第216話 世紀末ろくでなし無頼伝ブルームーン

「だぁっ!? 畜生めぇっ! しつけぇっ!」

「「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!」」


 フロントガラスに向かって飛んで来た瓶が割れ、爆発的な炎がフロントガラスを包み込む。そのあまりの勢いにダディが吠え、ジュラとスノウが悲鳴をあげる。


 周囲をモヒカン達に囲まれてから、何度も何度も火炎瓶を投げつけられ、鉄パイプやら釘バットやらで車体をボコボコに叩かれ、ダディの車は見る影もない姿になっていた。


 かといって逃げようとしても、がっちり周囲を固められて身動き取れず、流されるように走り続けるしか手段がない。


 そんな状況にすっかりキャラクターが崩壊しているダディが、かなり本気な声色でトージに叫ぶ。


「どうにかならんか?! 助けて町村えもん!」

「もう仕方がないな吉太君は、てててってっててー、ってやってる場合では無いですよ、吉田先輩」


 トージはトージで妙に冷静なスタンスで、ダディの妙なテンションにちゃんとボケて返しながら、その上で冷静に状況を見つめている。


 片方は大慌て、片方は不気味なくらい静か、そして車の外は鉄火場。そんな状況に追い付けないジュラとスノウは、可哀想なくらい震え上がり、お互いにお互いを抱き締め合いながら叫ぶ。


「怖い怖い怖い怖い!」

「ちょちょちょっ! マジで大丈夫なんですかこれっ?!」


 いきなり別の場所から車の中に転移し、訳も分からず襲われ、どっぱんどっぱんドカンドカンと一方的に攻撃を受けている状況で、冷静に現実を受け入れろ、と言うのは酷な話だ。


 そんな怯えている二人に、トージが冷静な口調で言う。


「大丈夫ですよ。どうしてが黄物で動いているか知りませんが、大丈夫です」

「「えっ?!」」

「問題ありません」


 きっぱり断言するトージの様子に、ジュラとスノウがちょっと間抜けな表情を向け、ダディはギョとした視線をチラリと向ける。


「どゆことよ?」

「うーんそうですね、試しにハンドルを離してアクセルから足を退けてみてください」

「はぁっ?!」

「大丈夫です、信じてください」

「マジかよ?!」


 自信満々にトージが言い、ダディは何度もトージと周囲を見ながら、グッと唇を噛んで覚悟を決めてハンドルから手を離し、アクセルを踏んでいる足を退けた。


「……おいおいおいおい」


 車は全く問題なく同じ速度で走り続け、どこまでも真っ直ぐ進む。その様子にダディはトージへジト目を向ける。


 ダディの視線に苦笑を向けながら、トージはコリコリと頭を掻きながら口を開く。


「『世紀末ろくでなし無頼伝ブルームーン』って言うゲーム知ってます?」

「何それ?」

「え? あ? ああ! ああああー!」

「ああっ! これってっ! うわっ! マジかぁっ!」


 トージの言葉にダディはきょとんとし、ジュラとスノウの二人は何かに気づいて叫び声を出して脱力した。


「世紀末クラフト・ハウジングゲームと言う謎ジャンルのVRゲームが登場しまして、それが『世紀末ろくでなし無頼伝ブルームーン』って言うタイトルのゲームなんですよ」

「何それ?」


 『世紀末ろくでなし無頼伝ブルームーン』とは伝説のクソゲーである。


 世紀末クラフト・ハウジングゲームとか言う謎かつ新しいジャンルを産み出し、その内情はどこからどこまでも、どこぞのどうぶつ達が暮らしている森のようなシステムを積んだほのぼのスローライフシムと言う。そう! ヒャッハーな奴らが闊歩している世界なのに! どこまでもスローなライフを営むゲームなのである!


 物珍しさにサービス開始当時は爆発的なプレイ人数がいたのだが、内容が内容であるだけに次々と離脱者が続出。サービス開始二ヶ月でサービス終了をした伝説のゲームの一角である。


 ちなみにVR伝説クソゲー四天王(四つどころか二桁行く)でも、第一席第二席を争うクソゲーだ。対抗馬は『胡蝶の夢』だったりする。


「クラフト部分もハウジング部分も一切世紀末要素が無くてですね、ただ世紀末な世界観の場所でのんびりスローライフを営むって言うゲームでして」

「マジで何それ?」


 トージの説明が全く理解不能で、ダディが呆れた表情を向ける。そんなダディに震えていた二人が、分かりますと頷きながら追加の説明をする。


「ゲームとしては凄くまともだったんですよ? 初期の頃に案件でプレイしましたし、スローライフゲームとしての完成度は凄く高かったんです」

「ただ、『世紀末』である必要が全く無いと言うか、むしろどうしてつけたの? って言う感じだったのが……あは、あはははは」


 『君たちが何を言っているか分からない』そんな表情を浮かべるダディに、トージが周囲を指差して更なる混沌を投げ込む。


「プレイヤー人数が毎日ガンガン減っていく状況に運営が危機感を覚えて、それで世紀末要素を突っ込んだんですよ。それが『世紀末恐怖ライド』って言うミニゲームなんです」

「……」


 『いやもう本当になんなの?』とダディがすっかり頭を抱える。そんなダディの混乱を加速させるジュラとスノウ。


「ただのモヒカンさん達に囲まれて、ちょっと派手な感じに攻撃をされている演出のファストトラベルのような機能、だったかな?」

「そうそう。ミニゲームって言うか、良く朝のニュース系番組でやってるような、ジャンケンみたいな、運勢占い?」

「そうそうそう! 勝ったらちょっとしたプラスなバフがつくって言う感じだった!」

「あまりにも極少効果過ぎて全く実感が出来ないって言う」

「そうそうそうそう!」

「マジでなんなん!? そのゲーム!?」

「だから伝説のクソゲーって呼ばれてるんですけどね。二ヶ月でサ終しましたし」

「なんなんだよっ!」


 クソゲー談義に盛り上がるアイドル二人に、理解不能と叫ぶダディ、そんなダディに淡々と止めを刺しに行くトージ、と車内は良い感じに混沌とし始める。


「それより吉田先輩。ゲームの中で別のゲームって動くモンなんですか?」

「……」


 トージの突っ込みに、ダディはしばらく黙り込むと、色々と確認作業をして、頭を激しくガリガリと掻きながら『うがぁーっ!』と叫んだ。


「これ『さいきょうおれえでぃたー』か?! っつぅか、ユウナさんと二人が入れ替わったのってそれが原因か?!」


 ダディの叫びにトージが『うへぇ』と言う表情を浮かべる。


「『さいきょうおれえでぃたー』って、SIO時代に色々やらかした、あの?」


 一時期、それそこ毎日ニュースを騒がせていた代名詞だ。トージもそれがどういうツールか理解出来ていた。


「それだそれ! こんな滅茶苦茶な現象引き起こすのはそれくらいっきゃ心当たりがねぇ! さすがの大田マジックでもここまではでき――」


 荒れ狂っていたダディが一瞬冷静になり、すんとした表情で考え込み、真顔でトージに言う。


「なんだろう、一瞬やれそうって思ったんだが……」


 シリアスな表情のダディに、トージも真面目な表情で頷く。


「吉田先輩……僕も実は」

「だよな?」

「「いやいやいや! そこが問題じゃないでしょ!」」


 二人の漫才のようなやり取りにジュラとスノウが突っ込みを入れる。


「それもそうだった。んで町村。その『世紀末恐怖ライド』だっけ? そいつはどうやれば停止するんだ?」


 ダディがコホンと咳払いをして居住まいを正し、キリリとした表情でトージに聞く。


「それはですね……どうするんでしょうね?」

「は?」


 トージがテヘペロと笑いながら言い、ダディが間抜けな表情を浮かべる。


「いや、僕は絶賛不登校中のバリバリ引き籠りしてた時期でしたから、VRも怖くてやってなかった時期でして……もっぱらLiveCueの動画でゲットした知識だもんで」


 あっけらかんと言うトージにダディは額を押さえる。そんなダディにジュラとスノウが『はいはーい』と手を上げた。


「大丈夫! まぁーかせてっ! やってたから分かります!」

「ブレーキを踏めば強制停止はしますよ!」

「ブレーキです!」


 どうやら止められる方法はあるらしい。ダディは妙に疲れた様子で、三人に武器の用意をするよう指示を出してから、思いっきりブレーキを踏み込んだ。


「さーて、次は何が出るのやら」


 どんな現象が襲ってくるのか、色々と面倒な事になりそうな予感を覚えながら、ダディはペロリと唇を舐めて湿らせた。

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