第218話 アイド、る?

『ぎゃひゃはははははははっ! やるじゃねぇか! 見上げたアマだぁ、俺のスケにしてやるぜぇ?』

「却下」

『ひゃーひひひひひひっ! ますます気に入ったぜ! 俺が勝ったら強引にでも俺のスケにしてやんぜぇっ!』

「絶対にNO!」


 ラスト一人。一際大きな体躯をした、一際立派なモヒカンをおっ立てたヒャッハーが、馬鹿デカい顔に無数の血管を浮かび上がらせ、顔に見合った巨大な瞳を真っ赤に染め、ジュラをニヤニヤと嫌らしく見つつ、口の端からヨダレを垂らしながらベロンと長い舌を出す。


 生理的な嫌悪を覚える演出だが、それを向けられた最強アイドルは……揺るがない!


 クールな表情で不敵に笑い、その茶色いロングヘアーをばさりと払って、左手を隠すように右手を構え、ぐぐぅっと両足を広げて細く息を吐き出し、精神を一点に集中し始める。


『ひゃぁーひゃひひひひひ! つれねぇ態度も可愛いじゃねぇかぁ! んもうビンビンだぁっ!』

「……ふーっ」


 全く動じない。


 深く深く集中を高め、ゆっくりと思考と意識を切り離し、どこか虚ろな瞳でモヒカンを見上げる。


『ゾクゾクするじゃねぇかぁ、ひゃーひひひひひ! その顔を歪ませてやるぜぇ?』

「……御託は良い、行くぞ!」

『ひゃっはーっ! 最初はグー!』

「じゃんけん!」

『「ぽん!」』


 西部劇の決闘のような、拳銃の早抜きをしているような雰囲気を醸し出し、お互いの拳を付き合わせて……結果はあいこだった。


『やるじゃねぇかぁ』

「あなたも、ね」


 ひりついた空気と熱気で流れる汗を乱暴に手の甲で拭い、モヒカンが男臭い笑みを浮かべて称賛すれば、クールな表情でジュラも不敵に笑う。


 完全なる世界を作り出しているモヒカンとアイドルに、ダディは生暖かい視線を向けながら、絞り出すように呟く。


「……このノリはいつまで続くのだろうか? そしていつまでこの茶番劇を見続けるんだろうか?」

「なーんでですか! 一番盛り上がっている場面ですよ! まさに撮高ばかりの美味しいフィーバータイムじゃないですか!」

「いや、一応、我々もVランナーの類いではあるけど、そこまで撮高を求めてるわけじゃぁ……」

「求めましょうよ! 生き馬の目を抜く業界を一緒に駆け抜けてる同士じゃないですか! ちゃんと貪欲に求めましょうよ!」


 まさしく一進一退の攻防戦が繰り広げられている中、素晴らしいジュラのじゃんけん勝負を目撃した事で妙なテンションスイッチが入ってしまったスノウは、やはり妙なテンションでローテンションなダディに絡みまくっていた。


 可憐でどこかフワフワしたお嬢さん、と言う当初のイメージから遠退き、その姿は推しを応援するオタクへと変貌している。そして、配信関係の創意工夫と言う意識が低いダディやトージに、もっと熱くなれよ! と檄を飛ばしまくっていた。


「……あの、スノウ、さん? キャラクターイメージが、そのね?」

「大丈夫大丈夫! ワタシのファンならいつもの事って感じで放置してくれますから!」

「いやそれ呆れられているだけなんじゃ?」

「ワタシの全てを愛してくれる! それが推し活ってモンですからっ!」

「「この人、強い……」」


 可愛い声で早口で捲し立てられ、男二人はもう苦笑を浮かべるしかない。しかもこの状況、不正ツールである『さいきょうおれえでぃたー』使用中の、それなりに危険な状況であるにも関わらず、このマイペースっぷり……男二人が『あいどるとは?』と遠い目をするのも無理からぬ部分しかない。


「吉田先輩、このゲームをクリアーした状態へ入ったら、『さいきょうおれえでぃたー』の影響から抜け出せるんですか?」


 ヒートアップしているスノウから距離を取りながら、トージがダディに聞くとダディはしかめっ面を浮かべる。


「どうだろうなぁ。多分だけど、ユーヘイとか村松課長とか、うちの奥さんとか別々のゲームをやらされているんだとは思うんだよ。だから俺達がクリアーしたからって影響から抜け出せるとは思わんなぁ」

「うへぇ……」

「一番確実なのは、運営がまず『さいきょうおれえでぃたー』のインストールデータを駆除する事だしな」

「良い迷惑ですよ、本当に」

「マジでな」


 うんざりした様子の二人を置いて、スノウがきゃっきゃっと黄色い声を出す。


「ふぉーっ! ジュラちゃん最強ぉー! ふわふわふわっ!」

「「完全にライブ見てるファンじゃないですか、やだー」」


 三回連続であいこを繰り返すモヒカンとジュラの名勝負に、スノウが妙なテンションでコールをし始め、そのコールにジュラが格好良く片手を挙げる。


「これがアイドルちからって奴か?」

「アイドルちからとは、うごごごご」

「説明しよう! アイドルちからとは、アニメ監督である――」

「「いやいやいやいや! 急にこっちへ来ないで! 説明しないで!」」


 ちゃんと説明お姉さんのようなポーズをし、しっかり配信カメラに目線を向け、教育番組の流れを開始しそうになって二人が慌てて止めた。


「ちゃんと説明しますよ?」

「「結構です」」


 物凄く残念そうな表情でしょんぼりするスノウ。トージとダディは妙に疲れた気分で溜め息を吐き出し、ジュラの方へ視線を向ける。


「お前はもう負けている」

『うおばらぁぁっ?!』


 だがしかし、そっちはそっちで妙なノリを繰り広げ、更に二人は疲れた気分にさせられるのであった。


「ジュラちゃんきちゃー!」


 ずだだん……と地面を揺らして倒れるモヒカン。満足気な表情を浮かべて、斜め上方向へ拳を突き上げるジュラ。


「それじゃ昇天しちゃうから! ジュラちゃん、次のニート様がまだいるから!」


 本当にLiveCueでもトップを独走するVのアイドルなんでしょうか? トージとダディは二人のやり取りを見ながら、ほぼ同時に首を傾げる。


 そんな二人を置いて、破裂するようなエンジン音を轟かせ、遠くの方からひたすら巨大なサイドカーつきの超大型バイクが走ってくる。そのサイドカーはまるで玉座のような、無駄に装飾が施された巨大な椅子がつけられており、そこには完全なる肉ダルマのような、遠近感がおかしくなる巨漢が座っていた。


「ニート様きちゃぁーっ!」


 その肉ダルマを見たスノウが嬉しそうに叫び、出迎えるジュラは軽快なステップを踏みながら、シャドウボクシングを始める。


「あんまVラブ関連は詳しくないんだが……これが平常運転なのか?」

「いやまぁ、これがサラス・パテと言う箱の特色と言いましょうか……とにかくメンバーが多いんです。アイドルではあるんですが芸人でもあり、みたいな?」

「一昔前のバラドルみたいなモンか?」

「ばらどる? ですか?」

「……おおぅ、ジェネレーションギャップ」

「説明しよう! バラドルとは! バラエティアイドルの略であり、実際にはバラエティタレントと呼ばれている――」

「説明しなくていいから!」

「あ、ちょっとその説明聞きたいかも」

「町村ぁー?!」


 コントのようなわちゃわちゃ感を繰り広げていると、いったい馬力はいくつあるんだい? そしてその総排気量はどんくらいあるんだい? と突っ込まずにいられない巨大バイクがジュラの前に停まった。


『あ゛あ゛あ゛、動きたくないでござる』


 玉座のようなサイドカーに鎮座する巨漢が、ふぅふぅと苦し気な呼吸音を出しながら、心底面倒臭そうに呟く。それを聞いたスノウが、待ってましたと歓声を出す。


「ニート様語録きちゃー!」


 うおぉぉぉぉぉっ! と一人盛り上がるスノウから距離を密かに取り、ダディが呆れた口調でトージに聞く。


「マジでそっちの意味なんかい?」

「そうなんですよ。まぁニートと言うより単なる無気力っぽいとは思いますが……ただ本職って言って良いのか、リアルでそう言う状況の方々から凄いバッシングを受けて、サービス終了が加速したって言う話がありまして」

「……しょーもな」


 説明お姉さんが発動しないよう、小声で囁き合う男二人。一人盛り上がるスノウ。カオスなその状況の中、ニート様が体をもっさり揺らしてサイドカーから降り立つ。


『あ゛あ゛あ゛あ゛~面倒臭い……とっとと負けてくれ』


 ニート様がジュラの前に立ち塞がると、その胸に七つの星マークが現れる。


「……ケンシ――」

「それ以上いけない! 元ネタですけども!」

「ああ、やっぱり?」

「ニート様はファンシーですけどね」

「指で刺し貫いた傷跡じゃなくて、シール張っつけただけだもんな、ありゃぁ」


 ニート様を気軽に眺めながらトージとダディが漫才していると、シャドウボクシングをしていたジュラが妙な動きで構え出す。


「ニート様の七つの残機ライフ、いただきます!」

『あ゛あ゛あ゛、面倒臭い面倒臭い』


 アイドルとニートの戦いが始まる――

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