第220話 いっつ・びゅーてぃふる・ゆにーく・もんすたー in 盛岡

 がっしりしがみつかれたユウナだったが、それでは動けないからとおんぶする形になってもらい、大きな娘を背負った状態で移動していた。


「いやぁ、お懐かしいぜ。この空気感」


 赤錆だらけの不気味な世界で、ユウナは全く普段通りの自然体で動いている。その事実が信じられなくて、小鹿のように震えているノンさんが、なるべく周囲を見ないよう努力しつつポソリと呟くように聞く。


「こわくないの?」


 完全バイブレーションな感じに震える声で聞かれ、ユウナはゲハハと笑う。


「ゲームの中での話だからねぇ」

「だって、こわいじゃん……」

「現実世界で同じ事を体験すれば怖いとは思うけど、ゲームだよ?」

「こわいものはこわいもん」

「いや、可愛いな!」


 すっかり幼児退行した感じなノンさんの言動に、ユウナが悶えていると、そのノンさんが小さく悲鳴をあげて、顔をユウナの肩にくっつける。


「お?」


 何事? とユウナが正面を見ると――


「相変わらず良い体してんなぁー」


 サーフヒルでも代表的なモンスターが、かっくんかっくん壊れたロボットのような動きで、むしろ見ようによっては完全なるロボットダンスをしながら近寄ってくる。


「ボビングヘッドダンサー」


 そいつの名前をユウナが嬉しそうに口に出す。


 ボビングヘッド人形を御存知だろうか? 頭の部分がユラユラフラフラと揺れるオモチャで、アメリカなどではメジャーリーガーを模したそれらが大人気だ。


 つまりその特徴を持ったモンスターが、ボビングヘッドダンサーである。


 ロボットダンスのような動きと、どこか昆虫がわさわさと近寄ってくるような動きが合わさった、実に気持ちの悪い挙動だけでも不気味なのに、問題はその頭部のギミックだ。


 デザインのモチーフとなったボビングヘッド人形と同じか、それ以上に激しくユラユラフワフワと頭が動き、いざターゲットをロックオンすると、のっぺりとした卵のような顔に、巨大な口が現れて――


『きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』

「ひっ!?」

「大丈夫大丈夫」


 幼女と少女と成熟した女性と老女と、実に様々な女性の声質を合成したかのような、超音波じみた叫び声を出すのだ。


 熟練のホラゲーマーですらこの演出を苦手としているプレイヤーは多く、この生理的嫌悪を呼び起こす叫び声がトラウマだ、と言う既プレイヤーも多い。


 もっとも性質が悪いのは、ボビングヘッドダンサーが魅惑的な肉体をしているから、ロボットダンス的動きで揺れるのだ色々と。それらに視線が吸い寄せられている間に、ロックオンからの悲鳴のコンボを食らい、恐怖で驚いている間に一気に接近されて、食い殺される……と、トラウマを大量生産するサーフヒルを代表するクリーチャーである。


 このようにサーフヒルに登場するモンスターは、デザイナーの悪意が凝り固まったような、まさにクリーチャーと呼ぶべき存在しかいないのだ。


「だめだめだめだめだめだめだめだめ――」


 ノンさんが再び使い物にならなくなり、ユウナは苦笑を浮かべつつ、課金して購入した武器を右手に構えた。


 ボビングヘッドダンサーが悲鳴をあげた。そしたら次に起こすアクションは――


「瞬間移動でもするように、一気に飛び込んでくる!」


 ガクンと真後ろに引っ掛かったみたいな挙動をしたかと思ったら、まるで弾かれたようにピョーンと真っ直ぐこちらに向かって飛んで来た。


 その動きを完全に読んでいたユウナは、そのまま右手の拳銃のトリガーを二回引く。


『ぐ、ぎゃ』


 吸い込まれるように弾丸が頭部の口の中へと叩き込まれ、血液にしては薄く、妙にサラサラした赤黒い錆びた水のような液体を吐き出しながら、そのまま地面に叩きつけられる。


「ちゃんとモロいままだね。案件でやった時と同じだ」


 倒れたまま砂のように崩れていくボビングヘッドダンサーを一瞥し、ケタケタとゲラりながら、ユウナは全く恐れた様子もなく進む。


 このレオポンの獣人お姉さん、ホラゲツヨツヨお姉さんだ。


 ホラゲをプレイしてても全く怖く感じないVラブとしての需要があり、また彼女がプレイしていると簡単に見える事で、ゲームの売り上げが伸びると言う現象も引き起こすので、結構案件がやってくるのだ。なので、VR版のサーフヒルもしっかり案件でプレイ済みである。


「本家本元は豆鉄砲みたいなハンドガンだったから、今持ってる拳銃が頼もしい事」


 買ってて良かった課金武器、そんな事を呟きながらユウナは進む。


「もういない?」

「倒しましたぜ、姫様」

「もうこわくない?」

「大丈夫ですぜ、姫様」

「……はふぅ……」

「くっそ可愛いなぁっ!」


 幼児退行してすっかり可愛いマスコットになってしまったノンさんに、ユウナは嫁にしてぇ! と悶えながら叫ぶ。


 そんなこんなで進んでいくと、ユウナが探していたセーフエリアが見えてくる。赤錆た空間の中で、そこだけがぽっかりと色づいていて、一発で安全である事が見えるようになっている。


「よし、とりあえずあそこで一息入れて……ノンさん? この状況を説明してくれません? あそこならしばらく大丈夫だと思うから、説明をして欲しいんだけど」


 周囲を全く見ないようにしているノンさんの体を揺らし、ユウナがお願いする。ノンさんは怖々と顔を上げて、セーフエリアをチラ見しコクンと頷いた。


「良し」


 今のこの状況を全く理解出来ていないユウナは、ノンさんが説明してくれる事に期待して、セーフエリアに小走りで近寄る。


 もうすぐセーフエリアに入る、そう安堵しかけた瞬間、今ここで一番聞きたくない音が聞こえてきた。


 きゃりりりりりぃ

 きゃりりりりりぃ

 きゃりりりりりぃ


「……マジかよ」


 鉄と鉄を擦り合わせ、そこに少しだけ鈴の音色を入れたような不協和音が響く。それは完全にこちらをロックオンしており、恐怖を煽るようジワジワと近づいてくる。


「もうやだもうやだもうやだもうやだもうやだ――」


 ノンさんが額をユウナの肩にグリグリ押し付けるように嫌々をし、ユウナもこりゃ参ったという表情を浮かべて後退った。


 セーフエリアの向こう側、薄暗い空間から立体的な逆三角形が、赤錆た床に頂点をきゃりりりりぃと擦りつけて向かってくる。


「ここでピラミッド君とか」


 ユウナが呻くように唸り、ノンさんは嫌々を繰り返し続けていると、暗闇の中から完全に姿を見せた逆三角形が、軋む音をけたたましく出しながら変形を開始する。


「完全にこっちをロックオンしてるじゃんか、ヤバイなこりゃぁ」


 立体的な逆三角形からロボット的な人型へと変形していく。ただし近未来的なデザインではなく、ゴーレムっぽいファンタジー的なフォルムをしている。


 だが、そのデザインは醜悪だ。逆三角形の中に、血まみれの自分自身プレイヤーが収納されており、変形と同時にめちゃくちゃな動きで肉体を破壊されながら人型へと変形するのだ。


 そう、体を破壊される苦痛で、自分自身の声で悲痛な叫び声を出しながら、だ。


『ぎゃあぁぁあああぁぁぁぁぁあぁぁっ!』


 ピラミッド君とゲーマーから呼ばれているそのクリーチャーは、ゲームの主人公プレイヤーが持つ最も根深い悔恨の念から誕生する最強の化け物であり、人間が持つ原初の恐怖が具現化したモンスターでもある。つまりは、トラウマと死、そのモノと言う位置付けだ。


 何より厄介なのはその特質。このモンスターを通常武器で倒す事が出来ない。つまりは不死身の化け物であり、出会ったら逃げる事しか対処法が無いという。


 そして、このモンスターこそがVR版サーフヒルに止めを刺した原因でもある。


 ピラミッド君からは逃げられない。例えセーフエリアに駆け込んだとしても、ピラミッド君はどこまでも君を追いかけてくる。つまり、どこまでも走って逃げて、ピラミッド君を完全に振りきらないとダメ。しかも走るという行為は他のクリーチャーを呼び寄せるトリガーとなるムリゲー……いかなホラゲツヨツヨお姉さんのユウナであっても、この状況ではどうにもならない。


「参ったなこりゃ」


 ユウナは苦笑を浮かべながら、どうやってこの場を切り抜けようか必死に考えるのであった。

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