第269話 受難 ⑯

 それはあまりに衝撃的な光景であった。


「……なんぞこりゃ……」


 自分らしくない、まるでユーヘイの口調でも感染したかのような言葉使いで、アツミは眼下に広がる光景に呆然と呟く。


 カラスと、自分を山田と称する男、それも小男レベルに体格が小さく見た目的には弱々しい人物が、間違いなくトップオブトップであるユーヘイを、圧倒的な技術と経験値を誇るユーヘイを、その人物が圧倒している。


 それだけじゃない、常に飄々と自分のペースを乱さないダディが、ユーヘイの隣に立つ事を本気で目指した努力の化け物ヒロシが、ユーヘイから全ての技術を叩き込まれた次代のエースであるトージが、山田を自称する男の部下に押されている。


 これまで確かに苦戦する事はあった。状況であったりギミックだったりでの苦戦だったが、ここまで敵NPCの性能だけで苦戦したのは、イベントギミックに守られたマフィアの刺客くらいだろうか。バグ散らかしてのウィルス攻撃は除外するとしても、それでも仲間達がここまで焦った様子で戦ってはいなかった。


「しかもこれ、上から援護とかって無理くない?」


 自分に求められた役割を果たそうにも、仲間が対応しているカラスの連中がやばすぎて、より具体的には動きが人外過ぎて援護射撃なぞしようものなら、むしろ逆に仲間達の動きを悪くしそうだし、だからといって自分が下に戻って戦ったとしても、近接戦闘が他の仲間達から何段も劣る自分では完全なる足手まといにしかならない。


「どうしよう」


 高度な戦闘を繰り広げる『第一分署』VSカラスに呆然としているYAKUZA達を監視しながら、アツミは唸る。


 何も出来ずに唸り続けていると、いきなり肩を軽く叩かれ、アツミは慌てて銃口を背後に向ける。


「おっと、ごめんごめん」


 向けられた銃口をサラッと受け流し、ポンポンとアツミの肩を叩きながら、ノンさんが何食わぬ顔でアツミの横にしゃがむ。


「はぁぁぁぁ……ノンさぁぁぁん」

「ごめんって」


 驚かされたアツミが銃口を下に向けながら、恨めしそうな声をノンさんに言うと、彼女は軽く受け流しながら下の様子に目を向けた。


「へー」


 ノンさんは眼下の様子に関心した声を出しつつも、さして驚いた様子も無く、むしろ楽しそうな雰囲気を出しながら周囲を見回す。


「ノンさん?」

「ん?」

「修羅場じゃないです?」

「ん? これが?」

「それが」

「修羅場じゃないでしょ?」

「え?! で、でも、なんか皆、必死じゃないですか?」

「あ、そっちね」


 アツミの問いかけにノンさんは質問の意味を理解し、ニヤニヤした表情でユーヘイの方を指差した。


「きっとあっちゃんもああなるわよ」

「へ?」


 ノンさんが差している方向に目を向けたアツミは、緊迫した真顔から、実にユーヘイらしいギラギラした少年のような表情に変化した顔が見えた。




――――――――――――――――――――


「ちっ」


 山田(自称)は、ノーモーションで投げたナイフが、ユーヘイに軽く拳銃本体で叩き落された事に舌打ちをする。


「……厄介な……」


 最初の一投は相当焦った様子だったのに、数回ナイフを投げ、数回格闘をし、気がつけば相手は楽しげに笑っていた。その状態になって動きが完全に変化し、こちらの動きに対応し始め、今では完全に掌握された嫌な感覚しかない。


「……これが『第一分署』ね……」


 山田が裏社会で聞かされたのは、『敵対しては駄目な連中ギルドの最上位。裏社会で生き続けたい人間なら絶対に関わってはいけないブラックリスト最上位』というモノだ。


 自分達の組織を容認した三大YAKUZA組織の首領ドン達ですら、『あそこはヤバい』と口を揃えるSYOKATU最強のDEKA集団。


 その事をまざまざと見せつけられた山田は、それまでの自分の認識が甘かった事を自覚する。


 山田達カラスは、間違い無くYAKUZA等よりかは暴力に特化した組織、集団である。その為に訓練し、覚悟や度胸を養う為の非合法な手段で技術を鍛えた背景もある。だから闇社会の住人として、YAKUZA組織のド三一など歯牙にもかけず、中堅レベルのYAKUZA組織でも潰せる位の力はあると認識していた。


 それは間違いない。何なら三大YAKUZA組織直系グループの、結構な大手レベルでもやり方によってはすり潰せる実力はある。そんな力を持つカラスは、山田は、『これは相手をしては駄目だ』と強制的に理解させられていた。


 こちらの暗器に初見はやり辛さを感じていたようだし、接近してからの変則的な武術による格闘も対応出来ていなかった。だが、それもすぐにアドバンテージを失う。すぐに対応されていく。


「……」


 周囲に目を向ければ、手ずから鍛えに鍛えた部下達も同じような状況に陥っている。


「タテさん! 一歩後ろ! 町村! 右!」

「っとっ! すまん!」

「助かります! 吉田先輩!」


 さすがにユーヘイレベルでの対応は出来てはいないが、それでもダディが中心に指揮官役をこなし、それにトージとヒロシが対応する形で部下達の動きに対応出来ている。鍛えに鍛えた闇社会最強の自分達が、だ。


「おいおい、ツレナイんじゃないの? お前さんのダンスパートナーは俺だぜ?」

「っ!?」


 パァアァアァァァァァン!


 刹那の瞬間、瞬く間に気を逸らしただけで、頭があった場所を弾丸が貫く。激しく警鐘を鳴らす危機感に突き動かされて、奇跡的な回避で避けられた、完全ラッキーを自覚して山田は全身の毛が逆立つ感覚に襲われる。


 ――冗談ではない、冗談ではない、冗談ではない! 何だこいつは! 何だこいつらは! これがDEKAだと?! 特殊部隊のエリート兵と言われても頷くレベルじゃないかっ!――


 額から冷や汗を垂らし、山田が心中で理不尽な現実にキレて叫ぶ。何なら、自分が戦闘技術を教わった傭兵崩れのクソ野郎よりも、色々キマっているレベルだ。


 しかし、おかげで少し頭が冷えた。だからこそ、少しだけ自分の置かれた状況を俯瞰する事が出来た。


 安い金額の安い仕事を受けて、このままではド三一のYAKUZAとド三一以下の犯罪者と一緒くたにされて豚箱入り目前……という状況に気づけた。


「やってられるか、バカ野郎」


 こんな場所でこんな舞台で、たまたまエンカウントした化け物に食い散らかされて裏社会から退場なんて、そんな馬鹿げた事は容認出来ない。山田は急速に冷え込む戦闘意欲を感じ、冷静にこの場から逃げ出す決意を固める。


「どうしたよ? もっと手の内を見せてみ? せっかく面白くなってきたところじゃないか」

「……」


 これではどっちが闇社会の始末屋か分からない、そんなセリフを吐かれて山田は完全に頭が冷えた。


「いえいえ、こんなチンケな手品師に大マジックショーをしろとか、そんなご無体な」

「?」


 人を食ったような、いつも自分が被る仮面をつけて山田は立ち直る。そして、周囲に響くような指笛を鳴らす。


「名残惜しいですが、我々は別の仕事がございますから、失礼させて頂きますよ」

「は?」


 何言ってるんだこいつ? そんな表情を浮かべるユーヘイに笑顔を向ける山田の背後で、カラス達が乗っていた車が急発進する。


「ちっ!」


 山田が何をしようとしているのか理解したユーヘイが、山田に向けてオートマチックを連射する。だが、車が間に入り込んでゴム弾は全部車体に弾かれてしまう。


「くそっ!」


 車が通り過ぎた後には山田はおらず、そのまま周囲をドリフトしながら場をかき乱し、気がつけばカラス達は一人も居ない状態になっていた。


「ご機嫌よう! 二度と会いませんように!」


 いつの間にか助手席に収まった山田が、片手を挙げてヒラヒラと手を振りながら叫ぶ。


「タテさん! 町村!」

「「おう(はい)!」」


 射線的に車内へ弾丸を叩き込めそうな位置にいたダディ達三人が、一斉に銃弾を吐き出す。だが時既に遅しというやつで、車は無情にもその場から猛烈なスピードで逃げて行った。


「ちっ、逃がした」


 欲を言えば、あんな物騒な組織、この場で一網打尽に出来ていれば良かった。だが、それはそれで面白くない、なんてゲーマー的思考も合ったので、逃げられた状況でもユーヘイは笑顔だった。


 むしろ内心では――


 ――うん、あいつらは不動君に任せよう。というかイリーガル探偵達のライバルポジションだろうし、あいつら――


 等と考えていたりした。


「ま、俺達はこっちだよな」


 カラス達に逃げられた事をさっくり忘れ、ユーヘイは呆然としているYAKUZA達へ銃口を向ける。


「『第一分署』だ! 持ってる拳銃を捨てろ! 手は頭より上! ダディ! そっちの細い奴のポケットにあっちゃんの拳銃があるから取り上げて!」


 こうして流れで始まった受難は、何とも締まらない形で終結していくのであった。

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