第219話 北東の拳/かわいいやんけ……

 志尊 ジュラのアバターは、茶髪ロングのアニメ調な、アニメっぽいデザインのキャラクターをしている。そしてキラキラしたブルーのアイドル衣装を着た、均整の取れたボディラインを誇るアイドルだ。


 LiveCueサイトのミュージックランキングにおいて、彼女の楽曲は常にトップスリー圏内を独占しているアイドルである。


 LiveCueだけではない、他の集計サイトなどのランキングでも彼女の名前が載らない事がない、キラキラと燦然と輝くアイドルなのだ。


 株式会社サラス・パテが誇る最強アイドル。綺羅星の如く輝く女性アイドル集団の中で、常に先陣を切って駆け抜けていく、まさにスター……それが志尊 ジュラと言うタレント、なのだが……。


「ほおぉわぁたあぁっ!」

『ぶげらぁっ!?』


 荒ぶっておられた。


「……確か彼女って、Vの者として史上初めて武道館ライブしたっちゅう、Vの者の先駆者アイドルとかって言われてなかったっけ?」


 アニメ調の、完全無欠なる美少女フェイスを、それこそ細い眉がごん太に見えてしまうような、目付きが完全に無感情な殺し屋みたいな、そんな劇画チックな雄々しい勇ましい顔つきで吠える……アイドル……。


「武道館ライブどころか、ドームツアーとか普通にやってますよ、彼女」

「……」


 ダディが思いっきり苦い液体を飲み込んだような、何とも言えない表情を浮かべていると、黄色い声援を送っていたスノウがニヤリと笑う。


「そうなんです、ジュラちゃんは凄いんです」


 ドヤァとした顔で胸を張る彼女に、トージは乾いた笑い声を出しながら、勇ましく吠えているジュラを指差す。


「イメージ的に大丈夫なんですか? あれ」


 トージの言葉にスノウが腕を組んで不敵に笑う。


「推し活とは、推しの全てを愛する活動の事を言うのです。アイドルがヒャッハー相手に戦うのが異常ですか? いいえ、それこそが志尊 ジュラの魅力なのです」

「「さよですか……」」


 スノウの言葉に二人が平坦な口調で返し、それすら誉められていると感じるのか、彼女は小さな鼻をふふんと鳴らして誇らしく笑う。


『うぐぐぐぐぅ……四つの星を奪われた、だとぅ?! 何故だ! 何故勝てる!?』


 トージ達の混沌とした乾いた空気をおいてけぼりにして、ジュラとニート様の戦いはヒートアップし続ける。


脳波探知チートに頼る貴様なぞ、惰弱!」

『ちっ!』

おとこなら、その肉体と拳で語れ!」

『ひたすら面倒臭いっ!』


 今にも口から白っぽい息吹でも吐き出しそうな、それこそ全身から謎の光を放出しながら服が破れそうな、そんな雰囲気で実にそれっぽい構えをするジュラ。


「いや、君はおとこちゃうやろ。君は完全無敵なアイドルでしょうに」

「アイドル……なんですかね? あれ」

「何を言ってるんです! どこからどう見ても、ジュラちゃんはアイドルでしょうが!」

「いや、今にもふぅーとか言って色つきの息とか吐き出しそうだし、なんなら筋肉が膨れて服が弾け飛びそうな雰囲気あるぞ」

「謎の光が全身からほとばしって、なんなら目からすらも光が出そうな雰囲気もありますよね!」

「それも良き!」

「「断言出来る君が完璧で究極だよ」」


 訳の分からない寸劇を繰り広げているジュラとニート様。そして完全に流れについて行かれないトージとダディ。しかし、アイドル様は止まらない。


「北東進研の真髄を受けるが良い」

『ぐぬぬぬぅ、こしゃくなぁ小娘が!』


 真剣な表情でのたまうアイドル様に、ダディが無表情でトージを見る。


「なんだよ、北東進研って」

「いや、元ネタに配慮したんでは? 著作権的な」

「さっすがジュラちゃん、ネタに走ってもラインは守るアイドル!」

「「ネタに走る段階でアイドルとは……ってなるんだけども」」


 どこまでも通常営業なスノウにげんなりしている間にも、ジュラが着実にニート様のライフを削っていき、そして最後の星を奪った。


「あたたたたたたたた! ほあたぁっ!」

『ぶげらぁ?!』

「北東蔵王温泉」

『ひっ?! ひゃあぁっ!? あべしっ!』

「「それ、東北の間違いなんだよなぁ……」」


 ずだだぁんと倒れこむニート様を見下し、実にっぽいポーズのまま妙な事を口走るアイドル様。今にも達筆な筆文字で、必殺技の名前が浮かび上がりそうな感じに決める。


「ジュラちゃーん! ほ、ほあー! ほあー!」

「「そして君はどこに向かっているんだい?」」


 とことんカオスな状況のまま、周囲の景色がホワイトアウトするように、白く染まっていく。それを眺めながら、トージとダディは妙な精神的疲労を感じつつ、次はまともな状況にあれば良いなぁ、と願うのであった。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


 サーブヒルと言うホラーゲームがある。Serveは盛ると言う意味もあり、盛岡と呼ばれているゲームだ。


 それまでのホラーゲームは分かりやすくゾンビであったり、恐竜であったり、直接攻撃をする事で倒せる敵を用意しているような、アクション性のあるゲームが多かった。


 だが盛岡は違った。


 登場キャラクターが持つトラウマが具現化し、しかも簡単には倒す事が出来ず、真綿で首を締め付けるようにじわじわと追い詰めていくような、肉体的に責め立てるのでは無く、精神を抉ってくるような、今までのホラーゲームとは一線を画すようなゲームである。


 ゾンビゲーは大丈夫だけど、盛岡はダメ、と言うゲーマーも多く、かなり日本的なホラーゲームとして一世を風靡した。


 その人気にあやかってVRゲームにも登場したのだが……予想の斜め上な事でサービス終了となった。


 その理由とは……あまりにも怖すぎたのだ。


 今までモニター越しに見ていた風景が、VRになって実際に仮想現実の中で体験する事になると、その恐怖感はハンパ無く膨れ上がったのだ。


 そして敵の存在。人型に異形な特徴を備えた盛岡独自のモンスターは、その姿形も相まって恐怖感が倍増し、動きが完全にリアルすぎてアウトな感じに仕上がり、歴戦のホラゲーマーすら『生理的に無理』と口を揃えたと言うトラウマ製造機。


 かくしてある意味ホラーゲームとして本望、怖すぎるという理由でプレイ人数が激減し、最終的に短期でサービス終了と相成ったゲームである。


「あのぉーノンさん?」

「むりむりむりむりむりむりむりむりむりむり――」


 どうやらノンさんとユウナがいる場所は盛岡の、サーブヒルのゲーム内部であるらしく、サーブヒルの特徴である赤錆が浮いたような、全体的に血に染まったような世界に放り込まれていた。


 この世界へ変貌した瞬間から、ノンさんはユウナにがっしり抱きつき、ずっと『むり』という言葉を呪文のように呟き続けている。ユウナはホラーゲームでもゲラゲラ笑いながら出来るタイプのゲーマーなので、全くダメージは無いが、ノンさんは完全にダメらしく、ずっと涙目の上目使いでユウナを見つめている。


「……かわいいやんけ」


 プルプルと小鹿のように震え、いつもなら強気に鋭い瞳に大粒の涙を浮かべ、迷子の子供のような表情で怯えるノンさんは、あまりにも普段とのギャップが大きく、思わずユウナが口走ってしまう程度には可愛く見えた。


「かわいいけど、このままじゃ動けないんだよなぁ」


 この異常事態に、ユウナはすぐに運営へ連絡しようとしたが通じず、なら強制ログアウトの手順を踏もうとシステムを呼び出そうとしても呼び出せず、こりゃぁ何かあったぞ、と察して行動を起こしたいのだが、普段なら頼りになるであろう人物がこの様である。


「とりあえず盛岡ってセーフポイントがあったよな」


 相方が完全に使い物にならない状況で、とりあえず冷静に行動しようとユウナが動き出す。


「盛岡だけは無理、盛岡だけは無理、盛岡だけは無理ぃ」

「はいはい、セーフポイントに向かうだけだからねぇー」


 ユウナはノンさんをあやしながらゆっくりと赤錆た世界を進むのであった。

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