第272話 曇天 ②

 どこまでも抜けるように青い空。ゴミ一つ落ちていない真っ白な砂浜。空に負けないオーシャンブルーの海。


 日本の海というより、完全に海外のリゾートビーチといった雰囲気のあるベイサイドエリアの観光地。


 黄物において最も人気があるエリアであり、多くの若者達が一時のバカンスを求めてやってくる場所。


 下手な海外に行くよりも安く、ロケーションも海外の有名どころをミックスしたような感じなので、アクティビティも充実しており安全安心観光地として認知されている場所。


 多くのプレイヤーが水着で過ごす場所。


「華やかだね」


 ビーチを一望出来る場所にあるカフェテリア『ロングバケーション』の、ビーチパラソルがさしてあるテラス席で、水滴が浮いたグラスで唇を湿らせ、ヒロシがキャッキャッと波打ち際ではしゃぐ女の子達を眺めて呟く。


「ちょうど夏季休暇か? その年代の子達が多いっぽいな」


 ユーヘイは注文したハンバーガーセットのカリカリに揚げられたポテトをかじり、サングラスをずらしてヒロシが見ている先へ視線を向ける。


「ギリ大学生か? でも最近の若い子って発育が良いからなぁ、高校生って感じかもしれん」

「いやいや、中学生でもあれぐらいのプロポーションの子っているんだよ」

「マジで? おっさんの中学生時代なんて、そんな女の子おらんかったぜ?」

「やっぱ、食べ物が良いんじゃないの?」

「あー、確かに。ガキの頃って肉料理って珍しかったしなぁ」

「やっぱ、肉か」

「肉なんじゃね?」


 キャッキャッと色々な部分がぽよんぽよんしている女性達を眺めているし、スタンスとしては完全なるエロ親父なのだが、なぜだか全く下品にならないユーヘイとヒロシ。


「そう、堂々と見るのはどうなんです?」


 色々とお年頃であり、今でも自分のライブ配信は家族が見ているとあって、トージはビーチの方を見ないようにしながら、注文したステーキセットに集中しつつツッコミを入れる。


「いや堂々と見ないでコソコソ見たら、そっちの方がやばいだろ?」

「や、そういう意味じゃなくてですね」

「なるほど、トージ君はムッツリ、と」

「ムッツリとかそういう事じゃなくてですね」

「「やーいムッツリーニ」」

「……はぁ……」


 完全に面白がられてしまい、二人からいじられトージは疲れた溜息を吐き出して、セットメニューで出されたアイスティーに口をつける。


「怒るなよ」


 すねた雰囲気になってしまったトージに、自分が頼んだケーキセットのショートケーキを寄せて、ヒロシが苦笑を浮かべる。そんなヒロシのマネをするように、ユーヘイもナゲットをトージのプレートに乗せた。


「まぁ、堂々と見てるっていうか、そもそもアバターにエロスを感じないからなぁ」

「え?」

「同じく」

「ええ?」


 驚いて顔を上げたトージに、二人はおどけたような笑顔を向け、ヒロシはグラスを傾け、ユーヘイはポテトをかじる。


「作られたモノ、っていう意識が強いのと、なんだろうゲームをやっているって認識が強いから、まずその手の欲求が出てこない」

「美術館で美術作品を眺めてる感覚に近い、か?」

「ああ、そんな感じ。どんなにドエロイ構図のやばい裸婦画が展示されていても、それは美術作品です中世なんちゃら主義の傑作です、って前提があれば美術品にしか見えんだろ? そんな感じに近いかもしれんな」

「なる、ほど?」


 二人に説明されて、美術作品美術作品と心の中で呟きながら、キャッキャウフフと波打ち際で遊ぶ女性達に視線を向けると、確かに言われた通りなような気がするトージ君であった。


「そんな感じがしないでもないようなあるような?」

「「どっちなんだい」」

「いや、さっきよりは恥ずかしいって感情はないから……でもこれはこれで男として終わってるような……」

「ま、あくまでもゲームの中では、って話でリアルでは間違いなく反応するから安心なさい」

「そそ、あくまでもゲームやってるって認識が前に出てるだけだから、リアルじゃそうなる事はないさ」

「そんなモンですか?」

「「そんなモンです」」


 二人の言葉に首を傾げながら、ユーヘイから提供されたナゲットを口に放り込む。


「あ、うまっ」

「だろ? あっちゃんに教えてもらった」


 ポテトを口に放り込み、満足そうに笑うユーヘイに、トージはヒロシと顔を見合わせてニヤニヤと笑う。


「なんだよ?」

「いえいえ、別に何でもありませんよ」

「ああ、何でもないさ」

「何でもないような顔じゃねぇだろ?」

「「何でもないさ(です)」」

「釈然としねぇなぁ」


 実に良い笑顔で頷く二人に、ユーヘイは胡散臭そうな視線を向けながら、面倒臭そうに顔を波打ち際へ向ける。


「ん?」


 キャッキャウフフと遊んでいる大学生だか高校生だかのグループの横、少し離れた場所に確実に中学生っぽい集団がいたのだが、どうも何やら様子がおかしい。


 ユーヘイが目を細めて睨みつけるように見ていると、ニヤニヤと笑っていたヒロシ達もその様子に気づき、ユーヘイが視線を向けている先を見る。


「……一人を集団で小突いてる?」


 サングラスをずらして目を細めたヒロシが呟くと、同じく目を細めて集中していたトージが頷く。


「ですね。女の子同士っぽいですけど」


 いじめっぽくて気分が良くないですけど、トージが小さく付け加えると、ユーヘイはその言葉に頷きながら視線を横にずらす。


 女の子達の集団の近く、もう一グループの集団があって、そっちは同年代の男子グループ。そいつらは女の子グループの様子を見ながら、面白そうに笑って見ている感じなのだが、その中で一人、挙動不審な動きをしている男の子が見えた。


「……」


 その男の子は、助けようとしているらしいのだが、どうにも周囲の視線を気にしているようで動くに動けない、といった様子。


「ふむ」


 男の子の表情から囲まれて吊し上げをされている女の子に対する気遣いや、確実に好意を向けているのが感じられ、ユーヘイは少し思案してから手に持ったポテトを口に突っ込むと、テーブルに置いてあるおしぼりで手を拭いてから立ち上がる。


「おいおい」


 ずらしてあったサングラスをかけ直し、緩めていたネクタイをくいっと締めて歩き出すユーヘイにヒロシは呆れた言葉を向けながら、仕方がないと自分も立ち上がる。


「トージ君はお留守番。さすがに食い逃げDEKAはシャレにならんからね」

「あ、はい」


 自分も、と腰を上げかけたトージを止めて、ヒロシは白い歯を見せて笑って止め、ずらしていたサングラスの位置を戻し、ジャケットのシワを伸ばすように払ってからユーヘイを追う。


「だからどうしてここにいるのかって聞いてるの!」

「アンタがキモいって、だから来るなって言ったじゃない!」


 よほどヒートアップしているのか、そんな大きな声が聞こえてきて、ユーヘイは思わず眉根を寄せる。それだけじゃなくて、波打ち際で遊んでいる他のプレイヤー達も、女の子の集団に明らかな白い目を向けているのだが、頭に血が登りすぎているからか、周囲の様子に全く気づいていない。


「なんとか言いなさいよ!」

「っていうか帰りなさいよ! せっかく皆で楽しんでたのに!」


 集団の真ん中にいる女の子は、他の女の子達より明らかにプロポーションが良く、アバターの外見は地味目にされてはいるが、顔のバランスなどから見れば、確実に美少女のカテゴリーに入る整った造形をしている。


 どっちかと言えば、集団のトップに立って引っ張って行く女王様のポジションに立てそうなんだけどなぁ、ユーヘイはそんな事を思いながらずんずんと進み、ギャーギャーと騒いでいる女の子の集団の中に入っていく。


「え?! ちょっ?! 何っ!?」

「誰っ!?」

「ちょっとおっさん!」


 はいはいごめんよー、と口先だけで謝りながら、ユーヘイは中心部で縮こまって固まっていた女の子の前に立つ。


「こんにちわ」

「……ぇ」


 うつむいて震えていた女の子が、その顔を上げてユーヘイを見る。


「ちょっと『第一分署』の大田 ユーヘイおじさんとゲームで遊ばない?」


 かけていたサングラスを外し、それを胸ポケットへ差し込むように入れながら、今にも泣き出しそうな表情をしている女の子に優しく笑いかけたのだった。




――――――――――――――――――――


 ユーヘイのライブ配信では以下のテロップが物凄い勢いで流れていた。


※プレイヤー『大田 ユーヘイ』氏は、文部科学省認可NPO組織『天照正教』から未成年特別補導員の資格を受領しております。今回の行為はその補導員の基本原則に則った行動にあたりますので、ご安心下さい。

※未成年特別補導員とは? 『天照正教』が推進している『いじめ対策』の一部であり、この資格を受領している人物は、『いじめ』に遭遇していると思われる児童を保護する事が出来る、という文部科学省でも認められている制度である。

※事案ではありません。ちゃんとした制度の活用です。通報しないようにご注意下さい。


 リスナーがちょっとだけざわついたとかしないとか……。

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