備軍の設定された思考ロジックも、勤労で金銭を獲得するのを悪と定義されており、ギャンブルで一発どかんと当てて夢の生活とか、他人の大金をくすねて楽に生きる、というド畜生真っ青なAIを積んでいるため、まともで建設的行動をする存在はいない。


 何より、基本、彼らは常に金欠状態なのだ。それが端金であろうとも、日給五千円だろうと、最終的にもっと大量のお金がゲット出来るというニンジンがぶら下がっていれば、ホイホイとついていくだろう。


 これはプレイヤー達が知らない情報だが、よりランダムに、よりバラエティーに拡大していくクエスト生成を目標としている犯罪予備軍NPCは、運営の監視網から故意に外されている。だから、今現状引き起こされている状態を、実は運営は把握していない。


 この状態に気づいているのは、多くの自由放浪系じょうほうやNPCと縄張りを監視している三大YAKUZA組織の構成員、そしてプレイヤーではテツと不動 ヨサクの二人だけであった。


「裏にいる奴は?」

『テツっつぁんのご同輩』

「……ちっ」


 様々な予想を頭の中で組み立て、色々と悪い予感を感じながら、それでも間違っていると嬉しいなぁーなんて、甘えを出しながら確認すれば、やっぱり思った通りの答えが帰ってきてテツは舌打ちをする。


『とにかく俺だけじゃ目が足りない。他の奴らに声をかけても?』

「頼む。情報提供料と活動燃料こうきゅうしゅは全部こっちで持つ」

『ひゅ~♪ 本気だ』

「ああ、ちょっと、な」


 シンジの茶化すような口調に、テツは仄暗い目をしながら応じる。表面上はいつも通り飄々としているが、その内側ではどす黒い炎がメラメラと燃えていた。


 実はテツ、リアルでは日本を代表する巨大企業の創業者一族の出身である。つまりは大企業の社長様だったわけだが、現在は後任を息子に譲り、多忙に多忙を重ねて人生を損していた分を補完するために、嫁と一緒に黄物ではっちゃけているところだったりする。


 今回ユーヘイがサルベージした少女が暮らしている地方、そこで現在進行系で起こっている事象を知り、かつての記憶が呼び起こされ、怒り狂っていたのだ。


 テツとカテリーナは実の親子である。つまりそれは、巨大企業の社長令嬢である事を意味する訳だが、そうなると色々と面倒事がつきまとう。


 例えば結婚。カテリーナと結婚出来れば、巨大企業の縁戚として便宜を図れるようになれる、かもしれない。もしかしたら重役に食らい込める、かもしれない。上手く事が運べば社長に手が届く、かもしれない。そんな頭の中お花畑した連中が群がってくるのだ。


 それ関係で一番手段を選ばない事をやらかしたのが、絶賛現在逃亡中の地方企業社長一族である。つまり、現在優良ギルド認定されているプレイヤー全員から狙われている『世界の敵』その人。


 カテリーナが本気になっているのも、テツが本気になっているのも、それ以上に仄暗い感情を燃やしているのも、全てその事が原因だ。


 実際に何をされたか詳細は省くが、本来器が大きく滅多な事では部下を叱責する事すら無かったテツが、周囲の人間がドン引きするレベルで怒り狂った、とだけは記しておく。


『んじゃまぁ、追加で何か分かったら逐一連絡する』

「頼む。いつでも対応できるようにしておく」

『あいあい!』


 無線が切れ、張り詰めていた空気を緩ませるように溜息を吐き出したテツは、無線機をテーブルに置いて目頭を揉む。


「旦那ぁ、大丈夫ですかい?」

「ん? ああ、大丈夫だ」

「あんま、大丈夫って顔してませんけどねぇ」

「……はは、すまんな」


 黄物怪職同盟でもニッチもニッチな職業、『マンホール調査員』のジョブを持つ仲間が、ワンカップの特徴的ガラス瓶にコーヒーを注ぎながら気遣う。それにテツは力無く応じながら、まるで熱燗でも飲むようにコーヒーをすする。


「ちょっとした後悔だ」

「……あぁ、あの時、潰せませたもんね、あそこ」

「ああ」


 実は『マンホール調査員』のジョブを持つこの男、テツを長年支えていた筆頭秘書が中の人だったりする。高学歴、高収入、顔良し性格良し、という天は何個の才能を与えたのか、という人物なのだが、マンホールを偏愛するという残念な癖を持つ初老男性という実態である。


「やってる事がって言うのが、な」

「お嬢様の時は男でしたが、今回は女の子ですから、ねぇ」

「ああ、腐ってやがる」


 ワンカップの表面、真っ黒なコーヒーに映る自分の、アバターの顔を見ながらテツは疲労感を全身から放出する。そんなかつての上司に苦笑を見せながら、マンホール初老は明るく吹き飛ばす。


「でも、ユーヘイ氏が動いてますよ? きっと全部、一切合切情け容赦無く更地になるんじゃないです?」

「……」


 マンホール初老の言葉に、テツは虚をつかれた表情を浮かべ、次の瞬間、腹を抱えて大爆笑する。


「違いない! 全くもって違いない!」


 ユーヘイは預かり知らぬ事だが、トージの時ですら物凄い現象を引き寄せたのだ。それこそ市議会議員が数名、大中小企業の悪徳寄り経営者が複数名、事実を隠匿したジャーナリストが大量に社会的死を迎えている。それこそ『慈悲ぃ~? んなもんねーよ』と言わんばかりの社会的報復を受けた。その時より確実に規模が大きい現在の状況、それのトリガーを引いたのがユーヘイとあれば……この後に引き起こるだろう現象は前回の比ではないだろう。


「ならこっちは『世界の敵』をとっとと排除して、黄物の日常を取り戻そう。それと息子に連絡して、もしかしたら必要になるかもしれない事を伝えてくれるか?」

「もう娘にお願いしました」

「はっやいなー相変わらず」

「何十年、あなたの下で苦労させられたと思ってるんですか。せっかく老後の余生をこんなに楽しい事で過ごせてるんです、邪魔させる訳ないでしょ? 嫁だって忙しいんですから」

「……」


 ちなみにマンホール初老の相方、お嫁さまは『郵便ポスト調査員』である。真っ赤な郵便ポストに推し活している有閑マダムみたいな外見の女性だ。ある意味、最強にお似合いカップルなのかもしれない。蛇足だが、彼らの一人娘は日本全国の絵馬を集めるコレクターだったりする。まさにある意味でのエリート家族。


「なんです? その目は」

「いや、人の幸せはそれぞれだな、と思っただけだ」

「……今度、奥様に旦那様が隠し持っているウィスキーコレクションの場所の情報をリークしておきますね」

「ぅおーい! やめーや! 最近はこっちで飲酒してなんとか我慢できてるんだ! せめてコレクションを眺めるだけは許されるべきだと思うんだよ!」

「そう言ってチビチビ飲んでるの、バレてますよ? 時々、嫁経由で奥様の苦情がこちらに来ますし」

「……ノ、ノンデナイヨ」

「毎日数値をチェックされてるのに、バレないはずがないでしょうに……医者に止められてるんですからやめましょう? 本当に手遅れになりますよ?」

「う、ううぅぅぅぅ」

「はいはい、じいさまが上目使いしても可愛くありません。孫とかでしたら一発で……ああ、そうですね、お孫様に『じーじーおさけくさい』って言葉を仕込めば――」

「それだけは絶対やめろぉぉぉぉぉっ!」


 暗い雰囲気は一層され、いつもの黄物怪職同盟の空気感が戻ってきた事に、黙って成り行きを見守っていた仲間たちが、生暖かい視線を向けるのであった。

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