第289話 逆風 ⑧

 WWWがユーヘイ・ヒロシの救出する前――


「カテリーナ、WWW動いてくれったって」


 実働部隊が積極的に調査に動き、各区画から多くの情報が吸い上げられていく中、ギルメンの指揮を一手に引き受けているカテリーナに、オペレーターの役割をこなしている仲間から報告を受ける。


 その情報にやれやれと肩を竦め、カテリーナは溜息を吐き出しながら首を横に振った。


「はぁ、真面目な殿方は好みですけども、真面目過ぎるのも面倒臭いですわ」


 つい先程、動きが鈍いと報告を受けたWWWの様子を知り、カテリーナが直接団長へ無線を入れ、その理由を聞き出した。


 運営からも覚え目出度き、黄物を代表するような優良ギルドと認識されているのに、ギルドマスターはおろか所属するギルドメンバー全員が自分達を迷惑プレイヤーであると認識しているという、そこのミスマッチにカテリーナがキレた感じであった。


「いやまぁ、彼らはそれで一度解散してるからね、そりゃぁ責任は感じるでしょ? むしろ今の状態まで持っていけたのが奇跡みたいなもんだし、さ」


 WWWが過去に行ったライブ配信でのやらかし。今となっては笑い話に昇華され、実際にはその配信から黄物デビューするプレイヤー層が一定数いるのに、それをやらかした側はいつまでもその事に責任を感じている。


 原因としては、つい先日までせっせとWWWの活動に張り付くいたアンチ勢力の存在。そいつらは常にWWWのライブ配信に張り付き、それはそれはうんざりするレベルでネガティブキャンペーンを行っていた。団長などはその事に大層心を痛めており、心無い言葉を投げかけられるギルメン達に申し訳ないと思い続けているのだ。そもそもアンチのコメントなどブロックしてしまえば終了してしまうのだが、まるでそれこそが自分が受けるべき罰であると、ギルドマスター及びギルメン達はブロックせずに受け入れてしまっていた、まるで贖罪でもしているかのように。


 だが調子に乗りすぎたアンチな人々は、愚かな事に一定のラインを超えてしまい、ネットリテラシーに目一杯厳しい運営側のアウト判定を食らい、無事に法定デビュー。社会的弱者であるアピールをするも、そもそも高価なVR機器を持っている社会的弱者がいる訳ねぇじゃねぇか、と論破された上で人生オワタレベルの判決が下された。


 WWWの配信に平和が訪れた訳だが、そんな状態になった今でもWWWメンバーの認識を一新させる力にはならなかった。だからカテリーナがキレて説教をかましたのが、つい先程の事である。


「そろそろ自覚しないと困りますわよ。確実に『第一分署』に並ぶ超実力派プレイヤーなんですから。しかもユーヘイさん並にブレないロールプレイ勢ですし、ちゃんと荒野の荒くれ警察のイメージそのままなんですから。彼らを目標に遊び始めた方々への、責任ってモノが発生するんですの。勿論、義務でも無ければ果たさなければならない責務って訳でもありません。けれど結局、どこかで向き合わなければなりませんの」


 能力を持つ者には結構な責任が発生する。それが望む望まない関わらず、どうしても付きまとう。WWWの団長は確実にその責任を果たす側だ。残念ながら、それは拒絶しようと逃げようとどこまでも付きまとう。だから結局は向き合って受け入れなければならない。うんざりするレベルでそれを知っているカテリーナは、往生際が悪いと肩を竦める。


「色々と大変だよね」

「はい」


 全く持ってその通りと、カテリーナは苦い感情を飲み込みながら頷く。


「でも、合格点はあげましょう。これでまだうだうだしてましたら、直接行ってお尻を蹴り上げているところですわ」


 プリプリと怒るカテリーナに、仲間はクスクスと笑い声をあげる。その反応に納得いかない表情を浮かべていると、別の仲間から報告が入った。


「水田先生から、星流組の組長と面会するって」


 その報告にカテリーナとオペレーターの仲間が顔を見合わせる。


「そこまで責任を果たさなくても良いんですよ? 水田先生……」

「これぞユーヘイマジック」


 カテリーナは悩ましげに頭を押さえ、オペレーターの仲間は乾いた笑いを浮かべながら、超空間ワープ航法で進化を促したプレイヤーの名前を呟くのであった。




――――――――――――――――――――


 金大平 水田――


「本日はお時間を割いて頂き、ありがとうございます」


 真新しいイ草の匂いが心地よい、純和風の広い客間。趣味の良い掛け軸や、確実に価値が高そうな陶器などが飾られている。


 そんな超高級空間に不似合いな、ヨレヨレの絣の単衣にやはりヨレた羽織、同じくヨレヨレの袴、といつも過ぎる貧相な格好で、用意された高級なふかふか座布団にちょこんと座る水田が、上座の人物に胡散臭い笑みで言う。


「よう言うわ。いきなり来て、俺に会わせろと抜かした奴が言うセリフじゃねぇぞ、それ」


 パリッと糊が効いた上等な布を使った着流しを着て、装飾がハンパないキセルに煙草を詰めながら、強面と言うよりかは好々爺と言う感じの、初老男性が苦笑を浮かべる。


 星流組組長、星光院せいこういん 清志きよし。セントラルとリバーサイドを除く、ほぼ全ての区画を牛耳る三大YAKUZA組織の一角を支配するYAKUZAの中のYAKUZA。生きる伝説とまで言われる人物を前に、水田は全くいつも通りだった。


 自分の両隣に星流組の実行部隊の幹部連がズラリと並び、自分へビシバシ鋭い眼光と殺気を向けているのに、水田は全く凪の状態でそれを受け流す。


 そんな様子に清志はつまらなそうに鼻を鳴らし、手に持つキセルに火を点ける。


「んで? 何の用だ? 水田先生?」


 頬をすぼめて煙草を吸い込み、紫色の煙を鼻から吐き出しながら、好々爺の表情から鬼の形相で壮絶な笑みを浮かべる。だが、水田は全く動じる事も無く、出されたお茶を手に取りすすった。


「はぁ、随分高いお茶ですね、これ。美味しいです」


 飄々と、どこまでも風のように軽やかに、余裕の態度で清志の言動を受け流し、水田は透明な瞳を向ける。


「そうですね、こちらの用件は、せこいシノギをするな、って釘刺しです」

「「「「っ!」」」」


 高級そうな茶碗を両手で包むように持ちながら、水田が明らかに見下した態度で言えば、両隣の幹部連から殺気が溢れ出す。しかし、水田は揺らがない。どこまでも透明な瞳を清志に向け、何ならその口元には薄ら笑いすら浮かべて、どこまでも余裕の態度で座り続ける。


「せこいシノギ、な?」

「ええ、せこいシノギです。どこの誰とも分からない相手から、ただただ大金を払ってもらえる。それだけのシノギをするなんて、星流組の名が泣きますよ?」

「「「「……」」」」


 清志がチラリと幹部連に視線を向けると、数人の幹部が一瞬、気不味そうな表情を浮かべる。しかし清志は気づかない振りをし、キセルから灰皿へ煙草を叩き落として、新しい煙草を詰め始める。


「シノギはシノギだろ。そこにせこいも大義もありゃしねぇよ。こちとら泣く子も黙るYAKUZAなんだぜ? 水田先生よ」


 新しい煙草に火を点け、美味そうに煙を吸い込み、ぷはーと吐き出す清志。そんな大親分に水田は失望した視線を向けた。


「なら、貴方は我々の敵にすらなりませんね」

「あ゛あ゛あ゛ん゛?!」


 サラリと告げられた一言に、地獄の底から轟くような唸り声を出し、鬼神のような憤怒の表情を浮かべた清志が立ち上がる。だが水田は動じない。薄っすらと優しさすら感じる笑みを浮かべ、親切な提案をするような柔らかい口調でのたまう。


「今すぐ解体して差し上げましょうか? でしたら、とても簡単に終わらせられそうで、むしろ安心出来るレベルですけどね」


 ユーヘイの本気の威圧にすら届きそうな、物理的重圧に似たモノを感じながら、水田は涼しい表情で残った日本茶をすする。その様子に清志は、小さく息を吐き出して怒りの気配を散らす。


「随分とフカすじゃねぇか」

「いえ、事実を言っただけですよ」

「ちっ! やりにくい奴に目をつけられたぜ、ったく……」


 目を閉じ茶をすする水田に、清志はやってられんと座布団にドカリと座る。


「龍王会の縄張り方面から、正体不明の資金が流れてきてるのは把握してる。その金を使って、うちののがヤンチャしてるってのも知ってる」


 清志がキセルを揺らしながら言えば、視線を向けられて動揺した一部の幹部たちの表情が凍えた。そいつらにチラリと横目を向けた水田は、茶碗を茶碗受けに戻しながら、薄く笑う。


「ちょっと事情が事情なので、?」


 水田の言葉を聞いた清志は、クツクツと喉の奥を鳴らして笑った。


「ああ、そうかい。やれるもんならやってみな」

「ええ、その言葉が欲しかっただけですから」

「ちっ! 本当にムカつく小僧だっ! 用件が済んだならとっとと行っちまいなっ!」

「はい、ありがとうございます。せめて我々の敵になれるよう頑張って下さいね」

「……」


 水田はペコリと頭を下げると、ゆっくり立ち上がり、表情が凍りついた数人の幹部に絶対零度の視線を向けて、やはりゆっくりとした動作でその場から立ち去った。


 水田が屋敷から遠のくまで、無言の時間が続き、誰もが気配を殺す中で清志が立ち上がる。


「お前ら、もう好きにしろや。くれてやった盃は返せ。ったく、こっちにつけ入れられる隙なんぞ作りやがって……ここまでコケにされるなんざ、龍王会のボウス以来だ、気分が悪い」

「「「「……」」」」


 反応した幹部達が、真っ青な顔で俯く。


「だが、金大平 水田、か……くっくっくっくっ、なるほど何度もこっちのシノギを邪魔されるのも理解出来る」


 キセルを口に咥え、清志は奈落の底のような闇を瞳に宿し、口が裂けるような笑みを浮かべた。


「我々の敵になれるよう、な……面白え、実に面白え」


 さて、どうやって遊んでやろうか、そんな事を呟く清志を、幹部連中は畏怖の目を向けながら震えるのであった。

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