第224話 ゲーム性ガン無視 ②

「何をしたの?」


 モザイク必須な感じで、とても見せられないよな状態の桃太郎を見ながら、らいちがどこか納得していない様子で聞いてくる。


「タテさんが上手い感じにこいつを誘導して、少し地面が緩くU字になっている道を爆走、そのままバイクを浮かせて、速度と重量の暴力で首をやらした、って感じだな」


 ユーヘイがらいちの体を少し持ち上げ、バイクが駆け抜けた道を見せながら説明をする。確かに彼が言う通りに、道は緩くU字になっておりどうしてバイクが飛んだのかは理解出来た。


「あの滅茶苦茶なピロキの運転を見て、ニキはそれを察したと?」

「いや、何かやりそうだなぁって感じだったし、動き方が結構分かり易かったしな」

「……」


 どう見ても逃げ惑っているようにしか見えなかったが、ユーヘイからすると分かり易い難易度だったらしい。どんな観察眼かとツッコミを入れたいが、『第一分署』レベルだときっとこれが普通なんだろうなぁ、とらいちは遠い目をする。


「おっと、目論見通りっぽいぞ」

「はい?」


 周囲を警戒していたヒロシが嬉しそうな声を出し、その声で現実に戻ったらいちが周囲を見れば、デイライトデスそのものな景色にノイズが走り出していた。


「簡単に済んで良かった良かった」

「そうだな」

「……」


 ゲーム性ガン無視な倒し方で御臨終してしまった桃太郎に、ちょっと切なそうな、申し訳無さそうな視線を向けて、らいちはそっと桃太郎の御冥福を祈った。


 ――なむなむぅ、恨まないでちょうだいな……でも、こんなにサックリ倒されるんなら、私のクリアー耐久であんなに頑張らなくて良かったじゃん、ちっ――


 そんなちょっぴり邪念が混じった祈りを捧げていると、周囲の景色が完全に消え、サビだらけのチェーンを回してる自転車のような、金属と金属が擦り合わさるような、そんな不愉快な不協和音が聞こえていくる。


「また別の場所かな?」

「ああ、俺はちょっと心当たりがある」

「うへぇぁ……今度はコレ?」


 徐々に変貌していく世界を見て、ヒロシは泰然自若にどっしり構え、ユーヘイはかけていたサングラスを外しながら面倒臭そうに呟き、らいちは『苦手なんだけど、このゲーム』と心底嫌そうな表情を浮かべる。


「別のゲーム?」

「ああ、サーフヒルって言うホラーゲームだな。一部ゲーマーからは盛岡って呼ばれてる」

「盛岡? 日本が舞台のゲーム?」

「うんにゃ、古びたアメリカの地方都市が舞台だよ、そこがサーフヒルっていう街なんだと。サーフって英語の意味が盛るっていう意味があるから、盛るにヒルで丘だから盛岡って呼ばれてるらしい」

「へぇ……しっかし、ゲーマーにしろ掲示板に生息してる奴らにしても、凄い神がかったネーミングする時があるよなぁ」

「あれは一種の才能だからね。言い回しだったり、ワードチョイスだったり、マネ出来んよ」

「ま、凡人には難しいからな。いやぁ、凡人は辛いよ」

「同じく」

「……」


 ――超人代表が何か言ってるし、つーかこれツッコミ待ち?――


 内心でそんな事を呟きながら、らいちが二人に胡乱な目を向けていると、バイクの前輪が突然沈み込んだ。


「なっ何?!」

「サーフヒルの世界へ完全に移動したっぽ……あん?」

「おっと?」


 慌てるらいちをなだめようとしていたユーヘイが不審な声を出し、ユーヘイの見ている先をたまたま見ていたヒロシが同じような声を出す。


「あれはユウナさんか? んで、ノンさんはどうして子泣きじじいみたいな事をしてるんだ?」


 そこにはノンさんをおんぶしたユウナの姿があり、彼女は大きな拳銃を片手で持ちながら、ジリジリと逃げるように後退っている。


 何やら不穏な気配にユーヘイがどうしようと迷っている間に、状況が唐突に悪化する面倒臭い悲鳴が響き渡った。


『ぎゃあぁぁあああぁぁぁぁぁあぁぁっ!』


 『ここでそいつかよっ!』とユーヘイは舌打ちをしながら、ヒロシに指示を出す。


「マフラーを鳴らして!」

「はいはい!」


 その叫び声にヒロシがスロットルを回し、マフラーから甲高い排気音が響き渡る。


 フフォォオオオォォォオオォォン!


「っ!?」


 こちらのマフラーの音にユウナがびっくりして振り返り、こちらの姿を見つけ安堵した表情を浮かべた。そして後ろを警戒しながらも全力でこちらに向かって走り出す。


 ユウナの判断にユーヘイはニヤリと笑うと、ヒロシに大声で指示を出した。


「タテさんはこのまま突っ込んで! 出来れば敵がいるから、そいつとユウナさんとの間に入って妨害して欲しい!」

「やってみせましょ!」

「頼む!」


 ユーヘイが弾むようにして後部座席から飛び降りるのと同時に、爆音を吐いてバイクが走り出す。


「場面が変わったんだから外れると思うんだけど……良し! 外れた!」


 走り去るヒロシの背中を見ながら、ユーヘイが抱えているらいちの体から手を離す。


「ほらほら、らいちちゃんも手を離して」

「うえ? あ、手が外れる。はぁ〜」


 あまりの急展開に呆けていたらいちがユーヘイの声に正気に戻り、言われた通りに腕を動かす。すると接着剤で接着されたようにぴっちりくっついていた手が外れた。ようやく自由に動けるようになったらいちは、安堵の息を吐き出しながらユーヘイの腕の中から飛び降りる。


「このままユウナさんと合流して」


 結構無理な体勢でお姫様だっこをしていたので、ユーヘイが体の調子を確かめるようにちょっとしたストレッチをしつつ指示を出す。


「うぇ!? ニキは?!」


 ユーヘイと同じように軽く体を伸ばしていたらいちが、素っ頓狂な声を出しながらユーヘイを見ると、彼はそのイケオジフェイスを楽しそうに笑わせて、とんでもない事をのたまわった。


「ちょっと自分のトラウマ倒してくる」


 驚くらいちの表情を満足そうに一瞥し、ガンゲルとから拳銃を出して駆け出すユーヘイ。その先に見えるのはサーフヒルが誇る絶対的クリーチャーピラミッド君。ユーヘイが何をしようとしているのか理解したらいちは、目を丸くして叫んだ。


「ちょっえっはぁっ!? ニキマジでぇっ?!」


 サーフヒルを代表するクリーチャーであるピラミッド君は、正式名称ナイトメアジェミニと言う。直訳すれば悪夢の双子だが、その正体はプレイヤー(=主人公)が持つ拭いきれないトラウマが具現化した化け物、と言う設定だ。なのでプレイヤー自身が自分のトラウマを乗り越えなければ、何をどうやっても倒せないという仕様をしている。


 ユーヘイはそんなピラミッド君を倒してくる、と言ったわけだ。


 実際にはゲーム的な手順を踏み、フラグを立ててイベントをこなし、プレイヤー(=主人公)のトラウマと向き合い、最終的にピラミッド君を倒せる武器をゲットして戦う、というのがサーフヒルにおけるピラミッド君退治のテンプレ的攻略方法になっている。


 ちょっくら倒してくる、で倒せるような敵ではない。


 ちょっと呆然としていたが、こちらに向かって走ってくるユウナの姿に気を取り直し動き出す。


 女の子のような走り方で凄いスピードで駆け抜けるユーヘイのようには走れないので、ちょっとだけ小走りで、こちらに向かって走ってきたユウナに近づきながら、らいちが呆れたように呟く。


「マジでやるの?」

「らいちっち? マジでやるの? って?」


 無事に合流したユウナが、らいちの呟きを聞き、助かったと言う安心感を出しながら問いかける。


「ニキが自分のトラウマを倒して来るって言ってた」


 らいちの言葉にユウナが目を丸くする。


「……はぁ? 逃げるんじゃなくて?」


 トラウマを倒すとはピラミッド君を倒すと言う事、それを理解しているユウナが念を押すように聞くが、らいちは真顔で同じ事を繰り返す。


「倒して来るって言ってたね」

「マジで?」

「マジで」

「「……」」


 マジかよ、そんな気持ちで前を見れば、おちょくるようにピラミッド君を翻弄するヒロシのバイクと、そこへ一直線に走っていくユーヘイ。その後ろ姿には一切の迷いが無い。


「「……はぁ」」


 恐れるどころかどこか楽しそうにも見えるユーヘイの後ろ姿を見て、『本当、なんであんなにウッキウキで絶対的化け物に突撃出来るんだろう……』と二人で全く同じ事を考えながら見守る事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る