第273話 曇天 ③
ユーヘイの言葉に、周囲の時間が完全に止まった。明らかに事案であり、どっからどう見ても不審者(真夏のビーチにサングラスにスーツのおっさん)が未成年の少女に遊びましょ、は完全にアウトであった。
だが、囲んで一人の少女をなじっていた数人の少女達は、むしろ逆に歪んだ笑みを浮かべて見ている。その様子をユーヘイに遅れてやって来たヒロシが確認し、『なるほど、そういう事ね』と納得しつつ呆れた溜息を吐き出し、ユーヘイの後頭部へ鋭いスナップを効かせた一発を食らわせた。
「タイホするぞ変質者」
「ほわぁい?」
振り返ったユーヘイは叩かれた後頭部をさすり、『マジで分かりません』という表情で首を傾げる。そんなユーヘイへ呆れた視線を向けつつ、ヒロシはシステムを操作してとあるシンボルを呼び出す。この瞬間、ユーヘイとヒロシ、そしてトージのライブ配信はプライベートモードへ設定され、強制停止処理が発動する。プライバシー保護の為にシステムが判断して止めたのだ。
「どうも、天照正教から正式に未成年特別補導員を任されています、プレイヤーネーム縦山 ヒロシと申します」
ヒロシの頭上に輝く、太陽を支える三本足の大鴉とその左右に実った稲穂、というシンボルが浮かび上がり、囲まれていた少女以外の少年少女達に動揺が走った。
未成年特別補導員とは、いじめ問題から不登校に陥る小中学生を救済するために制定された制度である。その理念は『いじめの撲滅』であり、一部界隈では『いじめ絶対潰すマン』とも呼ばれているくらいには強力な権限を持つ制度だ。
清廉潔白という文句が完全一致する天照正教が認定した人物、というだけで社会的信用度は聖人君子レベルを突破するのに、その超絶お人好しな人間が本気で相手を案じて問題解決に全ての権限を用いてやって来るのだ、『いじめ絶対潰すマン』と呼ばれるのも当たり前であろう。
それだけに色々な逸話があるのが未成年特別補導員という制度で、中にはいじめをしていた側が社会的な罰則を受けるパターンなどもあり、明らかに自分達がいじめていた認識のある少年少女達が怯えるのも無理はない。
すっかり萎縮してしまった『いじめっ子』と思われる少女達をチラリと流し見し、ヒロシはどういう反応をして良いか分からない感じの少女に手を差し伸べる。
「ちょっとお茶でも飲みながら、世間話でもしようか?」
サングラスを外し、チャーミングにウィンクをしながら少女に言うと、オロオロしていた少女はおっかなびっくり手を伸ばし、ヒロシが差し出す手へ自分の手を重ねた。
「ユーヘイ、こっちは任せ給え」
「へいへい、スマートですこと」
少女の手を取ってゆっくり歩き出すヒロシの言葉に、ユーヘイはガリガリ後頭部を掻いてから、少年の集団に近づく。
「おっと、俺も見せないと駄目か」
ヒロシがやったように、ユーヘイもシステムから未成年特別補導員の証明となるシンボルを表示させ、少女を助けようとしていた少年の前に立つ。
「お前は強制連行な」
「へ?!」
完全に有無を言わさず少年の首根っこに腕を回したユーヘイは、ほぼ少年を引きずるようにして歩き出す。
「ちょっ?! な、なんで?!」
どうして自分が連行されているのか、本気で分かりませんと言う表情で叫ぶ少年に、ユーヘイは珍しい冷たい感じの目を向ける。
「……良いのか?」
そんなに力いっぱい締められているわけじゃないのに、どういう訳か全く解ける気配のない腕を必死に引っ張って抵抗する少年へ、ユーヘイが確認するように言う。
「な、何が?!」
「……お前が助けようとした女の子、このままだとあのスマートかつ色気有る大人の包容力マシマシなおっさんに、その好感度の全てをかっさらわれて持ってかれっぞ。具体的には心を盗まれるぞ」
同情などしていない、全く友愛など感じさせない冷徹な視線で、淡々とそうなるだろう未来予想を聞かせると、少年の体が少し跳ねたが、負けん気が強そうな目でユーヘイを睨む。
「は、はあっ! お、俺かんけーねーし!」
「ほぉーん」
動揺を誤魔化すように吠える少年に、ユーヘイは平坦な声で、しかし犯人を追い詰めるノンさんのような迫力を乗せて、横目で見る。
「マジでかんけーねーし!」
意固地に自分の本心を隠すように叫ぶ少年を、ユーヘイはグッと顔を寄せて真っ直ぐ見つめながら言う。
「ほぉーん、じゃ、後悔しないんだな? ならここで戻るか? あの胸糞悪い集団の中へ」
「……」
少年は何も言えなくなり、居心地が悪そうな表情でユーヘイの視線から逃れるように、顔を背ける。
少年の横顔には色々な感情が、それも負の方向へ傾く感情が漏れ出ており、ユーヘイをそれを見て少年の頭を乱暴に撫で回す。
「良いかよく聞け馬鹿者。ぬるま湯のような居場所で、周囲に合わせて、やりたくもない事をその場のノリだからって合わせて、挙げ句、自分が大切にしている存在すら嘲笑わなければならない。もし、自分がかばったら、そういう目に自分が合うかもしれないからって言い訳して、でも今更自分がかばったところでどうにかなるとも思わなくて、そんな後悔ばかりがずっと永遠つきまとって中年まで行くぞ?」
「っ!?」
少年はユーヘイをギョッとした目で見て、口をパクパクさせる。ユーヘイが言った事はかなりの部分で自分が思い悩んでいた部分と重なっており、まるで心を読まれたような衝撃を感じていた。
そんな少年の反応を鼻で笑い、ユーヘイはヒロシといっしょに歩く、まだちょっと緊張している少女の後ろ姿を見ながら、優しい声で呟く。
「可愛い子じゃないか、助けるのにどんな理由が必要なんだお前」
「……」
少年は何も言えず、首に回されている腕を外そうとしていた手から力を抜く。
「……簡単じゃねぇよ」
「知ってる」
絞り出したような少年の言葉に、ユーヘイは何を当たり前の事を言ってんだお前? という感じに返す。まるでこっちの全てを見抜かれた上でバカにされているように感じられて、少年はせめてもの抵抗とばかりにユーヘイを睨む。
「でっけぇ大人にそんだけ睨み効かせられるってぇのに、だらしねぇな」
「……くそぉ……」
反骨心だけでユーヘイに反抗する少年の態度をいじりながら、ユーヘイは顔に出さずに心で微笑む。
――こいつもいじめられてた過去あり、って感じか。目立たないように突出しないように、集団の中にうまく溶け込んで、誰よりも目立たず前に出ず、かな。まぁ、小狡い大人になるならそれも悪くはないし、処世術という意味ではある意味で大正解ではあるんだが、それは御免被るって気概はある。珍しいタイプだなぁ、元いじめられっこにしては――
何かとスマートなヒロシのエスコートに少女が慣れて、ずっと張り詰めたような風船のような雰囲気があったが、少し柔らかな感じでヒロシと談笑をする様子を見せた二人。それを見ていた少年は、泣き出しそうな苦しそうな辛そうな表情を浮かべて、だけど全てに蓋をするよう口を真一文字に固く固く結ぶ。
――うん、面倒臭いなこいつ。でもまぁ、見つけちゃったからなぁ……おじさん的には、無謀と分かっててそれでも足掻こうとしている男、っちゅうのは応援したくなるんだよなぁ。泥臭い戦いばんじゃーい!――
ユーヘイはニヒルに笑い、すっかり脱力してしまった少年を、文字通り引きずりながら歩き出す。
「心配すんな、戦う意志があるなら、いつだって勝利の女神は微笑んでくれるんだぜ」
少年の耳に、確実に聞こえないレベルの小声で呟き、ユーヘイはニヤリと笑う。そして未成年特別補導員のシンボルを渡してきた天照正教の一番偉い人の言葉を思い出す。
『徹底的にやって頂いてもらって大丈夫です。はい、徹底的に、ね』
それはそれは神々しい程の笑顔でのたまわった
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