第288話 逆風 ⑦

 自分達が追いかけているのが囮と分かったが、ヒロシとユーヘイはそこから離脱する事が出来ずにいた。


「ち! わらわらと!」


 アツミからの無線を聞いてすぐ、二人はアツミ達と合流する方針へと予定を変更したのだが、まるでそのタイミングを分かっていたように、こちらのバイクを取り囲むよう族車の集団が現れたのだ。


「どうにかならないか?!」


 続々と集まってくる族車を忌々しそうに睨みながら、ヒロシが怒鳴るように聞く。


「素直にこっちを攻撃してくれれば問答無用が通用するんだが!」

「ただ並走してるだけって言い訳が通るってか?!」

「そういう感じ! だからどうにか切り抜ける方法を見つけよう!」

「ちっ! 知恵の回るヤンキーもいるもんだ!」


 相手はこちらの速度に合わせて走っているポーズをしている。時々、進路妨害っぽい動きをする奴らもいるが、それだって『たまたまそういう風に見えた』という弁が通る程度に抑えている。素直に相手が上手であると褒めるレベルで、こちらの行動を阻害していた。


「タテさん! 向こう!」

「っ! マジかっ!?」


 周囲を見回していたユーヘイが、道路に停車しているキャリアカートレーラーを指差す。トレーラーの後部が地面に設置された状態で、まんまジャンプ台になっているのを見て、ユーヘイが何をしろと言ってるのか理解したヒロシは、『お前、アホだろ!』と暴言を吐き出しながら、それでもアクセルを思いっきり回す。


「止めろ! 行かせるな!」

「塞げ塞げ!」

「逃げられるぞ! 止めろ!」


 ヒロシが何をしようとしているのか、それを察したヤンキー達が怒鳴り散らし、バイクの進路を妨害しようと邪魔をし始める。


「捕まってろ!」

「いえっさーっ!」


 ヒロシがバイクにべったり張り付くように体を密着させ、ユーヘイも邪魔にならないようにきっちり密着する。その状態で進路を邪魔するヤンキー達を軽やかに避け、ぐんぐんとスピードを上げてトレーラーの荷台に近づく。


「口閉じろ!」

「っ!」


 ガゴン! と荷台に乗っかり、そのまま猛スピードで荷台を駆け上がり、バイクは空を飛んだ。


 ふわりと体が浮く感覚がした直後、グンと真下へ引っ張られ、ヒュン! と体の中心で何かが縮こまるような不快な感触を覚えたと思えば、全身を揺さぶる衝撃が真下から突き上がってきた。


「ぐっ!?」


 やった事のないスタントショーを初体験な上に成功させろ、というアホのような難易度をやってのけたヒロシは、暴れる車体を全身を使ってなだめ、ギリギリ倒れないで何とか車体を立て直してみせた。


「このまま合流――」


 するぞ、と言いかけたヒロシは目の前に広がる光景に、鋭く舌打ちする。


「おいおいおいおいおい」


 ヒロシの舌打ちに上体を起こしたユーヘイは、その光景に引きつった笑みを浮かべた。


 是露腐暗斗無ゼロファントム棲斗恋邪悪ストレンジャー猥留怒猫ワイルドキャット悪邪挫悪アナザー……それ以外にも中小の族達の旗がはためき、大通りを封鎖するよう族車がバリケードのように止まっていた。


「これ、どうするよ」

「どうしよう」


 スピードを落として周囲を見回すが、大通りだけじゃなく、狭い道も族車が塞いでいて逃げ場がない。そうこうしているうちに、まいた他のヤンキー達が合流してくる。二人は完全に進路も退路も塞がれた。


「もう、こうなったら、大量の始末書覚悟で拳銃解禁する?」

「ゴム弾だから、死にはしないからな、そうするか?」


 言っている場合じゃない事は二人も分かっている。何より優先すべきはミーコの安全だし、彼女の不利益となるような事象から守る事がユーヘイとヒロシの義務だ。


 ただ、ここで暴力で全てを解決するようなムーブをすると、後々に何が起こるか予想がつかないというのが恐ろしい。


「腹を括るか」

「ああ、まずはミーコを助けてから悩もう」


 二人が懐へ手を伸ばそうとした時、後ろからけたたましいサイレンが鳴り響く。それはとあるドラマ用に改造されたサイレンの音で、現実の警察車両や救急車両には使われていないサイレンの音だった。


『こちら、ワイルド・ワイルド・ウエストの玉津たまつ リキヤだ。公道を占拠している君達の行動は、道路交通法で禁止されている行為である。今すぐ解散しなさい。解散しないのなら強制執行を開始する』

「「……わぁーお」」


 サイレンと共に聞こえてきた拡声器の声に、ユーヘイとヒロシは顔を見合わせ、ニヤリと笑う。


『こちらワイルド・ワイルド・ウエストの団長。「第一分署」の二人、聞こえるか?』

「「わあーお! 最高!」」


 更に無線からWWWのギルドマスターの声が聞こえ、二人は満面の笑顔でガッツポーズをする。


「こちら大田! 聞こえてるよ!」


 ネックマイクを動かして、弾む声で返事をすると、空からバババババババババババ! という空気を切るような音が聞こえてきた。


『了解、これから道を作る。諸々の借りを今、大量の利子と熨斗付けて返す』


 背の低いビルの上から、桜の代紋を鼻先に付けたWWWポリスのロゴが入ったヘリコプターが飛んでくる。


「まぁーじでぇーっ!」

「昭和絶頂期の軍団じゃねぇですかっ!」


 角刈りに特徴的なサングラスをかけて、ワイシャツに青のベスト、真っ赤なネクタイにベストと同色のスラックスを履いた男が、指抜きグローブをはめた手を振る。


「「団長! かっけぇーっ!」」


 WWWギルドマスター団長が、コックピットの後ろでドアを解放し、ステップに片足を乗せながらショットガンを取り出す。


『行くぞ』


 ヘリコプターが族達の一番固まっている場所へ、その真上を通り抜ける。その時、団長が持つショットガンが火を吹き、派手な炸裂音が轟いた。


「ぅおおぉい! 撃ってきた?! 撃ってきたって?!」

「聞いてねぇぞゴラァ! おうゴラ! てめぇ! どうなってんだオウ?!」

「やってる場合か! 逃げるぞ!」

「ちょっ!? 報酬は?!」

「知るか! こんな無茶苦茶な状態で金もクソもあるか!」


 団長の一発でヤンキー達が浮足立つ。そこへさらなるダメ押しが。


『おらおらおら! 解散! 解散! 解散!』

「「「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」


 別の道路を塞いでいたヤンキー達に向かって高圧放水が直撃する。中型の族車すら放水の威力で転がし、その空いたスペースから4WDの白い車が姿を現す。


 フロントバンパーの上にニ門、ルーフに二門、高圧放水用の放水砲が設置され、やはりフロントバンパーとルーフに強力なライトが設置されている。


『WWWの特機車様のお通りだ! 邪魔をするなら薙ぎ払うぞゴラァッ!』


 その白い4WDは次々と族車を放水砲ですっ転ばし、完全にヤンキー達のケツに火を点けた。


「やってられっか! 俺は抜ける!」

「お、俺も!」

「同じく!」


 道を塞いでいたヤンキー達が次々と離脱していき、道が出来上がっていく。


『こちらの誘導に従え』

「「了解!」」


 無線からの団長の指示に、ユーヘイとヒロシは敬礼をしながら返答し、彼らが作ってくれた道をバイクで駆け抜ける。


『まだ荒れそうな予兆はある。だが、そちらはこちらが担当する。「第一分署」はお姫様の元へ』

「団長! 最高!」

「思わず再就職したくなりました! 団長!」


 二人の無線に、ヘリに乗る団長は苦笑を浮かべ、片手に持つ空砲が詰まったショットガンを振る。


『このまま道なりにリバーサイド方面へ。現在、姫をさらった不埒者をニュービーの車が追ってる。リバーサイドは現在、かなり荒れている。注意されたし』

「「サンキュ!」」


 征くべき道を疾走していくバイクを一瞥し、団長はベイサイドとエイトヒルズ方向に視線を向ける。


『WWWメンバーへ、我々はこのままベイサイドとエイトヒルズの混乱を収束させる方向で動く。各員、カテリーナさんからの情報の確認を怠るな』

『『『『了解!』』』』


 団長は胸につかえていた重たい息を吐き出し、ヘリを操縦しているギルメンに顔を近づけた。


「こっちは遊撃だ、すまないが精神的に一番辛いポジションだが、頼む」

「お安い御用って奴ですよ! 久々にでっかい仕事で燃えてきたトコっす!」

「それなら良かった」


 これからもっと騒ぎが拡大していく、そんな予感を感じながら、団長はリバーサイドに向かった二人に軽く敬礼を向けるのであった。

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