第223話 ゲーム性ガン無視 ①

「格好良いおじさん二人に挟まれて、てぇてぇ、などと思っておりましたが、気がつけばすっかり敵に囲まれております。何を言っているか分からないって? 私も分からん」


 ヒロシとユーヘイのイチャコラを見ている間に、周囲の家屋を使ってアクロバティックなアクションで接近してきたNPCモンスターに、いつの間にか囲まれていた。


 その状況に、らいちが遠い目を宙空に向けながら、どうしてこうなったと切なげに呟く。


 絶望してます、というらいちとは違い、おっさん達は余裕だった。


「しっかし、とんでもねぇなこりゃ!」


 バイクと並走してこちらを睨み付けるモンスターに、ニヤケた笑顔を向けながらユーヘイが楽しげに叫ぶ。


「流石にバイクを攻撃しながら追いかける、ってのは無理っぽいな」

「そこまで化け物じゃない、ってか?」

「いや、エンジン付きの乗り物を追える段階で化け物ぞ?」

「なはははは、そりゃそうだ」


 ――どうしてそこまで楽しそうなんだろう?――


 状況は悪くなっているはずなのに、ヒロシとユーヘイは全く気にしている様子も無く、楽しそうなやり取りを続けている。


「やっぱり桃太郎退治か?」

「それで状況が動くかどうかは賭けだけど、ね」

「やってみなけりゃ分からん、ってヤツか」

「そゆこと」


 そんな事を言い合っていると、唐突に周囲の空間が


「なんじゃ?!」

「空間が歪んだ?」

「耳がぁーっ!?」


 フワン! フフォン! と空気がきしむ音を立てて景色が歪み続け、バイクが進む道の先にトンネルのような空間が口を開ける。


「……あからさま過ぎやしませんか?」

「だーなぁ」

「うひぃっ!? 耳がフワンって! フワンって!」


 おっさん二人は呆れたような視線をトンネルに向け、らいちは空気がきしむ音のせいでおかしくなった耳を押さえて騒いでいる。


「まぁ、どっちにしたって突っ込むしかねぇんだけど」

「そうだな。行くか?」

「おう! 行ったれ! 行ったれ!」

「はいよ!」


 きしみ歪む空間の中で、ヒロシがスロットルを思いっきり回した。


 フフォォオオオォォォオオォォン!


 マフラーから甲高い排気音が轟き、バイクがグン! と加速する。ユーヘイはふてぶてしい笑みを顔に貼り付けながら、内ももに力を入れてしっかり体を固定した。


 空気を切り裂くようにしてトンネル状の空間に突入、それまで空気をきしませるような音が消え、コダマのように響くマフラーの音と熱風、むせかえるような潮の甘い香りに腐敗した酸っぱい悪臭が混ざった臭気が全身を包み込む。


「うっぷっ!」


 あまりの悪臭にらいちが慌てて口を閉じて呼吸を止める。


「……これもデイライトデスをクソゲーって呼ぶ要素だったっけ」


 臭気に顔をしかめたユーヘイが呟く。


 VRゲームでは良い香りは再現されるが、悪臭と感じる匂いは規制されるのが一般的である。しかし、デイライトデスはそこも演出の一つであるとして悪臭を再現、当たり前のように多くのプレイヤーから顰蹙を買い、アップデート第一弾でそうそうに修正される事となった。


「という事は当たり、か?」

「大当たりだろうな」


 バイクで進んでいくうちに、周囲の光景が完全にトンネルへと固定されていき、完全にデイライトデスの世界へと変貌していく。


「臭くないんですか?」


 鼻で呼吸するよりかはマシと、口呼吸に切り替えたらいちが、顔をしかめてはいるが平然としているユーヘイに聞く。


「臭いとは思ってるが、耐えられない程ではない、かなぁ?」

「マジですか……」


 そもそもVRゲームで悪臭を再現するのはマズいよね? という常識を作ったのが、スペースインフィニティオーケストラであり、その数々の洗礼を受けたユーヘイが、この程度の悪臭を耐えられない訳がない。


 SIOでは何を考えたのか、動物が腐る匂いを完全再現しました! みたいな常軌を逸脱した悪臭も存在していたくらいである。本当に色々とぶっ飛んだゲームだった。


 そりゃぁ、ちょっと顔をしかめる程度で我慢出来る訳である。


「そろそろ抜けるみたいだぞ」


 そんなユーヘイを信じられない目で見ていたらいちは、ヒロシの言葉で顔を正面へ向ける。


 確かに正面に眩しい光が見え、トンネルの出口が見えてきた。バイクは速度を上げながら、その光を貫くようにして外へと飛び出す。


「っ!」


 目に刺さるような閃光を感じ、思わず目をギュッと閉じる。ついで鼻を貫く悪臭に、嘔吐きそうになりながら、ゆっくりと瞳を開けた。


「あぁ……」


 嫌気がさしまくった切ない一言。それはまたこの場所に来ちまったい、という何とも言えない感情が含まれた、出したくもない一言だった。


「いや、気持ちは分かるけども、そんな見た事の無い顔をする事ないんじゃない?」


 本当に何とも言えない表情を浮かべているらいちを見て、ユーヘイは苦笑を浮かべてツッコミを入れる。


「絶対に、二度と来たく無い場所だもん! こんな顔もするさ!」

「さいですか」


 クリアー耐久配信でも、このゲームをする事は二度と絶対にない! と断言していたらいちである。その叫びには魂が宿っていた。


「お二人さん、お探しの物置? 小屋? それっぽいのが見えて来たぞ」


 ほとんど漫才のようなやり取りになっている二人に、ヒロシがクツクツと笑いながら言う。


「あぁ、見たく無かったよ」


 外国サイズだから小屋と言っても大きい。それこそ日本だったら、平屋建ての家程度の大きさはあるだろうその建物に、多くのイヌ・サル・トリの姿が見える。


「ああ、あれに間違いない。桃太郎は音に反応するモンスターだから、クラクションじゃなくてバイクはホーンって言うんだっけ? そいつを派手に鳴らせば出てくるんじゃねぇかな」

「なるほど」


 いやいやそれはイヌとかも引き寄せますけども! らいちがそう言おうとした瞬間、ヒロシが思いっきりホーンを鳴らした。


 ピイィイイィィィィィィィイイイィィ!


 ホーンの音に全てのモンスター達の視線がこちらに向く。そして何よりも聞きたくなかった叫び声が轟き渡った。


 ををおぉぉおおおぉぉぉぉぉおぉぉぉっ!


 犬のような、若干狼が混じってるような、だけどそれを無理やり人間の喉から出しているから違和感しか感じない不協和音。正式名称サッドプロトタイプ、ゲームでの別称デッドマン、プレイヤー命名桃太郎が、そんな不協和音を放ちながら小屋の壁をぶち破って登場する。


 身長二メートル五十センチ、ズタボロのチェック柄のシャツに引きちぎられたGぱん、干からびたように黒ずんだ肌のスキンヘッドが気持ち悪い化け物の姿に、ヒロシが口笛を吹く。


「ヒューッ! なかなかの面構えをしてるじゃないか」


 感想がそれ? らいちが信じられない目でヒロシの背中を見る。


「おっと、こっちをロックオンしたみたいだぞ」


 ヒロシよりも呑気な感じにユーヘイが言う。慌てて視線を桃太郎に向ければ、綺麗なクラウチングスタートを切った巨体が、スプリンターかよ! とツッコミを入れたくなるフォームで走ってくる。


「どどどどどどど」

「ど?」

「どうするのっ!?」


 呑気な二人に、らいちが切羽詰まった声で聞く。


 桃太郎は巨体に見合わない素早さを持ち、攻撃力も高くて戦略的。無策に突っ込んで何とか出来る相手では無い事をらいちが一番知っている。


「どーするの?」


 焦るらいちの精神を逆撫でするような感じにユーヘイがヒロシに聞くと、彼は面白そうに笑った。


「こういうのはどうかなっ!」


 ヒロシはバイクの進路を少しずらし、一旦桃太郎から距離を取るような動きをする。もちろん桃太郎はそれを許さず、バイクの進路を塞ぐようなポジションを取り続けた。


「分かりやすい」


 ヒロシはぺろりと大きな唇舐めて湿らせ、バイクの挙動で桃太郎の動きを誘導していく。


「ああ、なるほど。足を丸めてなるべく体を密着させて、体を固定するようにして」

「え? え?」

「良いからやって」

「う、うん」


 ヒロシが何を狙っているのか理解したのか、ユーヘイがらいちに指示を出し、らいちは訳が分からない状態で言われた通りの体勢になる。


 その間にもヒロシはバイクの動きで桃太郎を誘導し、そしてスロットルを思いっきり回した。


 フオォオオオオォォォォォォォオォォン!


 マフラーから爆音が響き、バイクの車体が沈み込むような加速が始まる。そのバイクの進路状に立ちふさがるように桃太郎が走り込み、ヒロシはしてやったりと言う表情を浮かべて笑った。


「口閉じてしがみつけ!」

「っ!?」


 ユーヘイはらいちにそう叫ぶと、体を支えている太ももに全力で力を入れ、更にヒロシの体を押しつぶすくらいの力で前傾姿勢を取る。


 バイクは加速を続け、車体が一瞬大きく沈み込み、次の瞬間ふわりと車体が浮き上がった。


「っ?!」


 開けそうになる口を必死に閉じながら、らいちが顔を正面に向けると、浮き上がったバイクの前輪が桃太郎の顔面に叩き込まれ、曲がってはいけない方向へと折れ曲がるのが見えた。


 力を失って後ろへ倒れ込む桃太郎。バイクもそのまま倒れそうになるが、ヒロシとユーヘイが同じタイミングで体を動かし、その反動を利用して見事に着地を決めた。

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