第275話 曇天 ⑤
「どうしてこうなった」
「えっと、どうしてだろうね?」
レオパルドの後部座席に座った茶谷 ミーコと、ユーヘイが強制連行してきた少年、
ミーコとしてはヒロシの言う通り、世間話でもして自分の現状を調べて、自分が置かれている状況を聞いてくれるのだと思っていたのだが――
『いやいや、俺等が調査官のような事する訳がないじゃない』
という、身も蓋もないユーヘイの一言で切り捨てられ、そんな事よりもゲームだ! とばかりにクエストに参加する事になってしまった。
実際のところ、未成年特別補導員の仕事とは問題がありそうな未成年を発見する事が全てと言われている。あくまでも補導員の仕事はヤバい感じの少年少女を発見する事が任務であり、その後の調査は文部科学省の特別調査室と、連携関係にある天照正教の神職にある人物達が進める事になっている。なので特別補導員のファーストインプレッションというのが、それはもうとんでもなく重要な事となっているので、聖人君子のような人柄が求められ、確かな眼力が必要となるからこそ、その資格受領がとんでもなく厳しくなっているわけだ。
もちろん、その後の調査室関連で協力する補導員なども多いので、ミーコをいじめていたグループが補導員を恐れたのも間違いではない。だが正しくもない。何しろ調査の協力は強制ではなく、あくまでも補導員の善意なのだから。
むしろ補導員はその後の、保護をした後のケアが重要とされている。天照正教の一番偉い人こと時貞氏が『やっちゃえ、ユーヘイ』とばかりの有り難いお言葉を、実に意味深に伝えたのも、分かってるよね? と念押しした形だ。
なのでユーヘイがミーコとリョータを連れ出して、ゲームで遊びましょう、と言うのは間違いどころか正解だったりするのだ。
調査部分に関しては、ヒロシが未成年特別補導員のシンボルを提示し、彼が声をかけた人物、つまりミーコをサルベージした瞬間から、特別調査室へ一報が入り、即稼働状態へ移行。そこからミーコの国民IDを検出、彼女のデータから住所を特定、その地域にある天照正教支部から神職が動き出す、という仕組みなのだ。
かつて日本はいじめによる不登校児が小中で年間三十万人いる、潜在的な予備軍を含めれば倍はいるだろうとすら言われていたが、国民IDの義務化とこのシステムが稼働してから、年間一万人にまで減少させたという。『いじめ撲滅』が目的です、という言葉は大言壮語ではない。
その仕組自体は知っていたトージは、宇宙猫のような表情を浮かべる二人をチラ見し、何となく気持ちはわかると頷く。
「自分の時は僕から動きましたけど、急に助けられるとこんな感じになるんですね」
助手席に座ったトージの言葉に、ユーヘイはバックミラーをチラ見しながら肩を竦める。
「助かってねぇだろ」
「へ?」
間抜けな表情を浮かべるトージに苦笑を向け、ユーヘイは窓枠に肘をついて頬杖をつく。
特別補導員の任務は苦しんでいる少年少女を発見する事だ。雰囲気的に助けを求めているかもしれない、本心から救われる事を願っているかもしれない、そういう少年少女をサルベージするのが使命である。
だが問題がない訳ではない。
『いじめ』とは助けを求めにくい事なのだ。
『いじめ』られているなら、親でも友達でも相談すりゃいいじゃん、何でそんなに追い詰められているのに誰にも言えないの? と簡単に思ってしまうかもしれない。しかし、事はそんな単純ではないのだ。
『いじめ』の本質は人格否定にある。
相手の人格を否定し、まるで無価値な人間のように洗脳して行き、本来ならば一番大切にしなければいけない自分自身を、誰でもない自分が攻撃してしまい追い詰めて行く。そう、相談する事がまるでとんでもなく罪深い『大恥』と思ってしまうところまで行ってしまうのだ。これが相談出来ないし、助けを求める事が出来ない事に繋がる。何しろ世界で最も自分を嫌っているのが自分自身なのだから、実に性質の悪い状態に持っていかれる訳だ。
だからトージのように、自分から助けを求められると言うのは、はっきり言って凄すぎるのだ。とんでもなく希少であるし、誰もがトージのような行動を起こせる訳じゃない。
――まずはどんな事でも良いから、自分が大した奴だって思える事が重要なんだよな。そこから自分って本当は価値があるんじゃね? と思わせて自信をつけてもらって、そっからよな、こっちの言葉が通じるようになるのは――
このゲームにログイン出来た時点で、トージは救われる準備が整っていたのだ。だからユーヘイやヒロシの言葉が届いたし、ノンさんやダディの気配りとかも力になれた。だが、ミーコとリョータにはそれがない。
「……好きなだけ引きずり回せば良いか……」
ユーヘイは口元を手で隠しながら、実に素敵な笑みを口元に浮かべて呟く。すでのメールでは、天照正教の本部から通達が来ていて、『お好きにどうぞ』の免罪符をいただいている。
「何か言いました?」
「あ? 耳、おかしくなったんじゃないの?」
「空耳、かな?」
呟きを聞いたトージが聞いてくるが、ユーヘイはすっとぼけて小馬鹿にしたような表情を向ける。
『ユーヘイ、一応、ノンさんとダディ、あっちゃんにメールだけでも送っておくか?』
おっかしいなぁと首を傾げるトージを横目で見ていると、ヒロシから無線が飛んできた。
ヒロシは善意の協力者、近くにいたバイク乗りにバイクを借りて、レオバルドの真後ろを走っている。
「そう、だな。今日はログイン出来そうにないとは言ってたけど、一応、送っとくか」
ネックマイクを起動させて返答をすると、ヒロシは『了解』と返事をし、簡単なメールを脳波で作って三人に送った。
「あんさ、俺もひ、茶谷も観光ログインだからクエスト受けられないだろ? ただ付き合うだけ?」
宇宙猫状態から脱したリョータが、やり取りをしているユーヘイに聞くと、バックミラー越しにユーヘイが実にらしい笑顔浮かべる。
「喜べ、黄物運営は青少年保護に全力を尽くしているってさ。だからお前ら二人は、俺等が監督している状況限定だが、見習いDEKAっていう扱いになるってよ」
「「は?」」
多くのVRゲームでは、『いじめ』被害者少年少女の保護育成をシステムに組み込んでいる。なので未成年特別補導員が必要であると判断した場合、特別処置として一部ゲームの設定を変更し、少年少女を受け入れる体制を整えるのがデフォルトになっていたりする。
つまり『やっちゃえ、ユーヘイ』とエターナルリンクエンターテイメント社が後押ししているとも言える。
「それで先輩、どんなクエストを受けるんです?」
何も考えさせず、何も反論させず、ほぼ一方的に強制的に連れ出し、ノープランで車を走らせただけなので、トージも何をするか聞かされておらず、どんな事をするのかとユーヘイに問えば、彼は実に良い笑顔でクエスト画面をトージに見せた。
「えっと……特別クエスト?」
「二人の扱いに関するメールと一緒に送られて来たぜ」
「……」
ニヤニヤと面白そうに笑うユーヘイを呆れた視線で見てから、トージは心の底から同乗するような表情で、再び宇宙猫になっている二人に視線を向ける。
「つまり、運営も全力で支援する、と?」
「だろうね」
『実に頼もしいよな』そう笑うユーヘイに、トージは頭痛がするような仕草で額を押さえた。
――すっごい大事になる予感がするのは、僕だけだろうか?――
トージはある種の予感めいた第六感的サムシングを感じながら、宇宙猫な二人へ両手を合わせる。
――大変だろうけど、きっと幸せが待ってると思って、諦めてもろて――
割と身も蓋もない事を胸中で呟きつつ、超鬼畜難易度の最高ランククエストに挑むような覚悟を固めていくのであった。
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