第217話 志尊 ジュラと言う女

 車を停止させれば、やはりそこは地獄であった。


 ガソリンの臭いとゴムが焦げる臭いが混ざり、パチパチと炎が弾ける音があちらこちらから聞こえてくる。


 頬を撫で、喉をひりつかせる乾いた空気が、緊迫した雰囲気を演出するかのように、ヒューヒューと吹き抜けていく。


「……」

『……』


 ひひひひひ、ひゃああぁぁ、げへへへへ、そんな耳に汚い笑い声を漏らすモヒカン達と相対するは、蒼穹が如きブルーのアイドル衣装を纏う、サラス・パテが誇りを背負う始祖、最強アイドル志尊 ジュラ。


 白井 ラリ(あっちゃん)がストーカー被害で離脱してから、バラエティ路線を華樹 らいちが、そしてアイドル路線を志尊 ジュラがそれぞれ担当していた。


 サラス・パテにおける清楚の基準と呼ばれている、アイドルの中のアイドル……なのだが、実のところ結構面白い女でもある。


 彼女のファン、ジュラみん曰く、スルメゲーマー。


 どんなにクソゲーと評価されているゲームだろうと、自分がハマれる要素が一つでもあるのであれば楽しめる。スルメを噛むが如く、じっくりと噛み締めればちゃんと面白い、と言うゲームを彼女は好む。


 そして何より、彼女は強い。


 基本的にLiveCueで配信業をしているVラブ、Vランナーはその時の流行に乗る。


 だが、彼女はそう言う流行り廃りをガン無視し、己が本能を満たすスルメゲームをただひたすらに追求するのだ。実に強い。


 そんな彼女の前に、一人のモヒカンが立ち塞がった。


『ひひひひひ、逃げずに俺達の前に立つたぁ見上げた根性じゃねぇかぁ~兄弟』

「兄弟じゃないですけどね」

『つれねぇ事言うじゃねぇかぁ、ビンビンきちまうぜぇ、ひゃひひひひひひ』

「……」


 顔面にサングラスのようなゴーグルを埋め込んだような風貌の、どピンクな髪をバリバリにおっ立てた標準的モヒカンが、手に持つサバイバルナイフをベローンベロリと舐めながら、やはりモヒガン語録とでも言うべき、実にらしい言葉遣いで歓迎の意を示してくる。


『おいおい焦らすなよぉ』

『げひゃひゃひゃひゃ! 俺達にも楽しませろよぉ兄弟』

『こっちは待ちきれなくてビンビンだぜぇ』


 実に酷い絵面のモヒカン会話を聞かされても、ジュラは揺るがず不適な笑みを浮かべ、余裕の態度を崩さない。


『ひゃひひひひ、さぁ、やろうぜぇ』

「負けないから」


 相対するモヒカンが舐めていたナイフを、ジュラの足元に投げて刺し、グッと拳を握り締めた。それを見たジュラは、アルカイックスマイルを浮かべると、左手で右手を隠すようにして、やはり拳を握り込む。


『さぁ、イッちまいなぁ、ひゃひひひひひ』

「あなたが、ね」


 互いに互いを睨み合い、ぐぐぐっと双方の体に力が入る。


 そして――


『最初はグー!』

「じゃんけん!」

『「ぽん!」』


 行われたのは普通のじゃんけんであった。


「しゃぁっ!」

『ぐあぁっ!? そ、そんな馬鹿なぁぁ、うわらばぁっ!』


 見事、ジュラが勝利し、負けたモヒカンはどこぞの世紀末覇者に、秘孔でも突かれたような声を出して倒れる。


「なぁ……何を見せられているんだ? これ」

「『世紀末恐怖ライド』のミニゲーム、モヒカンと遊ぼう! ですよ?」

「いや、そんなきゃるんとした可愛い顔で言われても、ねぇ」


 苦虫を噛み締めて味わった感じの表情を浮かべていたダディが、真横でよしよしと小さくガッツポーズをするスノウに聞くと、心底不思議そうな表情でそう返されて、ダディの渋面が更に渋く煮込まれていく。


「たしか『恐怖! モヒカン十人抜き! 明日を手に入れろ!』でしたっけ?」

「そうそう! 何気に元ネタと言うか、世紀末って言えばだよね? って言う事で、ナレーションが地場じば 繁雄しげおさんでこってるんだよ!」

「そーなのかー」


 ミニゲームのタイトルを言い当てたトージに、スノウがオタク特有の早口で説明し、それを聞いたトージは分かってない顔でとりあえず頷き返す。


「ジュラちゃんはこのゲームのプロなんだよ! 伝説の十人抜きを連続十回ノーミスでクリアーする配信は神回だったんだから!」

「あーそーですか……とりあえず、スノウさんが自分トコの同僚が大好き、っていう気持ちは伝わります」

「もーね! 大好き!」


 いやそんな勘違いしそうな表情で言われましても、と思いながらトージはキラキラ輝く表情のスノウから視線を外し、渋面が煮詰まってきたダディに視線を向けるも、ダディはダディで状況に追い付けず役に立ちそうになく、この状況どうしようと溜め息を吐き出す。


 トージが理解している範囲で言えば、『世紀末恐怖ライド』を強制停止させると『恐怖! モヒカン十人抜き! 明日を手に入れろ!』が開始され、このミニゲームを勝ち抜けばモヒカンのボス、引き籠りヒャッハーのニート様が登場する、みたいな流れだったのは知っている。


「ニート様って勝てましたっけ?」


 運営苦心のアップデートではあったが、過疎化を止める事は叶わず、ますます過疎スピードがアップする結果となり、結局ニート様と戦闘(じゃんけん)して勝ったと言う動画を発見出来ずに終わった。なので界隈では、実はニート様って無敵だったんじゃねぇの? という話がまことしやかに囁かれていたのだ。


「ジュラちゃんは勝ったよ?」

「……うぇい?」

「いやだから、ジュラちゃんはちゃんと勝ったよ? サービス終了日ギリギリだったから配信にはのせられなかったけど、ちゃんとドーターズで目撃したよ?」

「……わぁーお」


 ドーターズとはサラス・パテに所属するタレントを指す言葉で、彼女達にとっては同僚と言う意味合いだ。これは社長がタレント達を娘達と呼ぶ事から来ているらしい。


 しかしそれよりも、無敵伝説を持つキャラクターに勝っている清純派アイドル……なんと言うかB級映画のタイトルになりそうな、そんな字面にトージは苦笑を浮かべる。


「ただねぇ、このゲームには確信に近い疑惑があるんだよ」

「疑惑?」

「そう、こっちの脳波を観測して、ズルをしてるんじゃないかって言う疑惑」

「……」


 スノウの言葉にトージはそう言えばと、かつて見たこのゲームのまとめウィキの記事を思い出す。


 クラフト・ハウジングシステムはまともだけど、プレイヤーを対象にした勝負事になると、プレイヤーの勝率が極端に悪くなる、と言うような内容の記事だったはず。それがプレイヤーの脳波を観測しての予測勝負だったとすれば、確かにそれはズルと呼ぶべき不正だろう。


「……の割には、ジュラさん勝ちまくってますけど?」

「うん、ジュラちゃん、考えている事と行動を切り離して動かせるタイプの人間だから」

「それはそうでチートじゃないですか!?」

「このゲームで開眼したんだ! そこからはうちのドーターズの中でピカ一の勝負師なんだよ! うちの事務所の始祖アイドルと言う看板は伊達じゃない!」

「いや、それとこれは関係ないのではないと思いますけど」


 スノウの説明にトージは頬を掻きながら、あっという間に五人抜きを達成したジュラに視線を向ける。


「ニート様に勝ったら、この状況を抜け出せるかどうかが問題ですけどね」


 六人目を相手に、あいこを繰り返しているジュラを見ながらトージが呟けば、そんなトージの背中をスノウが叩く。


「そこはほら、『第一分署』の超新人町村 トージ君なら、どうにかしてくれるんでしょ?」

「……」


 スノウに言われ、トージはダディと同じような渋面を浮かべる。


「いや僕に、先輩と同じような役割を求められましても」

「何を言ってるの! ユーヘイニキの一番弟子じゃないの」

「いやそんな御大層なモンじゃないんですけど」

「またまた」


 六人目に勝ち抜いたジュラを眺め、早く復活しないかなぁとダディの様子をうかがうが、やはり状況を飲み込めないのか、未だ混乱中であった。実に困った状況だ。


「出来る事はしますけど、あまり期待しないでもらえると助かります」

「ちゃんとしっかり期待してるよぉ」

「……話聞いてます?」

「押すなよ押すなよ? って言う感じのフリですよね? 分かります」

「いや、分かってないですよ、それ」


 ちょっとこのスノウ苦手かもしんない、トージはそう思いながら、ジュラが七人目に勝ち抜いたのを確認するのであった。

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