第270話 受難 ⑰

「ぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

「ユーヘイ、うっせぇ!」

「だってよー、だってさー」

「はいはい、大田君、こっちも」

「ぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

「先輩、うるさいですよ」

「だってよー、だってさー」

「はいはい、ユーさん、こっちもどうぞ」

「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

「大田、うるさいから、手を動かせ」

「だってよー、だってさー」


 YAKUZAと強盗未遂犯をタイホして、SYOKATUに連行してからが大変であった。


 普段ならNPC制服警官がどこからともなく現れて、気がつけば犯人の連行から鑑識作業、クエストに直接関係なければ調書の制作までオートでやってくれるのだが、今回に限ってはその全てを自分達でやらなければならず、犯人達の連行と平行して鑑識の山さんを引っ張って来たり、連行した犯人一人一人から調書(ミニゲーム)を制作(クリアー)したり、と普段やらない事てんこ盛りで、ユーヘイが壊れ気味である。


「俺、パズルゲーム苦手なんだよ」

「まだプルプルしてるタイプじゃなくて、ブロックタイプだからマシだと俺は思うんだが」

「プルプルしているタイプの奴は、マジで連鎖が分からないわよねぇ、わっかるぅー」

「でも最近のVRスポーツとかの大会で人気ですよ?」

「パズルゲームは頭の回転がどうこうより、そういう形に持っていくっていう方向らしいけど。パズルゲームが得意な友達はとにかく反射神経だ! とも言ってたけど」

「あー、確かに反射神経とアドリブ力だよなぁ、パズルゲームは。ま、自分は得意なんだけどね」

「ちくせう!」


 拳銃撃たせろ! 拳銃さばきなら誰にも負けねぇ! などとユーヘイが喚く様子に、周囲の仲間は生暖かい視線を向けていた。


 ともあれ、YAKUZAも強盗未遂犯もタイホ出来て、更には愛しのレオパルドも無傷とはいかないが帰ってきたし、めでたしめでたしでログアウトしたかったのだがそうはならず、こうして書類仕事という名のミニゲームに興じている訳だ。


「今度、NPC制服警官に食べ物でも差し入れすべきかなぁ?」


 書類仕事にうんざりし、普段のNPC制服警官への感謝ブーストが高まったユーヘイが呟くと、ダディが次々とブロックを消しながらコリコリ頭を掻いて口を開く。


「あー、そこら辺どうなんだ? それなりのAI積んでるのか? 特に大きな流れにいないNPCって省リソースに軽い容量のAIしか積んでないとかって話だったような?」


 VRゲームの常識的な事を口走りながら、確認するためにノンさんに視線を向けると、丁寧にブロックを積み上げながら肩を竦める。


「さすがにそれぐらいの事には反応してくれるんじゃないの? 駄目だったら運営ちゃん呼んで、そういう感謝の気持ちですって押し付けちゃえば?」


 それもそうだね、そんな会話をしていたのだが、突然ミニゲームのモードが強制終了してしまった。


「は?」

「ちょっ!?」

「長い一直線のブロックが来て一気に消せる瞬間だったのにっ!」

「おいおい、全員一斉に?」

「そう、みたいですね」

「何事よ」


 後もう少しで書類仕事が完了する間際だったから余計に混乱していると、藤近課長が上の階から降りてきて、常よりも渋面に満ちた表情を浮かべながら自分のデスクに戻って来た。


「……」


 椅子にどっかり体を沈めた課長は、何かを耐えるように両腕を胸の前で組み、口をへの字に結んで目を閉じる。


「「「「……」」」」


 課長の態度にユーヘイ達は顔を見合わせ、これは何かあったぞ、と警戒心を強める。そんな一同が警戒している中、課長が降りてきた上の階から見た事の無いNPCが颯爽と降りてきた。


「いやいや、藤近さん、今回のような事は無しで頼みますよ?」


 そのNPCは明らかに課長を見下した態度かつ尊大な口調で言い放つと、鼻につく笑みを浮かべて手招きをする。


「……ぉぃぉぃぉぃ……」


 NPCが手招きをして姿を見せたのは、ユーヘイ達がタイホしたYAKUZA、中村と杉山、その部下達であった。


をしていたが拳銃を不法所持していたとしてしまうとか、駄目ですよ? と本物を見間違えては」

「「「「は?」」」」


 NPCの言葉にユーヘイ達が思わず間抜けな声を出すと、NPCの男はあからさまに上から目線の視線をユーヘイ達に向ける。


「ああ、君達か、今回の大間抜けをやらかしたDEKAと言うのは。感謝してもらいたいくらいだぞ? 我々のお陰でこちらのある一般人の方々に許してもらえたのだからな」


 NPCの言葉に、中村と杉山が微妙な表情を浮かべつつも、口元に嘲笑を浮かべる。


 これは一体、どうなってるんだ? そう、誰もが混乱している最中、課長が立ち上がりNPCに向かって深々と頭を下げた。


「今回のはこちらの痛恨のミスでした。大変なご迷惑をおかけして申し訳ありません、KEN警のヤスイ警部」


 課長の言葉を聞いた瞬間、ユーヘイ達の気配が臨戦態勢に入る。その猛々しいモノノフのような気勢を感じ、それまで余裕綽々傍若無人天上天下唯我独尊状態であったヤスイと呼ばれたNPCの表情がひび割れる。


「大田! 縦山! 抑えなさい」

「「……」」


 闘気というよりかは完全に殺気の部類に入っていたユーヘイとヒロシを、課長がたしなめる。課長の指示に渋々従ったユーヘイとヒロシであったが、ゆっくりとかけていたサングラスを外し、獰猛な猛禽類のような目を中村、杉山、そしてヤスイに向ける。


「こ、こほん! 次は無いからな」


 取り繕うようにヤスイは吐き捨て、完全にビビって縮こまったYAKUZA達を引き連れ、その場から立ち去る。その姿をジットリと睨んでいたユーヘイ達だったが、彼らの背中が消えるとそのまま視線を課長へ向けた。


「……すまん、KEN警から横槍が入った。手を打とうと動いたんだが、間に合わなかった」

「……はぁー……タエちゃん、課長に温かい日本茶を」


 悄然とした表情を浮かべる課長の姿に、ユーヘイ達は苛立ちを抑え、課長を労る方向へシフトする。


「すまん」

「いえ、こちらこそ八つ当たりをするようなマネをしまして」

「当然の権利だ、八つ当たり程度ならな。お前達はDEKAとして最善を尽くした。お前達はこの街の安全をその身で守った……だと言うのに、何たる体たらく」

「ままま、課長、まずは座って気を抜いてもろて」

「すまん」


 相当やり合ったのだろう、課長は全く納得した様子も無く、ノンさんに勧められて椅子に座っても、憮然とした表情で修行僧のようにグッと何かに耐えるような雰囲気をにじませる。


「……つまりはDEKAのアップデート追加要素は、うざいKEN警の奴らが出張ってくるようになった、か?」


 ダディがもじゃもじゃの髪の毛を掻きながら呟く。


「ユーヘイの予想だと、あのカラスって連中は対イリーガル探偵系の対抗組織なんだろ? って事はDEKAにとっての対抗組織がKEN警?」


 ノンさんに肩を揉まれ、少し表情を和らげた課長を眺めつつ、懐からココアシガーの箱を取り出したヒロシが言うと、ユーヘイは既に取り出したミントシガーからエフェクトの煙をモクモクさせながら、そのミントシガーを挟んだ右手でこめかみをトントンと叩く。


「そうなると面倒臭いんだけどなぁ……ただ、まぁ」


 ニコニコ笑って課長の肩を揉むノンさんに、課長が嬉しそうな表情を浮かべて頭を下げる様子を見て、ユーヘイはニタァと迫力ある笑みを浮かべた。


「誰が誰に喧嘩を売ったか、魂に刻みこんで忘れられないようにしてやろうか」


 悪鬼のような表情を浮かべるユーヘイに、ヒロシとダディはお互いの顔を見合わせ、全く同じ事を思った。


 ――一番、本気で怒らせたら駄目な人間を怒らせるとか、なんてバカなんでしょう――


 確実にユーヘイから敵認定されたヤスイ警部なる人物に、ヒロシとダディは心の底から御冥福を祈るのであった。

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