第268話 受難 ⑮
杉山と中村、そして彼ら二人の部下達から銃口を向けられたカラスと呼ばれた男達はしかし、まるで気にする様子も見せず、余裕の表情と態度で微笑みを浮かべる。
「やれやれ、困ったモノです。我々カラスは星流会のみならず、皆さんの大親分達の協定によって守られた組織である、という事をお忘れのようだ」
「「……」」
矢面に立つカラス男の言葉に、ユーヘイは思わず口笛を吹きそうになって、慌てて口を結ぶ。
――ここに来て新しい組織の登場? しかも三大YAKUZA組織のトップが協定だと? 始末屋だろ? YAKUZA組織のトップが認めた始末屋なぁ……なんて不吉なワードが並ぶんでしょう……しかもこれって、ふつーに大型イベントとかで華々しくデビューとかって感じの組織じゃねぇの? いやマジで――
こめかみからタラリと汗を流しつつ、ユーヘイが愕然としながら内心で呟く。
このユーヘイの考察は的を得ており、実際、現在の状況を監視している運営サイドも頭を抱えていた。
DEKAはユーヘイが特異点となり、本来なら起こらなかった、『DEKAプレイヤー全員(当時)と全ギルド(当時)によるユニオン結成』等という不可能だと思われた事をやってのけた。これにより一番面倒臭いYAKUZA組織である龍王会に対抗出来てしまった。
また、本来ならもっと後々になる予定であったYAKUZAプレイヤーとノービスプレイヤー、探偵プレイヤーとも連携してしまい、挙げ句イリーガル探偵への道筋すら公開してしまい、プレイヤーと敵対YAKUZA・犯罪NPCとのパワーバランスが一気に狂ってしまったのだ。
更にYAKUZAプレイヤーとイリーガル探偵プレイヤーとの交流、銃器関係のやり取りはYAKUZAプレイヤーに銃器の技術向上というブレイクスルーを与え、イリーガル探偵経由のDEKAユニオンから提供される鑑識の山さんっていう技術的特異点との交流もヤバすぎで、産業革命レベルの技術改革が進んでいるのである。
現状のゲームを正確に表現するなら、『ゲーム開始直後に、激安価格でラストダンジョンに落ちている伝説武器防具をゲットできる状態』という感じだ。
プレイヤーが一方的に強くなっていく一方、だからと理不尽に敵YAKUZA・犯罪NPCを強くすりゃええやん、という手段は取れない。それはゲーム調整とは言えないし、敵を一方的に強くして硬くして、ヒットポイントを増やす系の手段はゲームプレイヤーから非難を受けるタイプの調整であるからだ。
今までの黄物の良さを活かし、その上で黄物らしい調整をする、そうして生み出されたのがカラスという組織である。
YAKUZAよりも性質が悪く、YAKUZAよりもプロフェッショナルで、YAKUZAよりも小回りが効き、YAKUZAよりも一般に溶け込みやすい。
カラスのメインターゲットはノービスプレイヤー全般であるが、その特性を活かせばYAKUZAプレイヤーやDEKAプレイヤーにもちょっかいを出せ、強力な装備をゲットしたプレイヤーにも対抗出来る、という設計思想で生み出された、安易にゲーム全体を調整するよりも黄物に即した組織である。
なので運営の予定では、今回アップデートで世間一般にカラスを浸透させ、様々なクエストで存在を匂わせ、大きなイベントを二回くらい挟んでから華々しく世に出す予定であった。
運営のミスは、カラスの仕事の条件を緩く設定した事と、YAKUZAだけでもなくあらゆる犯罪NPCでも利用可能にした事だろう。でなければ、ここで一番厄介な『第一分署』と対峙する事はなかっただろう。
「おやおやだんまりですか。なら頭が足らない貴方達にも理解出来る言葉で言いましょうか? とっとと失せろガキが」
薄く笑っていた男が怒気と殺意を放って言うと、明らかに中村と杉山が怯む。その様子にカラスの男はつまらなそうな表情を浮かべる。
「昨今のDEKAや鬼王会にちょっかいを出してる新人YAKUZA、ちょっとした事件に首を突っ込む探偵にアウトロー気取りの探偵もどきでも、これぐらいの威圧でしたら受け流しますのに……本当にだらしない」
明らかにバカにした様子を隠しもせず、カラスの男は実に分かりやすい態度で、中村達を完全に格下扱いした上で挑発をした。
この挑発に中村がのってしまう。
「遺言はそれで良いか?」
「おい! 中村!」
杉山はカラスの男の目的が、こちらからの攻撃行動をさせる事である、というのを見抜いていたので、感情を無くしてグリップを握る手に力が入ったのに気づき、慌てて静止する言葉を投げかける、が――
パアァァン!
カラス男に向かって発砲してしまった。
「これで我々の行為に正当性が生まれる」
中村の銃弾はカラス男に命中せず、大きく狙いを外れて彼らが乗ってきた車に命中した。乾いた金属音を出し、車体に生まれた傷を無感情な目で眺めたカラス男は、ニヤリと笑って片手を挙げる。
「やれ」
カラス男の言葉に返事もせず、他のカラスの男達が動き出す。
「やっべっ!」
そのカラスの男達の動き方を見たユーヘイは、ほとんど無策に物陰から飛び出した。
「こいつらヤバい! ダディ! ヘルプ!」
無線でダディに援助を求めながら、ユーヘイは熟練の特殊部隊員のような動きをする、カラスの男達に向かってオートマチックを乱射する。
「……おやおやおやおや」
鼻先をかすめるように弾丸を撃ち込まれた男達は動きを止め、それを成したユーヘイに視線を向けたカラスの男は、不気味なくらい優しげな微笑を浮かべた。
「第一分署の大田 ユーヘイさんとお見受けします」
「……俺はお前の名前を知らんし、お前のような知り合いは居ないんだが?」
「おっと、これはこれは失礼しました。そうですね、山田、とでも呼んで下さい」
「……」
明らかな偽名を名乗られ、ユーヘイは面倒臭そうな表情を浮かべる。そのタイミングでダディ達が現場に突っ込んできた。
「動くな! 第一分署だ!」
ダディとヒロシが真っ先に中村と杉山に銃口を向け、トージが自称山田に銃口を向ける。だが、山田の余裕は崩れない。
「千客万来ですね。やれやれ、どこのバカがこの事態を招いたんでしょうね」
山田はやれやれと肩を竦めながら、空気に徹しようとしていた強盗未遂犯の男に視線を向け、慈しむような表情を浮かべる。
現在の状況と展開、修羅場であるはずの現実から乖離した不気味な表情に、強盗未遂犯の男は顔色を悪くして及び腰になる。
「まさか、我々に始末を頼んだ相手が第一分署の方々とか、そんな笑い話はないですよね?」
顔色を無くした強盗未遂犯に、どこまでも優しい表情、優しい口調で山田が確認するが、強盗未遂犯はただ口をパクパクさせるばかりで言葉を出せない。
山田は強盗未遂犯の様子をじっくりねぶるように眺めてから、ユーヘイに視線を戻して嘲笑った。
「まぁ良いでしょう。こちらも
「っ!?」
山田の片腕がブレたように見えた瞬間、ユーヘイは体を投げ出すように横へ飛んだ。その状態で自分が立っていた場所、自分の頭があっただろう場所へ視線を走らせれば、銀色の何かが超高速で駆け抜けていった。
「町村ぁ! 止めろ!」
「っ!」
ユーヘイと同じく山田に危険なモノを感じたダディが、トージに向かって叫ぶ。その指示にトージはノータイムで引き金を引いた。だが、それより早く山田は物陰に向かって疾走していた。
「ダディ!」
「っ!?」
何だこいつら!? そう動揺しているダディの名前を呼びながら、ヒロシがダディの襟首を強引に引っ張る。ダディの頭があった場所を銀色の何かが駆け抜け、ヒロシは狙いをつけずにカラス達へトリガーを引きまくる。
「縦山先輩!」
「物陰へ! こいつらヤバい!」
全方位から襲ってくる不気味な気配、危険な予感、致死性の警鐘……ドッペル現象の間ですら感じたことのなかった、死に直結するような感覚に、ヒロシは動揺する心を抑える事が出来なかった……。
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