第221話 一方その頃……
ユウナがノンさんを背負った状態で、ピラミッド君と対峙する前――
姿を消したヒロシと合流しようと、SYOKATUに向かっていたユーヘイ達は、敵に見つかって大変な状況に陥っていた。
「きたあぁあぁぁっ!」
「あいよっ!」
イエローウッドの大通りのど真ん中、ユーヘイはらいちをお姫様抱っこした状態で走っている。それもこれも不正ツールの影響が、着実に元のゲームに侵食した影響のせいだ。
追いかけてくるのはNPCが変貌したナニカ。姿形は完全に人間だが、その挙動は野猿か四足歩行の獣か……それまで普通にNPCとして動いていたキャラクターが、しゃかしゃか動物的動きで追ってくる状況に、らいちは涙目で叫んでいた。それもわざわざ変貌する様子を見せる演出入りなものだから、らいちのチキンハートはガリガリと削れていく。
「もう! 気持ち悪い!」
「ああ、俺もああいうのは苦手かもしれん」
かじりつくようにしがみつくらいちは、ユーヘイの耳元で怨嗟の言葉を吐き出す。その心情が理解できるユーヘイは、苦笑を浮かべてひたすら足を動かし続ける。
「……でも、どこかで見たような無いような……どこだっけ?」
ぎゃーぎゃー騒ぎながらも、どこか見覚えがある追ってくる相手。どこで奴らを見たか、それを思い出そうとしているらいちに、ユーヘイが答えを言う。
「クリアー耐久してただろうに……デイライトデス」
「……あっ! あんのぉクソゲーかっ!」
「お口わるわる」
「あ、おほほほほほほ」
「いや今更お上品にされましても」
「うぐぐぐぐぐぐ」
らいちの面白劇場へにこやかにツッコミを入れつつ、ユーヘイは『あれは酷かった……』とかつてのライブ配信を思い出す。
すっかり取得するのを忘れ、有給が溜まりに溜まりまくり、期限が過ぎて無くなってしまうと言う時期があった。それなら最近アーカイブも溜まっているし、消化を兼ねて長期間の休暇でも取るか、とバカンス的休暇を取得した時があったのだが……。
『らいちのクリア耐久ライブ! 貴様は強敵だった! 戦え! デイライトデス入村!』と言う伝説のライブ配信を追いかける休暇となってしまった。
デイライトデスとは、魔界世界へさらわれたお姫様を助けるVRアクション、と言う内容の買い切りタイプのゲームである。
説明から分る通り、それはかつて鬼畜ゲームと呼ばれていたレトロゲーのリスペクトゲームで、つまりは鬼畜ゲーム。
だが、元ネタのレトロゲーは2Dアクションゲームであり、鬼畜鬼畜と言われてはいるモノの、一定のパターンやテクニック、それに諦めない心さえあればクリアーは出来た。
デイライトデスは3Dアクションゲームであり、サイズは大きくないもののオープンワールド仕様。そこに一定のパターンはあるがランダム性が高くてほぼ読み合いにすらならず、テクニックもあるがバグを利用したハメ技、それすら勤勉(笑)な開発元のアップデートで消されて使えなくなる。バグは消すのにゲームの調整はせず、調整したかと思えば鬼畜さが倍増するという救いの無さに、当時のプレイヤーは一斉にVRチップ(データが入った記録媒体)を手裏剣のように投げたと言う。
そのような曰く有りゲームに、サラス・パテが誇るアイドル(芸人)が手を出せばどうなるか? しかも行うのはクリア耐久である……待っているのはどう考えても地獄しかない。
結構古参の剪定員(らいちのファンの名称)だったユーヘイも、そのライブ配信に付き合った。付き合ったのだが……。
「……まさか三徹するとは思わんかったなぁ……」
そう、まさかの七十二時間連続ライブ。ちなみに、これはVRライブ配信でVラブが行った長時間配信の世界記録でもある。
多くの剪定員が日を改めてやろうと引き止めるコメントを送ったが、妙なスイッチが入ったらいちは止まらず、気合と根性だけで走り続け、最終的に開発元のアップデートが入って別ゲーになって心が折れるまで戦い続けた。
そしてクリアとはならずに終わった配信でもあった……。
「じゃぁ、さっきからNPCがビクンビクンしてるヤツを見せられているのって」
「悪魔に憑依されたモンスター化演出だぁねぇ」
「サル、イヌ、トリ……うっ! 頭がっ」
「大変な戦いだったもんなぁ」
サル、イヌ、トリとはデイライトデスの標準的な敵モンスターであり、最初からフィールドを歩くラスボスとも呼ばれている難敵でもある。そしてらいちの心を折ったのも、アップデートによるこの三体の強化が入った為だ。
「じゃ、このまま走ってるだけじゃ?」
「追いつかれるだろうなぁ」
「ソンナー」
アップデート強化の方向は、三体の追跡能力の激上げ。どうしてその方向でのアップデートをしたのか、フィールドを歩く雑魚敵なのに、絶対逃げられないという謎強化が行われ、雑魚敵だから集団で現れる訳で……ますますラスボス化が進んだ。
二人はそれを良く知っている為、うんざりした溜息を吐き出す。
「どうするんです?」
「どーすんべ」
駆け抜ければ駆け抜ける程、追ってくるNPCの数はねずみ算的に増えていく。そして二人には攻撃する方法が無い。はっきり言って詰みな状況だ。
「捕まったらデータ消えるんですよね」
「消えるだろうなぁ」
「それはマジでやめてくだしゃぁ」
「それは俺もだけども」
せめて片手だけでも使えれば、無いものねだりをしながら必死に足の回転を上げる。
「っ! 来る!」
「ちっ!」
ダンダンダン! 激しくアスファルトを蹴り砕く音が聞こえてくるのと、らいちが叫んだのは一緒であった。ユーヘイもそれが何を意味するのか理解しており、左に跳ぶフェイントを入れてから大きく右へ跳ぶ。
『ジャアァァァァァァ!』
フェイントに騙されたサルが空から降ってきて、派手にアスファルトを砕く。それを見たらいちが情けない悲鳴を出す。
「ジャンピング土下座はいやぁーっ!」
プレイヤーが喰らえば一撃必殺で死ぬ攻撃。この一撃必殺技を雑魚三体はそれぞれ持っているのだ……通常攻撃として。
「もうあのクソゲーはやりたくないんじゃぁっ!」
「俺も視聴したくはねぇなぁっ!」
後ろから次々にアスファルトを蹴り砕く音がし、ユーヘイは鋭い舌打ちをしながらジグザグに走る。
「まさかここであの配信を見ていた事が役に立つとかぁっ!」
「ご視聴サンキューニキ! これで狭い場所に逃げ込めば楽勝じゃん! ってならないのがクソゲーだぁい!」
「むしろ鋭さが増すっていうなっ!」
軽口を叩き合いながらも、段々追い詰められていく状況に、ユーヘイの額から冷や汗が流れる。
「ひぃっ! 今度はトリ!」
「っ!? マジかよっ!」
ダンダンダン! と言う音に混じり、風を切るような音が聞こえてくる。それは両腕を翼に見立てたトリが、風を切ってソニックブームを飛ばしてくる音だ。
「くっそっ!」
その場で前転するような、前方に体を乗り出すような受け身を取るように跳ぶ。その体に当たりそうなすれすれな場所を、見えない刃が通り抜ける。
「これはマズい!」
「更にイヌまであれを使い始めたら……」
「完全に詰むなぁ」
「ですよねー」
サルのジャンピング土下座、トリのソニックブーム、そしてイヌは……。
「あっ! ヤバいヤバいヤバいヤバい!」
「これはぁっ!」
新たにギャリギャリとアスファルトを削るような音が聞こえ、その削る音が猛烈な勢いで接近してくる。
それはイヌの必殺技、それは超スピード。物凄いスピードで追跡してきて、拘束するような攻撃を繰り出してくるのだ。まぁ捕まった時点で死んでいるのだが……。
「もう駄目かも」
「くっそ! 振り切れない!」
近寄って来るイヌに絶望の表情を浮かべるらいち。無駄だと分かっていても諦めないユーヘイ。
どれだけ頑張って足を動かしてもイヌを振り切れず、ヨダレを垂らした口を開き噛みつこうとするイヌの群れが届く――
フォオオォォォォォォン!
「「っ?!」」
吠えるような甲高い排気音が響き渡り、ユーヘイ達が走っている反対車線からバイクが突っ込んで来た。
バイクはそのままかすめるようにユーヘイの横を走り抜け、そのままユーヘイの体を片腕で抱き抱えて加速する。
「お待たせ」
「「タテさんかっけー」」
「まぁな」
バイクに乗ったダンディズムあふれる笑みを浮かべるヒロシに、二人はキラキラした瞳を向けてバカな事を言うのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます