第287話 逆風 ⑥

 ボウリング場の裏手に回り込もうと、建物の角から勢い良く飛び出すユーヘイを、まるでタイミングを図ったようにして族車仕様のバイクが突っ込んで来た。


「うおっ?!」


 直撃コースであったが、何とか轢かれずに車体を躱す。邪魔するんじゃねぇよ、と走り去るバイクに視線を向けて、ユーヘイはギリリと奥歯を噛んだ。


「っ!? の野郎っ!」


 襲ってきたバイクの後部座席には、無理矢理運転手の体に巨大なベルトで固定された、ミーコと思わしき人物が乗っていて、ユーヘイはすぐさま走ってバイクを追う。


「だから毎回毎回! 人間とバイクじゃ馬力が違うんだよっ!」


 しかも今回はリョータ達のステータスに合わせる形になっているので、ステータスやスキルの恩恵がいまいち弱く、いつも以上にバイクとの距離が離れていく。


「くそぉっ!」


 このままだと逃げられる、そのタイミングでユーヘイの前にヒロシの乗ったバイクが止まった。


「乗れ!」

「キャー! タテさん素敵ぃー!」


 ピョンと飛んで後部座席に飛び乗り、グッとヒロシの腰に腕を回して体を固定する。その感触を確認してから、ヒロシはアクセルを全開で回す。


「どうなってんだこれ!」

「わっかんねぇっ! わっかんねぇけど奪還する!」

「おう!」


 一連の流れにどのような意図が含まれ、誘拐という手段が実行されたのか、そんな背景は一切分からない。分からないが、予感としてミーコが暮らす地方の奴らが逃げ込んできた事と関係がある気配はひしひしと感じていた。


「このまま逃がすのは! マジでヤバい気がしてる!」

「奇遇だな! 俺も不味いってガンガン頭の中で叫ばれてる!」


 ユーヘイが怒鳴るようにして言えば、ヒロシもシリアスな表情で怒鳴り返す。この手の第六感的勘という奴は、悪ければ悪い程良く当たる。その事を良く理解している二人は、滅多に見せる事の無い本気ガチモードで逃げるバイクを追う。


「トージ! まだかっ!」


 バイクとバイクでは止めるのが難しい。ましてや相手は人質を連れているのだ、ここは車が欲しい。ユーヘイはそう思ってネックマイクを動かし、無線に吠えた。




――――――――――――――――――――


「ちゃんと無傷で連れてきやしたぜ?」


 舎弟がそこら辺で捕まえてきた、ミーコと同じような体格をしている女を、偽装して走り去ったボウリング場の裏手。


 まんまと厄介者を追い払う事に成功したのを確認してから、遅れてやって来た依頼主の外車へ、彼らに指定された通り後ろ手を荒縄で縛ったミーコを詰めながら、ヤンキーがドヤ顔で言う。


「やるじゃねぇか」

「ああ、まさかを出し抜けるとか、マジでやるじゃねぇかよ、おい」


 男にしては珍しく興奮気味に、運転手の男は満面の笑みで体を叩く。そんな二人の称賛に気を良くしながら、ヤンキーはニヤリと笑って手を出す。


「ああ、分かってるよ。ほれ」


 男はヤンキーに分厚い一万円札を丸めた束を投げ渡す。それを受け取ったヤンキーは、札束を束ねる輪ゴムを外し、一万円札の数を確認する。


「へへへへへ、また今度、良い仕事があったら回して下さい」

「おう、お前だったら次も上手くやれそうだ。そん時は頼むわ」

「へい!」


 予想よりも多い報酬に、ヤンキーはホクホク顔で背中を向ける。こちらを全く疑わない、信頼しきった無防備な背中を見せるヤンキーに、運転手をしていた男は残念な生き物を見るような目を向けながら、懐から拳銃を取り出して頭に狙いをつけて引き金を引いた。


 パン! と乾いた音が響き、ヤンキーは手に持っていた金をその場にばら撒くようにして、力無く顔面から地面に倒れる。ピクリとすら動かない様子のヤンキー、一発で仕留めた事に妙な達成感を覚えつつ、運転手の男はヤンキーを足先で引っくり返す。


「本当、お疲れさん」


 ニヤケ顔で絶命するヤンキーの頬をペチペチと叩き、一ミリも労う気持ちが困ってない言葉を投げつけ、ニタニタといやらしい笑みを浮かべながら、ぶちまけられた一万円札を手早く拾い集め、ズボンのポケットに乱暴に突っ込む。


「酷い奴だなぁ」

「俺達が立ち去るまで気を抜かなきゃ、俺だって殺しはしませんぜ?」

「ふっ、まぁ、資金が節約出来たのは確かだな」

「最近は物価も高いからな」


 初めから始末をする気だった事をおくびにも出さず、二人は外車に乗り込む。運転手の男は運転席に、もう一人の男は助手席へ。


 助手席の男が、後部座席のミーコに視線を向けると、ミーコは顔を真赤に紅潮させて、何かに耐えるような動きでもぞもぞと悶えていた。


「っ……ぅっ……」


 妙に色っぽいミーコの様子に、男は妙なモノを見るような目で凝視し、ついで困ったように運転席の男に視線を向ける。


って言ってましたぜ?」

「……どう見ても小学生か中学生にしか見えんが?」

「物凄い性欲が強いヒヒジジィに貢ぐとかなんとかで、何か漢方とか色々やってるとか。荒縄とかで縛れば絶対に抵抗出来ないって、自信満々に言ってましたぜ。まぁ、こんな依頼出すくらいのクソ野郎ですし、驚きもしませんがね」

「……やれやれ、だな」


 相棒の言葉に薄ら寒いモノを感じながら、男は少しだけミーコに同情しつつも、自分の事では無いからと意識の外へ追い出す。そして気を取り直し、これからの予定を相方に確認する。


「受け渡し場所は?」

「リバーサイドの例の場所」

「地下集積所、か」

「龍王会もよーやりますよ」

「鬼皇会と星流会相手にするんだ、なりふりなぞ構ってる余裕はねぇだろ」

「そりゃそうっすけどね」


 運転手の男がエンジンキーを回し、助手席の男は懐からタバコの箱を取り出す。


「引き渡しの時、俺達も注意しねぇとな」

「ちげぇねぇ。俺達まで、ズドン、されちまったら笑えねぇわ」

「ああ、高い買い物だったが、せめて役立たせてもらう」


 タバコに火を点け、タバコの箱を懐へしまいながら、左脇に隠し持つ拳銃を指先で撫で付ける。その頼もしい鉄の冷たい感触に薄く笑みを浮かべながら、男は体重をシートに預ける。


「これが終われば、俺達も龍王会の傘下組織に所属出来る資金が手に入る」

「やっと、だな?」

「ああ、やっとだ。はみ出し者にゃ、はみ出し者のやり方でしか出世できない」

「全く、世知辛い世の中ですぜ」

「悪党やるのも楽じゃねぇよ」

「違いねぇ」


 二人はゲラゲラ笑い、明るい未来を夢想しながら車を走らせる。そんな二人が見ていない後部座席で、刷り込まれた快楽と刻み込まれた条件反射と戦いながら、ミーコは必死に体を動かし、上半身を反らせながら窓から自分の顔を外から見えるよう努力する。


 ――良ちゃん……助けて……――


 もう覚えていないかもしれない、辛い事があって忘れてしまったかもしれない、けれどミーコは、姫子はどんな時でも自分の事を支え続けてくれた言葉にすがる。谷田 良太が東谷 姫子に与えてくれた希望の言葉に。


『姫子ちゃんがピンチの時、絶対、僕が助けてあげる! ヒーローみたいにぴゅーって!』


 みそっ歯で太陽のように笑うかつての良太少年の顔を思い浮かべ、ミーコは再び心の中で吠えた。


 ――良ちゃん! 姫子を助けて!――




――――――――――――――――――――


「っ!? ぐっ?! んん?!」


 何かクッションが効いた場所に放り投げられ、その衝撃で気がついたリョータは、殴られた頬をとっさに押さえながら、周囲を見回す。


「気付いたか?! これから誘拐されたミーコちゃんを追う!」

「へ?! え?!」


 リョータは運転席に乗り込むトージに言われた言葉に目を白黒させる。


「殴られたのは覚えてるか?」

「え、う、はい?」


 確かユーヘイが叫び、何だろうとミーコから視線を外した瞬間、ガツンと衝撃が来て、そこでプツンと気絶のバットステータスになったのは覚えている。


「お前が殴られた後、ミーコちゃんが誘拐された。今、先輩達が追ってるから、こちらも合流する!」


 いつもの好青年という感じじゃないトージの様子に圧倒されながら、リョータはとりあえず頷いて、その場にちゃんと座り直す。


『トージ! まだかっ!』


 無線からユーヘイの切羽詰まった声が聞こえ、助手席に座るアツミがネックマイクを動かす。


「今、車を動かす。そっちの場所は?」

『ボウリング場から出て、真っ直ぐセントラル方向に向かって走ってる!』

「了解……マップも連動してる、今から合流を目指すね」

『頼む!』


 トージがエンジンキーを回し、車を急発進させる。


「うわっ?!」


 あまりの急発進にリョータはリアドアガラスへ顔面を貼り付ける。ギュムっと潰されるように、顔面を押し付けて外を見せられ、リョータはすぐ近くを通り過ぎた外車に視線が吸い寄せられた。


「っ!? ストップ!」

「っ?!」


 リョータが腹の底から出した声に、トージが驚いてブレーキを踏む。


「今の車! 後ろにひめ、ミーコがいた! 絶対いた!」

「え?!」


 リョータの言葉に、トージは助手席のアツミに視線を向ける。アツミはリョータをジッと見て、走っていく外車に視線を向けて、パトランプをルーフにつけて鳴らす。


「逃げた! トージ君! 追って!」

「っ! 了解!」


 アツミの指示にトージは再びアクセルを踏み、軽くドリフトをしながら方向転換をし、逃げ出した外車を追う。


「こちら浅島! ユーさん! そっちは囮みたい! こっちにミーコちゃんが乗せられた車がいる!」

『はぁっ?!』


 外車を追い始め、そのフロントガラス越しにミーコの紅潮した顔が見えた。


「ミーコ!」

「マジか! でかした! リョータ!」


 トージはぺろりと唇を湿らせ、ギュッギュッとハンドルを握り直し、本気スイッチを全開で押すのであった。

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