第284話 逆風 ③
これ以上、寒いコントをしててもしようがない、という結論が出たので当初の予定通り、とっつぁんに教わったゲームセンターへと向かった。
「うわぁお、なるほど、そう来たか」
「確かにあるあるではあるな」
「昔っからこの形だったんです?」
「ボウリング場とゲームセンター」
向かった先にあったのは、屋上に巨大なボウリングピンのオブジェが飾られた、大きい体育館のような形状をした建物で、『夕日ボウリングセンター&ゲームセンター』という巨大看板が飾られている。
「リアルでも併設されているんだっけ? 今でも」
「どっちかと言えば、総合アミューズメント施設って感じで、ゲームセンターもあれば、ボウリングもあれば、カラオケもあれば、運動場もあるみたいな作りをしてますけど。高校に入る前くらいなら友達と良く行ってました、フットサル目的で」
「おじさんの記憶では、こういう古いタイプの施設が次々潰れて、廃屋になって地元の心霊スポットになるまでがセットって感じだった」
「ああ、病院の廃院とか重なると、地元最強の心霊スポットみたいな扱いになったり?」
「なったなぁ。地元の不良グループの溜まり場になって度胸試しみたいな事やって、本当にヤバい現象引き当てるまでがデフォ」
「地元の七不思議みたいな都市伝説が流行るんですね、分かります」
「七不思議なのにいっぱいあるのもデフォだよなぁ」
あまりの懐かしさに、若かりし頃の記憶が刺激されて、栄光の八十年代あるあるを語りだすおっさん二人に、リョータは呆れた目を向け、ミーコは分からずキョトンとした表情を浮かべ、トージとアツミはやれやれと肩を竦める。
「入っていいのか?」
ジト目を向けて聞いてくるリョータに、ユーヘイとヒロシは苦笑を浮かべて、どうぞどうぞのジェスチャーをする。その様子に溜息を吐き出しながら、ミーコの腕を優しく掴み、リョータはずんずんと歩き出す。
「く、黒須君?!」
いきなりの接触に目を白黒させるミーコの声を無視し、リョータは振り返りもせず一直線に入口を目指す。その耳が少し赤く染まっているのは、武士の情けとして見ない事にするユーヘイとヒロシ。
「腹をくくったのかね?」
「どうだろうな。でもまぁ、ちゃんと加減して掴んでるようだし、その点はポイント高いとは思う」
リョータの行動変化にユーヘイがポツリと呟き、ヒロシがそれに小声で返事をしながら、二人も彼らを追うように歩き出す。
ボウリングピンが飾られている真下にある、正面入口の大きな自動ドアを通り抜けると、まず聞こえてくるのはレーンを転がるボールの音と、ボールによって弾かれるピンの音。それが大音量で方々から襲いかかってくる。
「平日の午前中なのに! こんなに客って入るもんなのか?!」
結構ひっきりなしに聞こえてくるボウリングをプレイする音に、ヒロシが思いっきり顔をしかめて大声で確認する。
「分っかんねぇっ!」
ユーヘイも大声で返しながら、立ち止まってしまったリョータとミーコに近づく。
「大丈夫か?」
顔を耳に近づけて声をかければ、リョータはビックリした顔で数回頷き、ミーコは両手で耳を押さえながら頷く。
そんな二人の様子に優しい目を向けつつ、ユーヘイは周囲を見回して目的の場所を探すが、周囲にゲーム筐体が置かれているような場所が見当たらず、かわりに受付カウンターが見えたので、そこで受付をやっている職員に聞こうと近づく。
「すみません! ゲームセンターってどこですか?!」
大声で尋ねると、受付の女性は入口近くにある螺旋階段を指差し、二階へ行けとジェスチャーをした。
「どーも!」
ペコリと頭を下げ、ユーヘイは仲間達に天井を親指で指差し、螺旋階段に向かう。
螺旋階段を登って二階に上がると、下の喧騒とはまた違った音の洪水が襲ってくる。
「うっわ、懐かしい」
色々な電子音楽が入り混じった、どれがどのゲームの曲か分からない状態の騒音。フロアーに漂う紫色の煙。タバコの匂いとプレイしている人間がつけてる香水が混じった、なんとも言えない匂い。まさにそこはゲームセンター最盛期の風景がそこにはあった。
「下よりはマシな音レベルなのは助かるな」
微妙にノスタルジックを感じる光景に苦笑を浮かべ、さり気なく周囲を警戒しつつヒロシが言う。
「でも、ちょっとくちゃいですよ?」
「ああそうだった。システム画面を開いてみ。リョータとミーコも」
「え? は、はい」
「ん?」
「システムの環境設定に嗅覚感度って項目があるだろ? 鼻のマークがついてる項目な」
「あ、あります」
「そこの不快に感じる匂いってのがあるだろ? そこにチェックマークを入れてみ」
「……あ、タバコの匂いが消えた」
「臭くないです」
「煙っぽいのは消えないのか?」
「ま、そこは演出だからな、匂いだけでも消えれば楽だろ?」
ユーヘイのお陰で不快な匂いを感じなくなったリョータ達は、少しホッとした表情を浮かべる。同じくトージとアツミも助かった雰囲気を出し、彼らの様子にユーヘイは少し微笑む。
「さて、こっからはお任せして大丈夫かな?」
周囲をざっくり見回し、これなら大丈夫だと判断したヒロシが、リョータとミーコに聞けば、二人はキリリと表情を引き締めて頷く。
「OK、俺達は基本口出しはしないから、好きなように動いてごらん」
ヒロシが体をずらし、行っておいでとゲーム筐体がある方へ片手を向ける。リョータとミーコはお互いの顔を見合わせ、一度頷き合うと自分達で前に進んでいった。
「さて、お仕事お仕事」
二人が見える位置を意識しつつ、ユーヘイも動き出し、トージとヒロシも別々の方向へ散らばる。アツミは螺旋階段近くに置いてあるベンチに座り、全体が見えるポジションを確保する。
「ま、頑張れ」
自分達とさほど年齢が違わない、けれど尖った印象のある少年達がたむろする場所へ向かう二人に、ユーヘイはエールを送りながら、再現度が高いレトロゲームを映し出すゲーム筐体の画面を、楽しげに見て回るのであった。
――――――――――――――――――
「は? それマジか?」
「へい。あっしも初めての事で戸惑ってやす」
「……」
リバーサイドで一番情報が集まる場所、三大YAKUZA組織の一角、龍王会の下部組織が運営する闇カジノ、そのバーでカルーアミルクが入ったグラスを片手に、情報屋からの情報を聞いた不動は、丸いサングラスをずらして情報屋を睨む。
「前回の時みたいなガセじゃないよな?」
「あれは……その、すんません。でも、今回のは自分で見た事ですから、間違いありません」
「……」
闇雲に歩き回って見つかるもんでもないし、ダメ元でNPC情報屋に怪しい感じのプレイヤーはいないか聞いてみたら、まさかの情報有り、しかも結構面倒臭い感じの状況。思わず情報の正確性を疑って聞けば、情報源が目の前の情報屋本人の目撃情報だとか……不動は思わず天井を仰ぎ見る。
「龍王会系列に所属すら出来ないチンピラ集団をまとめ上げるノービスプレイヤー、な」
「へい。あっしにはどこにでもいる一般人に見えました」
「……」
手に持ったカルーアミルクを口に含みながら、不動はモミアゲを撫で付ける。
――YAKUZAプレイヤーが闇落ちした形で、アンダーの鬼王会系列の組に所属する、っていうのは有るって聞いたが……ノービスがYAKUZA以下とはいえ、チンピラをまとめて動かす? なんじゃそりゃ? そんな事できるのかよ――
不動はグラスを揺らして氷を鳴らし、ジャケットの内ポケットに手を突っ込み、一万円札を三枚取り出して、指先に挟み情報屋に差し出す。
「目撃した場所は?」
情報屋はニヤリと笑って万札を受け取り、立ち上がりながら追加情報を口にする。
「北柳地区にあるコンテナヤード。これからもご贔屓にどうぞ」
情報屋は身だしなみを整えて立ち去る。その背中を見送らず、不動はカルーアミルクを揺らしながら重い重い溜息を、深く深ーく吐き出すのであった。
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