第274話 曇天 ④

 未成年特別補導員の証明を見せられ動揺している間に、囲んで詰め寄っていた東谷ひがしたに 姫子ひめこことプレイヤーネーム・ミーコを連れて行かれ、彼女の幼馴染で何回かこういう事を止めよう的な行動を起こしていた谷田たにた 良太りょうたことプレイヤーネーム・リョータもドサクサのように連れて行かれ、彼女彼らは完全に浮足立っていた。


「ど、どうするの? さすがに未成年特別補導員に見つかったらヤバいんじゃないの?」


 自分の取り巻きの一人に言われ、片瀬かたせ 愛菜あいなはきつい視線を向けて睨みつける。


「たかだか宗教団体の手先じゃない、何を怯える必要があるのよ」


 強がって鼻で笑う愛菜に、周囲の取り巻きは少し安心したような表情を浮かべるが、その中の一人が面倒臭そうな表情を浮かべつつ、手を挙げた。


「ごめん、あーしは抜けるわ」


 やる気のない、無気力な感じに力が抜けた口調で、ギャルっぽい外見をした少女がシステムを動かす。


「はぁ?! アンタ、この私に逆らうってどういう事か分かってるんでしょうねっ?!」


 愛菜の言葉に少女は死んだ魚のような目を向けて、湿った重苦しい溜息を吐き出した。


「あの子の代わりにあーしをいじめる? 好きにすればいいよ」

「「「「はぁっ?!」」」」


 片瀬 愛菜と言うか片瀬一族と言うべきか、彼ら彼女らの出身地はその一族が代々力を持つ土地なのだ。だからその地方では片瀬と言う名前だけで、上級国民のような扱いを受ける。実際に片瀬商事と言う、その地方ならば誰もが知る大企業の創業一族であり、多くの住人がその企業におんぶに抱っこ状態で、片瀬一族には唯々諾々と従うのが普通、みたいな風習があるのだ。


 だから、積極的にいじめに加担していたのではなく、ただ単純に逆らえずに追従していたその少女が、愛菜に反逆した事に誰もが目を剥いて驚いた。


「んじゃ、あーしは帰るね」

「ちょちょ! あーちゃん?! あーもぉっ! 私も抜けるから! じゃっ!」


 ログアウトする少女を追うように、彼女の親友である少女も勢いだけで抜ける宣言をしてログアウトした。その様子に取り巻き達はぽかーんとし、愛菜は鬼の形相で二人が消えた空間を睨みつけるのであった。




――――――――――――――――――――


「ちょっと! あーちゃんってば!」


 待機空間に戻った瞬間、リアルへ戻ろうとする親友の肩を掴み、自分の方へ強引に体を向けさせる。


「何?」

「何、じゃないよ! どうしたの急に?」

「……」


 親友、優美ゆみの心配そうな表情に、少女、麻美あさみの生気の無い瞳が泳ぐ。


「とりあえず私のプライベート空間に行こう? ここだと愛菜が来るかもしれないし」

「……うん」


 優美が麻美の手を握り、システムを起動させてプライベート空間へ移動する。そこは淡いパステルカラーの私室のような空間で、微妙に生活感があってホッとするような雰囲気の場所だった。


「ほら座って」


 無気力な麻美を強引にソファーに座らせ、愛菜の目を盗んで買った、ビーチサイドで売っていたフレッシュジュースをインベトリから取り出し、それを麻美に手渡す。


「それでどうしたの?」


 優美に聞かれ、麻美はフレッシュジュースが入ったプラスチック容器を手の中で弄りながら、ポツリポツリと話し出した。


「兄貴が、高校に居られなくなって帰って、来たのは、知ってるよね」

「あー、うん。親がそんな話してた」


 麻美の言葉に優美は同意するが、実際は話していたと言うよりかは、完全にバカにしている感じであった。何しろ麻美の兄が入学した高校は超有名進学校で、日本最難関の大学に毎年何人か合格するような学校だったから、麻美の両親が常に自慢していて、その事でうんざりしていた周囲の人間が反動で嘲笑していたような感じだった。


「……実は兄貴、高校でいじめをやってた、らしくて」

「え」

「家にも天照正教の人が来た事があって」

「……」

「その事で兄貴、壊れちゃって」

「……」


 麻美の話では、もともと麻美の家では男尊女卑と言うか古い考え方が染み付いており、長男は家を継ぐ大切な存在、みたいな育て方をされていたようで、何事も兄、長男中心で家庭が動いていたらしい。その長男が壊れ、完全に家庭は崩壊し、両親も責任のなすり合いのような喧嘩が絶えず、荒んだ状況になっていたらしい。


 そんな状況で、元から家庭での麻美の扱いは最低限だったらしいのだが、兄が壊れてからはそれ以下に落ちてしまい、これで再び天照正教が家に来るような事になったら――


「あーし、親に殺される」

「……あーちゃん」


 全てに絶望し、全てに失望し、全てに諦めたような麻美の様子に、優美は必死に頭を働かせる。


 実際のところ、彼女達が生活している地方はちょっと異常というか、色々と時代錯誤な状態であるのだ。だから大抵の若者はとっとと地元を捨てて、都会とか別の地域とかに逃げるような感じで流出していく。優美も地元をとっとと捨てて、将来的には東京とかの学校に行って、等の計画を立てていたりする。


「うん! 敵の敵は味方で行こう!」

「ん?」


 優美は麻美の手を、プラスチック容器ごと包み込むように握る。


「私と一緒に天照正教に行こう!」

「え?!」

「今回の事を全部ゲロしちゃおう! したらついでにあーちゃんも家の事を全部ゲロっちゃおう! 大丈夫! 私も一緒に行くから! 行ける行ける! 絶対大丈夫!」


 目を白黒させる麻美に優美は力強く笑いかける。


「神様は自らを助ける者を助けるんだよ!」


 優美はアウアウしている麻美を強制ログアウトさせ、自分もログアウトする。意識が戻り、自室のベットの上で覚醒した優美は、跳ねるように飛び起きると、上着を引っ掛けて部屋を飛び出す。


「確かに私達は見て見ぬ振りして、知らない振りもした。けど、きっと、まだ間に合うはず……それに東谷には悪いけど、私はアンタよりあーちゃんの方が大切だから、あーちゃんを助けるよ」


 優美は決意に満ちた表情で呟き、急いで靴を履いて玄関から飛び出す。


「待ってて、あーちゃん!」




――――――――――――――――――――


 完全に事案にしか見えない、ヒロシと中学生少女の二人連れを見て、トージはうわぁっという表情を浮かべる。


「縦山先輩、自首して下さい」

「あはははは、抜かしよる」


 少女を完璧にエスコートし、空いている席に座らせながら、トージのツッコミにヒロシが笑いながら返す。


「ジュースで良いかな?」

「え、あの、お金」

「ああ、ゲームの中だから気にしなくて良いよ。何が良いかな?」


 少女にメニューを見せながらヒロシが聞くと、少女はオドオドしながらもメニューに目を走らせる。


「あ、あの、このオレンジジュースで」

「はいはい。ちょっと注文してくるから、トージよろしく」

「へ? ちょっ!? 縦山先輩?!」


 トージの肩に軽く手を置いて、ヒロシは店内に入っていく。その背中に抗議の声を浴びせるが、ヒロシは手をヒラヒラ振るだけでこちらを見る事もせずに行ってしまった。


「マジですか」


 トージはオドオドしている少女に視線を向けながら、困った表情を浮かべて自己紹介をする。


「え、っと、プレイヤーネーム町村 トージって言います。ある意味、君と似たような立場の人間かな?」

「え?」

「僕もあっちの人と向こうの人に保護者として付き添われているような感じだから」


 トージはそう言って、こちらに向かってくるユーヘイと店内にいるヒロシを指差し、ちょっと照れたような笑顔を浮かべた。


「今は夏季休暇期間の特別ログイン制限だから、それを利用して遊んでたのかな? あ、君のプレイヤーネームは何だろう?」

「あ、茶谷ちゃたに ミーコです。その、えっと」


 愛菜に命令される形で呼び出された、とは言えずに言葉を選んでいるミーコに、トージはまぁまぁと手を挙げる。


「ゆっくりで良いから。それと言いたくない事は言わなくても大丈夫だから」


 自分のグラスを手に持って、唇を湿らせつつユーヘイが連れている少年をチラリと見る。


「あー、なるほどー」

「?」

「ああ、こっちの話ね」


 どうしてユーヘイが少年を連行しているのか、彼が持つ雰囲気から自分と同類である事を敏感に感じ取ったトージが漏らした声に、ミーコが不思議そうな表情を浮かべ、それに曖昧な笑顔で誤魔化しつつトージは呆れる。


 ――遠目で分かったのか? あの距離で? どんなセンサーしてるんだ先輩って――


「どっちにしても、凄い幸運だよなぁ、これって」


 ミーコに聞こえないように呟き、トージは確信に満ちた表情で頷く。


「僕は自分で勇気出して動いたけど……こういうのもあるんだねぇ……」


 ちょっとだけ羨ましく思いながら、トージは今回もハチャメチャになるんだろうなぁ、と言う予感に震えるのであった。

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