第290話 逆風 ⑨
セントラル・アンダーグランド――
「
地上に繋がる入口で、向かってくる有象無象のチンピラ相手に、鉛の弾丸をぶち込んでいるYAKUZAプレイヤーが、その報告に怒号のような歓声を上げた。
「っぱねぇな?! 水田先生っ!」
パリッパリにノリを効かせた白いYシャツの襟を立て、パーマ頭をリーゼントに固めた極悪な強面の、抗争系ギルド松竹組組長、ギルドマスター内竹アニィがゲラゲラと下品に笑う。
「つー事は……星流組の
「ひゃーはははははははっ! 本当、化けたよなぁ! あの金田◯もどき! なぁーにが自分は零細Vランナーだよ、完全にユーヘイルート追従してんじゃねぇかっ! ぎゃははははははははっ! っと! 行かせねぇぞっと」
ゲラゲラと大笑いしながらも、自分が求められている足止めをきっちりこなすアニィ。最近、とみに吹っ切った様子で元ネタの俳優の怪演を参考にするようになって、ますます迫力とカリスマ性が増したギルドマスターの言葉に、
ゲラゲラ笑って拳銃を乱射する
「後はこっちがきっちりここを守りきって、他の奴らも裏道を守りきれば」
「んだんだ、上の本命は『第一分署』がなんとかすべや」
「全く、毎回毎回、よくもまぁこうフラグっていうか厄介事をツモるよなぁ、あそこ」
「ユーヘイニキ、貴方、憑かれているのよ」
「洒落にならんからやめーや」
「憑かれてるとして、何に憑かれてるんだろうな?」
「良くて悪魔、悪くて邪神じゃね?」
「「「「笑えねぇ」」」」
冗談が冗談にならず、微妙な空気になってしまった場を、曖昧な笑顔を浮かべつつ運営が用意したコンテナに手を突っ込み、補充用の弾丸をバケツリレーのように手渡す。
セントラル地下にも出所不明の金が流れ込んでおり、それを受け取ったチンピラ達が地上へ大量流出しそうになった。それをいち早く察知したYAKUZAプレイヤー達が、様々な
その行動に運営から直接依頼が下り、運営が認めた優良ギルドとして、正式に運営から援助、この場限りの武器弾薬の供給を受けたのだ。
「助かっけどよ、YAKUZAプレイヤーに優良判定とか、運営トチ狂ってるんじゃねぇのって思ったわ」
手渡された弾を装填しながら、
「悪い気分じゃねぇだろ?」
ニヤニヤと分かってるような顔で言われ、小突かれた方は微妙に座りが悪そうな表情で頷く。
「否定はしねぇよ」
素直じゃねぇの、そんな言葉を投げかけられながら、松竹組は全力の防衛を続けるのであった。
――――――――――――――――――――
『すまん! 今、リバーサイドで合流できるように飛ばしてる! そっちはどうだ?』
待ち望んでいた声が無線から聞こえ、トージは大きく息を吸い込み、そのまま大きく息を吐き出して緊張していた体から力を抜く。
いつもならユーヘイなりヒロシなりが近くにいて、的確な判断と助言をしてくれる環境に慣れていたトージは、自分の運転に全てがかかっているという状況に知らず緊張していた。
常ならば軽妙なやり取りと冗談めかした軽口が飛び交い、緊張する要素なんて全然ない整えられた環境を用意してくれていた事を痛感しながら、それでもその
「残念ながらまだ捕まえられてないです」
通常状態に戻ったトージを横目で見ながら、知らず自分も緊張していたと自覚したアツミが、その緊張を解すように努めながらユーヘイへ返事をする。
『上等上等! 逃がしてないだけ御の字だ! こっちはまんまと釣られクマーやったからな! そのままとにかく見失わないようにだけ注意してくれ!』
ユーヘイ節とも言うべき軽妙なセリフに、トージとアツミの体から完全に緊張が抜け落ちた。そうすると自然顔には笑みが浮かび、切羽詰まった状況に見えないし感じない空気感へと変わる。
たった一回の無線で、ただただ声をかけられただけなのに、魔法のように劇的な変化をした二人の大人をリョータは驚きの表情で見る。そんなリョータの顔をバックミラー越しに見たアツミは、浮かべていた笑みを深めつつ、ネックマイクに手を伸ばす。
「そっちこそコケたりしないでよ? リバーサイドで会いましょう」
『タテさんの運転だから大丈夫だ! リバーサイドで!』
アツミの軽口にユーヘイも笑いを含んだ返答を返し、無線が切られる。ユーヘイからかけられた言葉を噛みしめるように、少しだけ目を閉じたアツミだったが、ユーヘイを思わせる豪快な笑顔を浮かべて、トージの胸へ裏手で軽く叩く。
「お願いね、ウチの次のエース」
「エースかどうかは抜きにして、オーダー了解しましたっ!」
今までとにかく突き放されないように、事故らないように、乱暴にならない消極的な猛スピードの安全運転を心掛けていたトージだったが、自分の中で何かがカッチリハマる音が聞こえ、ギアが上がったのを感じた。
「リョータ、ちゃんとシートベルト締めろ」
「へ?」
「ちょっと荒っぽくなるぞ」
「うぇ?!」
トージの言葉に慌てて自分にシートベルトを装着し、しっかり自分の席へお尻をねじり込むように深く座る。その様子をバックミラー越しに見ていたトージは、準備が整ったと判断してアクセルペダルを踏んだ。
「とっととそのお姫様を返してもらおうか!」
鑑識の山さん謹製のチューンナップエンジンが唸り声を出し、ガクンと車体が沈み込むような負荷がかかり、冗談のような加速が始まる。
「うおぉぉぉぉぉっ?!」
現実世界では車とは自動で動く存在だ。だから急加速も急制動も絶対にしないし、交通事故なんてモノは、一部の趣味人が自分で運転して起こす前時代的な物であるというのはリョータ世代の常識だ。人間が運転している車両というのは見た事がないし、だから無茶な運転というのを実際に体験した事もない。なので体がGで押し潰されるような感触を、遊園地のジェットコースター以外で体験する羽目になり、リョータは悲鳴に近い叫び声を出す。
しかもジェットコースターとは違い、こちらは決まった路線では無く、完全なるフリーランである。もうこれは純粋な恐怖だ。
「やっぱりこのままリバーサイドに向かうみたいだね」
「でしょうね! あそこは色々と犯罪絡みの秘密が多い場所ですからっ! っとぉっ!」
追っている外車の前に出ようと動き、そのルートを潰されて、相手と接触しそうになるのを叩き込まれたドライブテクニックで回避し、トージはニヤリと笑う。
「先輩レベルの底意地の悪さは見せてくれても良いんですよ」
グフフフフフと笑うトージに、アツミは同情した視線を向ける。
「ユーさん、トージ君には容赦ないもんねぇ」
「色々な訓練を受けて、結構な日数、その訓練の光景を夢に見て二重に訓練してました!」
「……トージ君、慣らされ過ぎ」
「出来て当たり前って言われるんですモン! 実際、縦山先輩なんかさっくり覚えちゃんですよ? やるしかないじゃないですか!」
「いや、うん、まぁ、あの、どどんまい?」
「いーんです! 自分、大田 ユーヘイの一番弟子ですから!」
「うん、そうだね、うん」
馬鹿な事を言いながらも、しっかり相手にプレッシャーを与える煽り方をしているトージ。それをまるで当たり前の事として信頼しているアツミ。そんな大人二人の様子に、リョータは慣れないGの感覚に悪戦苦闘しながら、羨ましそうな視線を向ける。
それは確実に信頼し合っている仲間同士の光景。心から信頼と信用を寄せて、不可能なんて無いと革新している光景。
自分が欲しくても手に入れられなくて、決して届かないと思っていた居場所の理想形。そんなモノが目前に展開され、リョータは知らず下唇を噛む。
「心配しなくても何とかなるさ」
「え?」
そんなリョータの様子をバックミラー越しに見ていたトージが朗らかに笑う。
「絶対に手が届かない場所なんて世の中に無い。もしもあるんだとすれば、それは自分で勝手に諦めただけ。ま、僕も人に偉そうに言える事じゃないけど、ちゃんと自覚して行動を起こせば、割と何とかなるもんさ」
「……」
綺麗事じゃない乗り越えた者が持つ実体験から来る実感の宿った言葉に、リョータは下唇を噛んだまま、少し俯く。
「だからまず、お姫様を助けよう」
「っ!?」
ユーヘイに似た悪童のような笑みでトージが言う。その言葉にリョータは俯いていた顔を上げ、下唇を噛んでいた力を抜く。
「なぁに、同じ境遇にいた僕がこれだけ楽しい人生送れてるんだ、僕より早く見つけられたチョータなら、あっという間に僕を超えて行けるさ」
「……はいっ!」
ま、絶対に救うのは先輩だろうけど……そう苦笑を浮かべ、トージは凄い速度で通り過ぎていったリバーサイドの標識をチラ見し、本番はこれからだと握るハンドルに力を込めるのであった。
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