第222話 二人の通常営業
「それで? 一体何が起こってるんだ? 状況が状況だから、他の面子の安否確認をしようとしても無線は繋がらないし、システム呼び出しても妙な表示になるし、どうなってるんだ?」
「おう、そうだなぁ」
「ていうか二人とも、この体勢でシリアスな雰囲気醸し出してもらっても、ねぇ……」
モンスター化したNPCから安全な距離まで駆け抜け、バイクの後ろに乗っかったユーヘイとらいちだったが、その乗り方は曲芸状態である。
具体的に説明するなら、ヒロシがべったりバイクに張り付くように低姿勢になり、その腰部分にらいちの背中を乗せるようにしてユーヘイが後部座席に足の力だけで体を支えてニケツしているという感じだ。
この様子を配信している映像には――
『この人たちは特殊な訓練を受けた特殊なプライヤーです。絶対に真似をしないで下さい。またこの乗り方はゲーム内部だからこそ許される乗り方であり、現実世界で同じような乗車方法を行った場合、完全なる道路交通法違反として逮捕されますのでご注意下さい』
などというトロップが流れ、『いやいや、とっととこの状況を何とかする作業を優先しやがれ!』と言う書き込みが大量に送られ、ちょっとした炎上のような状況になっていたりした。
後程運営の公式お知らせで、現在のゲームの状況をどうにかしようとしている部署と、そういった外部へのライブ映像を監視する部署が完全に別だから、遊んでいる訳では無かったと言う内容の釈明記事がホームページに記載されるのだが、時と場合と場所を選んでネタは挟みましょう、とプレイヤーから総ツッコミを受ける事になったりする。
閑話休題。
「説明は必要だろ?」
「いや、そりゃそうでしょうけども。こんな状態でキリッといい男フェイスとボイスで言われましても」
「バカな事を言ってるんじゃないの。それでこの状況だけど」
らいちの本心からの称賛を軽口だと流し、ユーヘイは推測だけどと断りを入れた上で、この状況はこうだろう説明をする。思いっきり流されたらいちは、面白い顔でぶんむくれていたが……。
「つまり現在のゲームはその妙なツールで滅茶苦茶にされた状態で、ここで敵に捕まって倒されたりすると、俺達のデータが消去されるかもしれん、と?」
――そうかそうか、ユーヘイ君はいわゆる鈍感系主人公であったか――
ヒロシは含んだ笑いを口の中で転がし、小さくクツクツ笑い声を漏らしつつ、面白いコンビに成長したもんだなぁ、そんな感想を思い浮かべながら真面目な感じに偽装した声色で状況を口に出す。
「そんな感じ」
ヒロシの完璧に演じ切れている真面目な声色に騙され、ユーヘイは理解してくれたかと満足そうに頷く。背中がくっついているらいちにはバレバレであったが、二人の様子が面白くて沈黙を選ぶ。
「はぁ、そいつはまた……俺はてっきりユーヘイが引っ張ってきた特大の鬼畜クエストかと思ったんだが」
いつまでも面白がってる場合じゃない、そう意識を切り替えて、思っていた事を溜息混じりに吐き出す。
「HAHAHAHA、抜かしよる。流石にクエストをクエストらしく解決しようとしている途中で、そんな錬金術めいた超科学的反応を引き起こせる理由ねーべや」
「「……」」
やりかねない、ヒロシとらいちが同じ事を思って黙り込むのを、ユーヘイは胡乱な目を二人に向ける。
「ま、まぁ、とりあえずこの状況をどうにかしないと。となると、デイライトデスの内容で突破口を見つける方にシフトしません?」
ユーヘイの肩をポンポンと叩き、らいちが空気を入れ替え、うーんと唸りながら視線を宙空に彷徨わせて考え込む。
「流石にゲームを丸々一本クリアーしろ、っていう感じではないよね? ゲームでの区切りって言うと……桃太郎?」
らいちの言葉にユーヘイが思わず遠い目をしてしまう。
桃太郎。そいつは雑魚敵であるサル、トリ、イヌを支配下に置く中ボス的ポジションのモンスターである。
らいちの配信でも、この桃太郎攻略が一番のグダりポイントであり、対桃太郎戦だけで四時間近く続いた死闘となった。
中ボスと言う扱いではあったが、ほぼ全てのプレイヤーがここで心を折られる事から、ある意味でのラスボスとも言われていた、デイライトデスを代表するクソったれなモンスター、クソモンスとして君臨していた。
「そいつはまた、考えたくないなぁ」
「……うん、そうだね……」
桃太郎の理不尽な攻撃力やら行動パターン、雑魚敵三種類を使った連携攻撃等々を思い出し、ユーヘイとらいちがどんよりした雰囲気で項垂れる。
「その桃太郎? ってのはどうすりゃ出会えるんだ?」
桃太郎のヤバさを全く知らないヒロシが、とても気楽な感じに聞く。
「えーっと?」
教えて大丈夫? とらいちがユーヘイに視線を向ける。ユーヘイは微苦笑を浮かべて頷き返す。
「巣があるの」
「巣?」
「そう、巣。と言っても小屋とか、物置っぽい場所の事なんだけど……デイライトデスは隔離した海外の孤島がモデルだから、だだっ広いロケーションにボロボロな小屋とか物置ってのは見つけやすい感じだったけど、黄物だとあの小汚い小屋に物置はさーすがに無いようなぁ」
「確か小屋とか物置の中に邪教の祭壇がある、とかっていう設定だったか」
「そうそうそう! 魔界から悪魔を呼び寄せるとかって感じだった!」
「おーぅ」
ユーヘイとらいちの説明に、ヒロシは面倒くさそうな声で妙な言葉を口走る。
「ただ『さいきょうおれえでぃたー』の内蔵ゲームデータに何等かの影響を与えたとして、その後の挙動が予想できないっていうネックはあるんだが、ね」
桃太郎をどうこうするとして、それが成功したからっと状況が上向くとは限らない、そんな事をユーヘイが面倒臭そうに呟く。
「それは大丈夫なんじゃないの?」
バイクを操るヒロシが気楽に言う。ユーヘイはくいっと片眉を持ち上げて、その心は? の意味を込めて太ももでバイクをタンタンと軽く叩いた。
「いや、クエストが鬼畜めいた難易度に跳ね上がるが、それはそれとしてお前が、いや俺達かな? が引き寄せる
どこかからかうように、だけど有無を言わさぬ真実を告げるようにヒロシが言えば、その言葉を向けられたユーヘイは照れた笑みを浮かべ口元をもにょもにょさせる。
二人のあまりに通常営業状態なやり取りに、らいちは『てぇてぇ、てぇてぇけど! 私を挟んでやるのは悶え死ぬのでやめてぇ!』と心で悲鳴を上げながら赤面していた。
「こほん! んじゃまぁ一丁やってみますか!」
照れている事を隠すように咳払いをし、ユーヘイが景気づけにテンションを上げて言う。
「そうだな。他の面子の状況も気になる。こっちはこっちで手早く片付けよう」
「お?」
ヒロシの返事にユーヘイが意外そうな表情を浮かべる。これまでのヒロシであったなら、ユーヘイがそう言うなら間違い無いなどの主体性が無い、どちらかと言えば流されている感じの発言が多かったはずで、しっかりとした自分の意志を全面に出した返答はあまりしなかった。
それになんだろう、妙な貫禄と言うか、本当に元ネタの高嶺之宮 イッキに通じる余裕を感じさせる凄みすらにじみ出ているような気がする。
「タテさん、何かあった?」
自分と離れ離れになった時に何かあったのか? ユーヘイがそう問いかければ、ヒロシは自信をみなぎらせた笑みを浮かべてうそぶく。
「さて、どうだろうね?」
これまでロールプレイを自然に見えるよう工夫をして、演じている事を上手に隠していたヒロシでは無く、完全に高嶺之宮、タカネンと呼ばれていたキャラクターと重なるヒロシ。
YAKUZAを全てタイホするという野心、それを成し遂げられると言う自信、そして自分に敵など居ないと言う根拠のない誇りを持つDEKAの中のDEKA……そんな姿を今のヒロシは自然とにじみ出していたのだった。
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